最終話 ヨモギーダの目的
最古の預言書に記された『異界喰い』と呼ばれる存在があった。
見るものによってその姿は漆黒の竜とも、輝くガマガエルとも言われている。
『終わりを告げる者』
『具現した終焉』
『滅海』
『絶望の共犯者』
様々な呼び名を持つその存在の目的は、ただ一つ。
世界を喰らい、無に帰すこと。
過去、いくつもの世界が『異界喰い』に飲み込まれた。
世界を飲み干し、また新たな世界に移動する。
そいつが、やってきた。
_______________
神々が住む山がある。
そこにいる四柱の神は、世界の滅亡を防ぐため、やってきた『異界喰い』との戦いを決意した。
「しかし、戦うだけでこの世界に凄まじい影響があるのではないか?」
知と魔術の神リーグルールの問いに、ゼラスが頷く。
「うむ⋯⋯なので、まずは戦いの前に、ある空間へと引きずり込む」
「空間?」
「ああ、私が以前発見した、この世界の表裏ともいえる空間だ。私はそこを『神域』と名付けた。完全に独立し、外部への影響は一切遮断されている」
「なるほど⋯⋯」
「最悪我々が敗北しても『異界喰い』をそこに閉じ込めることができれば⋯⋯まぁ相手は様々な世界を渡り歩いてきた存在、そう上手くはいかないだろうが」
そう言ってゼラスは他の三柱の神々を見回した。
「敗北は、この世界の終焉を意味する。だが、他の道もある」
「他の道?」
「我々四人の力を合わせれば、他の世界への移動も可能だろう」
ゼラスの発言に、武の神ジョーグンは怒りの表情を浮かべて叫んだ。
「ばかやろう! そりゃあこの世界の人間や、フィールを見捨てるってことか!? そんなことできるわきゃあないだろうが!」
生命と豊穣を司る女神ナーテスも、ジョーグンの言葉に頷く。
「そうよ! それにそいつがここを滅ぼしたあと、また移動して追いかけてくるなら意味がないわ! 私たちで倒すのよ!」
「ゼラス、この世界を誰よりも愛してるお前の発言とは思えんな」
リーグルールが訝しげに聞く。
「いや、お前たちの覚悟を確認したかっただけだ。試すような真似をして悪かった」
その後、四柱がしばし見つめあったあと⋯⋯。
「来るぞ!」
ゼラスの言葉と同時に『異界喰い』が、この世界に顕現した。
全能神ゼラスは力をふり絞り、『異界喰い』を神域と呼ばれる次元へと転送した。
「これで、地上への影響は防げる⋯⋯」
しかし、己の力を大きく超える『異界喰い』を、長くこの次元へ縛り付けることはできない。
ゼラスが相手を拘束している間に、他の三人の神々が攻撃を開始した。
「だっりゃあああ! 武神掌・覇界!」
武の神ジョーグンは、神気を両手の掌に込め、同時に突き出す。
ズガン!
派手な音を立て、放った神気が『異界喰い』を貫き、全身を揺らした。
「生死反転・魂坤乾滅!」
生命の神ナーテスが、禁を破り死を呼ぶ秘術を行使した。
ブオンッ!
耳障りな音と共に現れた黒い円が、『異界喰い』の半身を削り取った。
「魔術の深奥を見るがいい! アブソルート・プリズン!」
魔術の神リーグルールの呪文と同時に、視界を埋めつくすほどの神鏡と光線が召喚された。
光線は神鏡によって幾度となく反射されながら、『異界喰い』を貫き、その体を削り続けた。
──しかし。
削れども削れども、その都度『異界喰い』は再生する。
神々が、現世で使用すれば世界の形さえ変えかねないほどの奥義を駆使しても、消滅させることができない。
「くっ⋯⋯みんな、すまんこれ以上は⋯⋯」
普段弱音など吐かないゼラスが、その顔に冷汗を滲ませながら呟く。
「へっ⋯⋯もともと、無理だってのは、わかってたんだ、気に、するな」
神気を使い果たしたジョーグンは、呼吸を荒くして膝をついた。
「そうよ⋯⋯相手は『滅び』そのもの⋯⋯私たちにどうこうできる相手じゃなかったのよ⋯⋯」
目を閉じ、諦めたように寂しげな笑みを浮かべ、ナーテスが言う。
「認めたくはなかったがな⋯⋯知をふり絞ろうとも、打開できない局面があることを」
リーグルールの目から知性の光が失われ、虚無を映し出したように虚ろになる。
四柱の誰もが諦めかけた、その時──
「あ、お前らこんなとこにいたの? 探したぜー」
手をぶんぶんと振りながら、ヨモギーダが登場した。
「えっ、ここ、神域なんですけど⋯⋯どうやってここに?」
驚いた様子でゼラスが問いかけた。
するとヨモギーダは
「いや、ここ俺が昔作った空間なんだけど⋯⋯」
といって頭を掻いた。
「そ、そうですか⋯⋯ちなみに、なんの為に?」
「ん? 学校で『大』するのって恥ずかしいじゃん? その為にさ、音も匂いも漏れない空間をトイレの代わりにさ」
「⋯⋯さいですか」
「あ、なんだよその返事」
ゼラスの返事の仕方に不満そうに呟いたヨモギーダだったが、ふと視線を移し『異界喰い』を見た。
「⋯⋯あ、トイレ掃除君いるじゃん」
「え?」
「そこのもやもやしたやつ。ここで俺の排泄したのを掃除する為に作ったのに、いつの間にか逃げちゃったんだよ」
ヨモギーダが説明すると、異界喰いこと《トイレ掃除君》が片言で話始めた。
『オマエ、ムカシ、オレニ、クサイノクワセタ、イヤナヤツ。ウラミ、ハラス』
外見に感情を示すものは一切ないが、《トイレ掃除君》の深い怒りが全員に伝わる。
「「「「これあんたのせいかぁぁぁぁぁあ!」」」」
四柱の叫び声がこだまする中⋯⋯
「馬鹿言うな⋯⋯っ! 訂正しろよ、今の言葉⋯⋯っ!」
ヨモギーダは叫んだ。
その迫力に、四柱は沈黙した。そしてヨモギーダの次の言葉を待った。
「そこまで臭くなかったよな!? な?」
『インヤ、イロイロ、セカイマワッタケド、マジトップクラスノクササ』
珍しく、冷や汗を流すヨモギーダの事を四柱は静かに見つめたが──
「コイツ、昔より大きく成長してるな⋯⋯油断ならんぞ」
冷や汗をごまかすように、ピンチ感を出した。
(あっ、話変えた!)
とはいえ、数多の世界を喰らい続けた《トイレ掃除君》は、ヨモギーダが実際驚くほど成長していた。
しばらく両者は睨み? 合い⋯⋯。
「んー。ま、最後だし。元飼い主の責任取って⋯⋯見せてやるぞ! 俺の本気を!」
(これ絶対、勢いで誤魔化そうとしてるやつだ!)
ヨモギーダが叫び、四柱が内心でツッコむのと同時に《トイレ掃除君》がヨモギーダへと突進した!
四柱の誰もが、驚くほどの速度でヨモギーダへと肉薄するが⋯⋯。
「ミルィ・クワ・ナーム《絶え間なき停滞》」
ピタッ!
ヨモギーダが『異界喰い』を指さすと、動きが停止した。
そのまま、ヨモギーダは呪文の詠唱を続ける。
「デ・グールゥ・ゾホテ《真実の碑に刻まれし》」
「スヤ・ナリュゥス《完全無欠の》・ロゥ《偽証》」
その呪文を聞いたゼラスが、驚愕し、震えながら言った。
「こ、これは⋯⋯
誤魔化すためとはいえ、どエラいことしてるな、とゼラスが思っている間も、ヨモギーダの詠唱は続いていた。
「ムロァス・ダッカ《神の僭称者による》・レム・リーア《偽りなき神命》」
「ツィージュ・エ《其は不可避》ア・ウク《の理》」
「ウーヴァ・ラ・ラード《顕現せよ》! ヴァ・ルーマ・ジャ《難攻不落の》・デウス・ワス・テール《神滅陣》!」
神域を、溢れんばかりの光が満たした。
_______________
それは、四柱に恐慌を引き起こす、最悪の言葉。
「ちょっと休憩がてら、お前らの住んでる所行こっかな」
その言葉に「いやいやいやいや!」と四柱の言葉がハモったあと、来るべきではない理由を話し始める。
「来ていただいても、とても退屈な場所です、パピ……ヨモギーダ様が満足するとはとてもとても!」
「あの、ほんと、ただの山なんで! ほんと、ジャストマウンテンって感じですから!」
「お師匠様確か、虫、お嫌いでしたわよね!? 山なんでめっちゃ居ますよ! ほら、私のここ、虫さされが!」
「『残念、この家は四人用なんだ』パンフレットがあったらそんな感じの、大したことない家なんで!」
各々の言葉を、うんうんと聞いてヨモギーダだったが、少し悲しそうな顔をして
「来てほしくないなら、そうだってハッキリ言えよ、傷つくなー」
と言った。
その手に引っかかる四柱ではなかった。
実は、同期の弟子はもう一人いた。
その男は似たような場面で、はっきり言った。
その後の運命を、四人は今でも夢でうなされるほどハッキリ覚えている。
なので
「いやーそういう訳じゃ無いんですけど~」
これまた、ハモって言った。
「ほんとにぃ?」
ヨモギーダが疑わしい者を見るような目つきで確認してくる。
「私は、是非とも来て欲しいです!」
リーグルールが言った。
あっ、コイツ裏切りやがった!
他の三柱は、リーグルールに先行された事に気が付いた。
思えばリーグルールは弟子時代から、要領よく旧パピリンに取り入る奴だった事を思い出す。
「おー! やっぱりリーグルールはいい奴だな!」
「いやいや、師匠あっての私、常にそう思ってますから」
クッ、この野郎……と三柱が思っていると……
「ゼラスは? 俺がその、山に行くのどう思う?」
ゼラスは、真面目な性格だ。
基本的に、嘘がつけない。
嘘は、絶対だめだとフィールにも叩き込んである。
その結果、フィールは嘘が付けなくなったのだ。
「大歓迎です」
ゼラスは即答だった。
その言葉に、ヨモギーダは満足そうに頷いたあと
「じゃあ、このままだと俺が無理やり押しかける、みたいな感じイヤだからさ、お前が誘ってくれよ」
「……はい、師匠。是非とも我々の住む山にお越しください」
「んーそういうのじゃねぇなあ」
そう言ってからヨモギーダは、拳を振り上げるようにしながら親指を立てて
「山来るぅ? みたいな感じでさ!」
とセリフとポーズを指定した。
でたよ。
でたわ。
でたでた。
ゼラス以外の三柱は、それぞれ心の中で思った。
師匠は前世から、生真面目なゼラスのキャラに合わないセリフやポーズをさせるのを娯楽にしていた。
「で、お前の『山来るぅ!?』に対してさ、俺が『行く行くぅ!』みたいなノリで拳振り上げてさ! そういうのがいいわ!」
ゼラスは少し目をつぶったあと。
「や、山来ますぅ?」
とぎこちなく、半笑いで、ポーズもおどおど、という感じで言った。
「いやいや、そうじゃねえよ、『山来るぅ!?』だって。
あと、ポーズはこれな」
そう言うとヨモギーダは、拳を振り上げながら親指で後ろを差し、腰に反対の手を当てて、お尻を横にプリンって感じで突き出しながら言った。
さっき、そのお尻プリンっは無かったでしょうが!
ゼラスは心の中で叫ぶが……
吹っ切れ、吹っ切るのだゼラス。
自分にそう言い聞かせ
「山来るぅ!?」
と声を張り上げ、右手を勢いよく振り上げながら親指を上げ、左手は腰に、お尻はプリンとしながら叫んだ。
──と。
ヨモギーダはそれに何のリアクションもせず、ジョーグンの方を向いて
「おいジョーグン、そろそろ案内してくれ。お前先に行ってくれ、追跡するから」
「あ、うぃっす」
そう言ってジョーグンが消え、ヨモギーダも転移した。
そのままのポーズで固まるゼラスを見て、居たたまれなくなった他の二柱は……
「……じゃあゼラス、私たち、先に戻ってるね?」
「……待ってるぞ」
そう言ってナーテスとリーグルールも転移した。
しばらくゼラスはそのポーズのままだったが、静かに手を下ろしながら、姿勢を正したあと。
「ふっ」
と自嘲するような笑みを浮かべてから、しばらくして
「あああああああああああっ!」
叫びながら落雷を落としまくった。
それが普段冷静な彼の、百年に一度のストレス解消法だった。
ストレス解消が終わったのち、ゼラスは帰還した。
ソファーで家の主かのように振る舞うヨモギーダに、ゼラスは問い掛けた。
「まさか師匠は、やつを倒すために、何度も転生を繰り返したのですか?」
ゼラスの問いに、ヨモギーダは
「うんにゃ。最後ってのは、今世では、ってこと。
俺、そろそろまた転生するわ」
首を振りながら応えた。
「そ、そうですか」
予想を盛大に外したゼラスはしばらく沈黙したあと、再度尋ねた。
「あの⋯⋯何度も転生する理由を伺ってもよろしいですか?」
「え? ああ、言ってなかったっけ」
「はい、知りませんが⋯⋯」
「名前だ」
「え?」
ヨモギーダの言葉に、ゼラスの目が点になる。
そんなゼラスに、ヨモギーダは不機嫌そうに応えた。
「いや、だから名前だよ。俺、毎回かっこ悪い名前つけられてさぁ。だからかっこいい名前付けて貰うまで、転生するって決めてるんだ」
ゼラスはしばらく考えたあと。
「改名⋯⋯すればよろしいのでは?」
と発言した途端──。
「ばっきゃろう!」
「へぶらっ!」
ヨモギーダのビンタが炸裂した。
ビンタとは思えない距離吹き飛び、壁にぶち当たったゼラスを追いかけて、ヨモギーダが胸ぐらを掴んで引き起こす。
「あのなぁ、俺は転生するとき、一応、子供に恵まれない夫婦の所に転生するようにしてるんだ。とはいっても、人の人生に割り込んでるわけだ。そんな両親がせっかくつけた名前を否定して改名したら、悲しむだろうが! お前は人の心がわからんのか! 師匠として悲しいわ!」
「⋯⋯」
「おい、ゼラス! 返事をしろ! 返事を!」
ゼラスの胸ぐらを掴んで、ぶんぶんゆすっていると
「あのー、師匠⋯⋯」
「なんだ?」
話しかけて来たナーテスに、ヨモギーダは険悪に返事をする。
「返事、無理だと思います、その、ゼラス今のビンタで死んでるんで⋯⋯」
「えっ」
とりあえず、蘇生した。
_______________
「んじゃ、俺そろそろ転生しにいくわ。また転生先で会ったらよろしくな」
四柱に見送られながら、ヨモギーダは別れの挨拶をした。
「はい! また!」
「しっかり転生して来てください!」
「二万年後くらいがおススメです!」
「あ、別の世界とかどうですかね? かっこいい名前しかない世界とかありそうじゃないっすか?」
四柱の別れの挨拶に、ヨモギーダは
「なんか、お前ら嬉しそうだな」
と無表情で言った。
「う、嬉しいわけないじゃないですか! めちゃくちゃ寂しいですよ!」
「何言ってるんですか! うさぎじゃなくて心から良かったと思ってます! 寂しいと死んじゃいますからね!」」
「あー、私の今年の流行語大賞『寂しい』に決定しました!」
「寂しいじゃ足りないから、その上の言葉考えときます!」
しばらくその様子をじっと見たヨモギーダは
「ま、いいか。今世の両親も死んだし、とりあえず思い残すこともない。んじゃ、また来世でな」
そう言って、ヨモギーダが歩き出す。
その背中を見ながら⋯⋯
(なら、改名でいいじゃねぇか!)
四柱は心の中で叫んだ。
_______________
俺はヨモギーダだった男。
この、転生するまでの、ふわふわとした意識のみが存在する時間が、俺は好きだ。
次に生を受けるまでの間、思うこと。
さぁ、次はどんな名前になるのだろう。
楽しみだ。
この時間は、何百年後に転生するときも、体感としては僅かな時間だが⋯⋯
意識だけのはずなのに、俺の視界が輝いたような感覚を覚えた。
さぁ、転生の時だ。
──そして、意識が、はっきりとし始めた。
「こんにちは、私の赤ちゃん。あなたの名前は──」
─おわり─
やたら転生を繰り返す男。また転生するついでに、あらゆる「最強」を駆逐する 長谷川凸蔵@『俺追』コミカライズ連載中 @Totsuzou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます