僕の初恋

 自己紹介の日から数日後、僕はバスですみれさん、――持田先輩と偶然ぐうぜん出会った。

 すみれ色の服は着ていなかったけど、あの優しい雰囲気ふんいきなつかしい感じですぐに分かった。

 僕は思い切って話しかけた。

「持田先輩、こんにちは」

「わっ、びっくりした…」

「あ、ご、ごめんなさい」

「ううん。覚えててくれてありがとう。えーと確か君は1年の…」

「前橋です。前橋 海斗」

「前橋君ね」


「学校はどう?」

「うーん、勉強ついていけるか心配です」

「あはは、そうだよね。これからもっと勉強しなきゃなんだよ。でも、何かあれば先輩に聞いてね」

「ありがとうございます。……そういえば今日は、友達と遊びに行ってたんですか?」

「ううん、病院だよ」

「病院?」

「うん。……私ね、実は去年、交通事故こうつうじこったの」

「えっ」

「親から聞いたんだけど、けっこうな大事故で、私事故に遭ってからずっと意識がなかったんだって。目をました時、みんなすごい泣いてたの覚えてる」

「それに、見て」

 そう言いながら頭の傷を見せた。ひたいにはったようなあとがあった。

「うわぁ……」

「びっくりでしょ?大怪我おおけがしてしばらく学校も行けなかったの」

 笑いながら言った。


「だから元気になった今もこうして、病院に行って先生にてもらってるんだ」


 よほどひどい事故だったのだろう。額の痛々いたいたしいきずはそれを物語ものがたっていた。


「先輩はどれくらい意識がなかったんですか?」

 僕は気になって尋ねた。

「うーん、1週間くらいだったかな?」


 持田先輩はそのあと思い出したかのように言った。

「そういや私、ねむっている間に不思議ふしぎな夢をみていた気がするんだ」

「夢?」

「うん。小さい男の子とね、公園で話をしているの。絵のこととか教えたりして。私、事故に遭ってもなんだかんだ絵のことばかり考えていたんだなぁ」

「……」

「みんなにその話するんだけど、あんまり信じてもらえないんだよね~」

 持田先輩は笑いながら言った。


「僕はその話、信じますよ」

「え、本当?」


 その男の子は僕かもしれないです。

 …とまではさすがに言えなかった。


 そこまで信じてもらえるか分からなかったから。


「前橋君、また明日、学校でね」

 バスからりる時、すみれさん――いや、持田先輩は言った。


 また明日。


 明日もこの人と会える。

 この先も。


 心なしか鼓動こどうが早くなった。

 止まっていた時間が動き出したような、そんな気がした。


 僕の秘密の初恋は、きっとまだ続いている。

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初恋の幽霊 篠崎 時博 @shinozaki21

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