すみれさん
あれはまだ小学生に上がってすぐの
学校や近所の子と
そんなときだった。すみれさんに出会ったのは。
すみれさんを最初に見かけたのは、今と同じくらいの季節だった。
公園にある
実際には当時の僕よりも
なぜ僕がそのお姉さんに目がいったかというと、公園でお姉さんと同じくらいの
お姉さんの
なんだかちょっとかわいそうだな、と思った。でもどう話しかけていいか分からなくて、気づいたら3日が
その日もお姉さんはベンチにいた。そしていつもと同じ半袖のワンピースを着ていた。
僕は思いきって聞いた。
「ねぇ、どうしてお姉さんはいつもここにいるの?」
そうするとお姉さんは
「私に話しかけてる?」
と聞いてきた。
僕はその時、なんでそんなことを聞いてくるのか分からなかった。
「お姉さんにしかお話してないよ」
と答えると、
「そう……。私、気づいたらここにいたの」
と
いつからいるの、と聞いたけど、覚えてないと言われてしまった。
「私に声をかけてくれたのは君が初めて。どうして声をかけたの?」
「だって、なんかみんな知らんぷりしているから」
そう言うとお姉さんは、
「ありがとう、
とにっこりと笑った。
「お姉さんは寒くないの?」
僕は半袖の服が気になって聞いた。
「うん、寒くないよ」
「もうちょっとあったかいところに行こうよ」
僕は日なたを指差して言った。ベンチは日かげにあったのだ。
「ごめんね、私ここから動けないの」
「なんで?」
「……」
少しの
「お姉さんね、もうこの
***
「この世にはいないって?」
「あー、えと…、お姉さん死んじゃっているかもしれないんだ」
「ゆーれいってこと?」
「うん、
「
「怖くないよ。だって怖いゆーれいはおどかしたり、ひどいことするもん!」
「あはは、そうだね。
「お姉さんはどうしてゆーれいになったの」
「それもよく分からないや、ごめんね。
でも確か、どこかに出かけていたような気がするんだけど……」
お姉さんは考え込んでしまった。
僕は答えにくいことを質問してしまったとなんとなく気づいて別の質問をした。
「そのお洋服、これとおんなじ色だね」
僕は近くに咲いていた花を指差した。
「それは、“すみれ”だね」
「すみれ?」
「その花の名前」
「すみれって言うんだ」
「そうだよ、きれいな花だよね」
「うん!」
「ねぇ」
「うん?」
「そういえばお姉さんの名前は?」
「名前……、なんだっけ。ごめん、思い出せない」
「じゃあ、すみれさん!」
「すみれさん?」
僕はすみれの花とお姉さんの服を指した。
「あぁ、なるほど。うん、
すみれさんは優しく
その日から僕はすみれさんと毎日話をした。
すみれさんはなんでも知っていた。特に
「ピカソって知ってる?」
「ううん、知らない」
「有名な画家なんだけど、すっごい名前が長いの」
「え、そうなの?教えて教えて!」
そう言うとコホンと一つ
「…パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ!」
「すごーい!
「へへ、そうだね。私覚えるの大変だったんだよ」
すみれさんは
すみれさんは学校で絵を
「海斗君も絵が好きになったら、美術部に入りなよ」
「びじゅつぶ?」
「友達と絵を描いたりできるんだよ」
「僕、すみれさんと描きたいな」
「あはは。うーん……、そうだね。いつか、ね」
ある時すみれさんは言った。
「絵の具の
「ひみつ?」
「そう。違う絵の具を
「新しい色?」
「たとえば、青色と黄色を混ぜるとね」
「混ぜると…?」
「教えなーい。だって知っちゃったらつまらないでしょ?いつか絵の具を使う日がきたら、試してみて」
すみれさんは少しからかうようにそう言った。
僕はすみれさんが言ったことを
僕はすみれさんが言ってたように青と黄色の絵の具を混ぜた。そうするとたちまち緑色に変わった。
これが絵の具の秘密……!
僕はすみれさんにたくさん話をした。
お母さんの作るご飯のこと。
お父さんの髪を
好きなアニメのこと。
おじいちゃんの誕生日をみんなでお祝いしたこと。
そして、引っ越ししてまだ友達がうまく作れないこと。
両親がそれを心配していること。
すみれさんはいつも
「それまで
「うん……」
「でも大丈夫。私は海斗君の友達だよ」
「ほんとう!?」
「あ、そうだ、この間ね――」
そう言いかけて僕は、すみれさんの
「すみれさん?」
翌日、すみれさんと会った僕は言った。
「どうして昨日いなくなっちゃったの?」
そう聞くと
「分からない。海斗君を1人ぼっちにしてごめんね」
すごく悲しそうに言うので、僕はそれ以上言えなかった。
出会ってから1週間くらい過ぎた頃、すみれさんは僕に言った。
「海斗君、そろそろさよならみたい」
「え……」
「最近、わたし突然消えちゃうことが多くなったでしょ?きっとあれ、もうすぐ天国に行かないといけないってことなのかも」
確かに、すみれさんは突然消えてしまうことが増えていた。そしてだんだん会える時間が短くなってきていた。
「いやだっ!」
「海斗君…」
「行かないで。僕を1人にしないでよ…」
「私もこのまま消えたくないよ。……でも、私は幽霊だから。きっとずっと一緒にはいられない」
「なんで……」
すみれさんは僕の目を
「海斗君、私ね、海斗君と話せて、一緒に過ごせて楽しかった。本当だよ」
「私、この世からいなくなっても、海斗君のことずっと見守ってるから。ずっと」
そう言うすみれさんは既に消えかかっていた。
「すみれさん……!」
「ねぇ、海斗君。時々でいいから私のこと思い出してくれる?」
「うん……。うんっ、うん‼︎」
「ありがとう。私…、私、海斗君のこと、大好きだよ!」
そう言ってすみれさんは笑った。そして、消えた。
はじめは
けれどその気持ちの後にとてつもない悲しみがやってきた。
帰ってからずっと泣いている僕を見て、両親はひどく心配した。
仲の良かった人とさよならしたのだと言ったら、なんだか少しホッとした
誰かが
それからすみれの花が咲いているのを見るとなんだか
『大好きだよ!』
そう言うすみれさんの顔を思い出す。
僕もすみれさんが大好きだった。
その気持ちがただの大好きではないことに気づいたのはもう少し大きくなってからだった。
そして今も、僕はすみれさんが好きだ。
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