学者転生〜異世界に転生したけど、興味があるのは魔王でもヒロインでもなく異世界経済でした〜

空花凪紗~永劫涅槃=虚空の先へ~

序章

第0話 プロローグ〜異世界転生と機会費用〜

 田中浩汰は白い空間で目を覚ました。そこは見渡す限り白く、どこまで空間が続いているのかわからなかった。手を伸ばしてみるも、虚空を捉えることはできない。失われた平衡感覚を感じながら、ここはどこだと浩汰は考える。大学の研究室のソファで仮眠を取っていたはずだった。それが何が起きたのか、目覚めればこの何もない空間にいた。


「あなたは死んだのよ。過労死でね」


 そこには光に満ちた少女がいた。白いキトンをまとったその姿は神々しく、金髪碧眼が美しい。


「恐れ入りますが、ここはどこでしょうか?それに過労死とは?」

「ここは全てが還る場所、ラカン・フリーズに繋がる門の前です。あなたは過労死で死にました。あたなの魂は地球での経験を終え、根源の魂と今から融合するのです」

「根源の魂ですか。私は形而上学的な議論は好みませんね。魂なんてありませんよ」

「そう思うのならそれがあなたにとっての真実です。私は否定しません。ですが」


 その少女の背中には翼が生えた。そして、今度は背が少し伸び、美少年になる。


「僕達は、本来は一つだったんだ。全一ワンネス。ラカン・フリーズが万物の根源だよ」

「私は仕事柄物理学にも造詣がありましてね。その汎神論的な見解は受け入れかねます」

「そうなんだね……。やはり、君は面白い!君になら可能性があるかもしれないな」

「可能性……ですか?」

「うん、可能性だよ」


 再び少女の姿に戻った彼女は浩汰に語りかけた。


「今、創っている世界があるんだ。君たちの世界でいうファンタジー世界ってやつ。知らない?」

「ファンタジー?それは幻想世界ということですか?」

「分かっていないみたいだね。まぁいいや。要はこのままラカン・フリーズに還るか、記憶を持ったままその世界で生を得るか選ぶ権利を与えるよってこと」


 少女はそう言って微笑む。


「私は、奏波と奏汰に会いたい。もし私が死んだというのなら、せめて家族にもう一度会わせて欲しい」


 浩汰には妻と息子がいた。彼は家族を大切にしていた。出来ればもう一度会いたい。それは彼にとって切実な願いだった。


「分かった。でもね、君をもといた世界に戻すことはできないんだ。これは決まりでね。でも、不可能ではないよ。不可能なことはないんだ。もし不可能があるとしたら根源の魂は生まれなかったから」

「不可能はない?」

「そう。確率ゼロの事象は本当に起こらないのかな?経済学者だったならゼロも百もないことは分かるよね?」

「ああ。それならわかるが……」

「世界はね、その確率ゼロを満たすために廻っているんだ。螺旋のようにね」

「そうなのですか。にわかには信じがたいですが」

「そうそう」


 二人の間に沈黙の帳が下りる。徐に少女はその沈黙を破った。


「で、どうするの?転生するの?還るの?」

「ラカン・フリーズ?とやらに還った場合はどうなりますか?」

「全ての記憶に溶け込むよ。それだけ。君も彼らになるし、彼らも君になる」

「それが、真実なのかもしれないですね……。では、転生した場合は?」

「今なら異世界貴族の三男、それも超美形で称号「最後の魔術師」もつけちゃうよ?お得だと思うけどな」

「得かどうかはさておいて。どっちを選べば妻と息子ともう一度会えますか?」

「それは後者だよ。ラカン・フリーズに戻った魂は自我が梵我に統合するからね。会うもひったくれもないよ」


 浩汰は少しだけ迷った。浩汰は後者を選んだ際の機会費用を考えていた。もともと知的好奇心の強かった浩汰はラカン・フリーズに還ってみたいという欲求は確かにあった。だが、家族に会いたいのも事実だ。浩汰は家族に会うために、ラカン・フリーズに還るという経験を選択しないことに決めた。


「私を転生させてください」

「分かったよ。どうする?生まれたときから記憶を持ってる方がいい?それとも途中から記憶を思い出す感じがいい?」

「どっちがいいと思いますか?」

「うーん。初等学校入学の一週間くらい前に記憶を思い出すのがオススメかな」

「理由を聞いても?」

「退屈だから。ただ、それだけ。だって、幼児のときは何もできないよ?想像してみて」

「確かに、退屈そうですね」

「うんうん!じゃあそれでいいかな?」

「ええ。頼みます」

「オッケー」


 ありがとう。浩汰がそう言うのと同時に全ての世界が暗転した。

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