第46話 決意
どうしても希未子は鹿能を祖父が目指した荒野へ導こうとする。そこには曾祖母が息子総一に託したあの日の衝撃的出来事があの世まで尾を惹き、それを総一の孫娘がしっかりと受け止めているのだろうか。曼殊院で希未子さんに会った時はまだ会長は元気にされていた。その直ぐ後の死で、彼女との途轍もない縁が結ばれた。それは偶然か必然かその結論が迫っているような気がして成らない。
こうした鹿能の深刻な不安をよそに、希未子は何かを暗示するように、また疲れて喉が渇いたと言い出した。さっきは喫茶店で気分転換を図ってまたかと思うと、今度は表のスタンド看板を見ないと判りにくい目立たない小さなスナックに「此処はおじいちゃんが良く行ってたお店なの」と言って入った。
中はこれまたさっきの喫茶店と争うように、アンティークらしい上質で重圧のテーブルと椅子があり、違いはカウンター席があった。勿論部屋はまだ陽が高くて誰もいない。奥のカウンターには五つの席と、そこ通じる両側にそれぞれ二つずつ四つの小さなテーブル席が有った。
年配のバーテンダーがメニューを差し出した。飲み物を見るとジュース類に混じってお酒のメニューもある。喫茶店雰囲気だけどスナックなんだ。そう思うと珍しく陽の高い内に彼女はメニューに載っていない洋酒のカクテルを頼んだから更に驚いた。そこに描かれた物は、鹿能には馴染みのないものばかりなのに、希未子は
「何を注文したんだ」
とメニューを持って引き上げるバーテンダーの後を追うように訊ねた。
「ネクストドリーム」
「何なの? それって」
「此処のバーテンダーは祖父とは顔馴染みでおじいちゃんが夢を語るとそれに合わせて試行錯誤して作ってくれたオリジナルカクテルだからメニューにはまだ載せてないようね。ジンに甘酸っぱいピーチのロングカクテルなの。二つ頼んだ」
好みも聞かずに頼むから鹿能は、エッ、と驚いてしまった。
「よく飲むの?」
彼女はまさかと謂う顔をした。
「おじいちゃんと一度だけ来た。それから二度目は、リビングで千鶴さんとヒソヒソ話をしている処へ仕事が終わって帰りがけの紀子さんに誘われたの」
「どうしてまた?」
「あの時は片瀬が帰国する前だった 何も起こらないように苦労しているのはあたしだけかしらと思って千鶴さんから向こうでの片瀬の様子を窺っていると紀子さんが落ち着けて静かに飲めるところがあると言われてツイ乗っちゃったの」
注文した同じカクテルが運ばれて、並んだふたつコースターの上に置かれた。一緒に切り分けられて盛られたチーズが皿に載っている。洋酒は酒とは思えないほど飲みやすくチーズと共に胃に消えていった。
「それがこの店なのか、でもそうして気にするところは出会った頃の希未子さんらしくないなあどうして変わったんだろう」
変わってないわよ、と少し酒の
「守る物が出来れば少しは臆病にも成っちゃうわよ」
と言ってから彼女を少し身を引いた。それで何を気にしたのか判ると鹿能には自信が湧いた。
「おじいちゃんはね、昔このようなテーブルの下に落ちた給料袋を探す間に母の別面を覗き見て本当の気持ちに気付いたけれど、もし気付かなければ金の亡者になる確率は高かったでしょうね」
「でも此処のテーブルは少し低くて小さくて狭い割にはしっかりして手の置く場所がない」
「そうね、だからさっきの店と比べて此処のテーブルは分厚いから中々見極められないわよ、そう思うと心の襞ってそう簡単に覗ける物じゃあ無いからあのテーブルは値打ち有る代物ね」
そう言われれば此処のテーブルは膝が
その手がじっとしていなくてじれったそうに鹿能の気を惹くようにテーブルの上を這っている。鹿能がその手をじっと見詰めると、その手の感触が伝わって来た。すると鹿能も彼女と同じ仕草で、年季の入ったテーブルを指の腹で、
希未子は自分の手の動きを追うと、そこに同じように動く鹿能の手と目線にハッとして気付くと、思わずその手を引っ込め、直ぐに顔を上げた。そこで彼女は少しはにかみながら追っていた視線を真面に合わせた。それに気付いた鹿能が今度は
希未子にしてもその顔はあの店で向き合っている花にしか向けられない。だから横顔でしか見ていない。花に向けられたその真剣な表情を今初めて真面に希未子を捉えている。
「初めて真面に見たあなたのその顔」
彼女は網に掛かった蝶のように、その瞳の中に飛び込んでいく。そこには一点の曇りも翳りも無い、初めて見せた無垢の彼女の姿がある。
「あなたなら見つけられる」
「何を?」
「おじいちゃんが目指した果てしない荒野を……」
と希未子は先ほど特別注文したカクテルを持つと「荒野に華を」と云って意気揚々と高く掲げた。
完
荒野に轍を求めて 和之 @shoz7
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