第45話 会長の夢に向かって

 花を愛でながら作品作りをする鹿能さんを千鶴さんは「いつもああいう顔をしていれば良いのに」と云っていたけれど、いつもそんな余計な神経など使いたく無いのよ。本当に鹿能さんが振り返って欲しいのは人で無く花なんだ。だからそんな余分な神経など持ち合わせていれば手抜きをするわよと言ってあげた。すると、そうか生きる目的が違うのか、と千鶴さんは残念がっていた。

 俺はいつも真剣に花と取り組んで、手抜きなんて出来んと云えば「あなたは堅物なんだから真面に取るもんじゃ無いでしょう」と希未子きみこさんに嗤われた。

 市の賑わいは、大勢の人がすれ違いざまに肩が触れあい物見の人がいればそれを避けようと今度は肩処か全身を喘ぎながら行き過ぎる。そこでホッと一息ついて又は同じペースで歩くから、余程気に入る商品で無ければ立ち止まれない。だから目に留まった視線の僅かな時間で品定めをすると、余り気になる品物がなかった。そうなると此処の人々たちの賑わいが逆に、ただの雑踏になり果てると、もう市の関心は薄れてしまった。

「そろそろ此処を出ましょう」

 と希未子も同じように此の人混みに気疲れしたよで鹿能も頷いた。

 二人はもう脇目も振らずに山門迄掻き分けて進み、やっと通りに出られた。ハッキリとした目的を持つと、此の市は何の止まり木にもならない、と表通りの空気を吸って感じた。

「ぱっとする物が無かったわね」

 最初からそんな物は当てにしていない。ただ閉塞感を打破する気分作りに立ち寄った。気分が入れ替わればそれで良かった。

「おじいちゃんが目指していた物だけどあの歳で感性を磨くとなるとかなり無理があるけれど、でも第一歩でスタート台に立てる悦びに意義があると張り切った矢先なだけに残念でしょうね」

「それほどまでに取り組んでいたのか」

「だからこそ矢張り遅咲きの花は見てくれが悪いのかそう言う志を持った人を支援する方に回ったのよ。幸いにもそれだけの資金もあるから今まで稼がして貰った物をお返しする意味で音楽ホールでも建てる計画を考えて場所を探していたらしいのよ」

「そうやって音楽家でも育てるつもり何ですか」

「先ずはとにかく手始めに小さい子供達に混ざってピアノ教室に行き始めてネコ踏んじゃったを弾けたときは感動ものだったとかでホールも良いだろうと」

「それ位で」

「ひと月掛かって両手を使ってあのお歳で連番も可笑しいけど二重奏を弾いたのよ」

「で、それから何をマスターしたの」

「ペートンベンの月光」

「それは凄い」

「最初の八小節を一年以上掛けて」

「それってさわりだけじゃ無いのどうしてもっと簡単な曲で良いから一曲仕上げようと思わなかったの」

「どうせなら積み木みたいに各小節ごとに仕上げて最後に組み立てると謂う壮大な計画が浮かぶとこれを弾くホールを建てて何十年掛かろうとクラッシック曲を仕上げるつもりだったのよ」

「ホールを建てる用地は確保したんですか」

「目星は付けたけれど用地買収は地元の不動産屋に頼んだの」

「何処まで進んでるんですか」

「三割程度らしいの」

「じゃあ残りはどうするんですか」

 希未子は少し考えた。大きなホールは諦めて今まで確保したその広さなら個展の展示会場として建てたいらしい。花でも絵画でも彫刻でも勿論少人数のおじいちゃんが最初に弾いたネコ踏んじゃったぐらいの演奏のホールにも出来る多用途の会場にしたい。だけどその権利はおばあちゃんに移ってしまったから今は交渉中だ。そこでオープン記念としてあなたのフラワーデザインによる作品展を提案された。

「この話、乗ってくれる?」

「乗っても良いけどその個展会場はいつ出来るの?」

 これは彼女の妄想の範囲で、実現可能か解らないだろうと高を括った。するとおばあちゃんは賛成するし、用地はあるから着手すれば今年の秋には出来そうと云われた。これには鹿能は慌てた。

「半年しかない、どれほど作品を用意すればいいのだろう」

「最低でも五十点、会場のレイアウト次第ではもっと増やせるように余裕を持ちたいわね」

 と云われて鹿能は、それでは今の仕事が手薄になり、下手すればその先には果てしない荒野が待っているのかと絶句した。




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