第44話 会長の母
「どうして会長のお母さんは社会人として始めての評価である初月給をそんなに邪険に扱えば反感を買うのは当然でしょう」
「お給料を投げ返せば母への反感より世間や社会に対する反骨精神に置き換える子だと賭けたのね」
「会長はお母さんの真意を上手く見破ったから良いものを下手すればお母さんを生涯根に持ちますよ」
「もし母を恨む子なら我が身を恨めば済むことだとお母さんは割り切られたようなのよ」
「まさにどん底に落とされて世間の壁をよじ登って社会へ第一歩を踏みだす瞬間に今度は心をどん底に突き落とすに等しいことを遣られるお母さんは紙一重の処で人情の使い分けが出来る人だったんですよ。だから自分は生涯恨まれても本人には善かれと思えば
甲斐性なしほど人には厚いが、薄ければ人は寄り付かない。曾祖母は此の紙一重に於ける人情には
「会ったんですか?」
「小さい頃に一度おじいちゃんに連れられてお会いしました。でもさっきの話からは想像も出来ないくらい穏やかなお顔立ちで優しく迎えてくれたけれども
「それは可笑しな塩梅ですね」
「多分ね甘い物が飢えていた時代に育った人達には往々にしてそういう味付けを滅多に来ない人に出すらしいのそれがあの当時の心のこもったおもてなし。こんな使い捨てのご時世になっても頭の
と希未子はそう云う時代を知らないと恐ろしい結果を生むようだ。この曲はそう云う人類への警告の曲に聞こえたのでしょう。だからおじいちゃんは奮発してあれよという間に今日の財を成した。その鍵を握っていた母親に初めて会った。何処にでもいるひ孫を猫可愛がりする曾祖母は希未子には、そんな風には見えなかったらしい。祖父が一代で財を成した源流の切っ掛けを作ったのは、この人なのかと今頃になってしみじみと想いだした。
「随分と振り返ってから祖父がいつかあたしに伝えたかった貴重な一コマのつもりで会わせたのじゃあないかしら」
「会長のお母さんに会ったのはその一度切りなのか」
「多分御利益がなくなると困ると思ったのかしら。それともお母さんが心を奮発させたのはあれが最初で最後だったのか。いつか遠い日に特別だ感情を抱いて思い起こさせるように後はベールに包んだのかも知れない」
「骨董品はその値打ちを保つために全てをさらけ出さないつまり安売りはしないと言う事なのか」
「お母さんは生涯息子に斧を振るったのはその一度だけらしいの」
しょっちゅう振るえば効き目が無くなるどころか、祖父は反社会的行為に走ってしまう。大鉈を振ると言う事は、そんな危険も孕んでいるが、受け止める土壌をしっかりと母親に作ってもらった結果だと、年老いてから母に会長は感謝を表した。
会長が仕事に目覚めた
喫茶店を出て寺の山門を潜ると、参道は言うに及ばず、境内にも所狭しと色んな店が建ち並んでいる。殆どが家で要らない物を並べているフリーマーケットが大半だが、古道具屋に古本屋も紛れ込んでいた。勿論自家製の飲み物や食べ物を出してる店もあった。物珍しい物ばかりで、これは何処まで歩いても見飽きなかった。
二人は奇妙な骨董品に出会うと、これはああだこうだと言い当てようとすると、店のおばさんから、他の客の邪魔だからとつまみ出されてしまった。二人は肩をすくめてまた歩き出した。
アンティークな猫脚をした椅子に出合った。希未子さんが何あれって指差すから「中世のヨーロッパ、特に東欧諸国の深い森に囲まれて建つ城のような貴族の屋敷にありそうな物だ」と鹿能に言われて使えるのと訊ねられた。
「中世の貴族って云う奴はとかく実用的で無く見てくれが良ければ使うもんだよ」
「珍しく変な処に博学が有るのね」
とからかい半分に云われてしまった。
「だからそのままで無くちょっと凝った物を欲しがるのかしら」
「食うに困らない連中は実用からはみ出した物に興味を抱いてくれるから凝った高い生花の花飾りなども受けて、それを
「そこであなたの感性の磨きどころっていう訳ね」
と変わった椅子と鹿能の腕前を比べている。
「あなたは中世の貴族どころかその日の生活にも困る人にも花を作ってあげれる人でしょう」
「しかし貧しい人が凝った花飾りなんて……、そんな風に考えたことがなかったが」
「じゃあこれからそんな風に考えなさい困窮した生活で
「そうかそれは困るなあ」
「考えが単純ね、でもそんなもんじゃ突拍子も無いものは出来ないでしょう」
「それこそ単純すぎる」
ーー物を作るということは周りに散らばってる草花をもっと引き立てる為には何をどう組み合わせれば良いか、つまり素材の声なき声に五感を澄まして聴けば、周りに散らばる素材から選んで一つの形に
「それが普段は誰にも見せないあの眼光に凝縮されているのね」
とその時に集中するあの鋭い眼を指摘された。
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