戦後処理はたいへん
みんな揃ってぞろぞろと会議室へ移動して、ガヤガヤと席についてようやく会談が始まった。会議室で良く見かける、横に長い楕円形のテーブルの片方に、グードさんを初めとするファシャール帝国の人たち、反対側にガ=ダルガの人たち。上座に当たる席には迫田さんが座って司会進行役だ。私とヴァレリーズさんは、入り口近くに陣取ってマス。オブザーバーだから。
会談はまず、捕虜の話から始まった。
今、帝国領内の島々に分散して収容している捕虜たちは、全員ガ=ダルガに戻すことで合意した。ガ=ダルガ側に掴まっている捕虜も、もちろん帝国に帰国させる。
帝国としても、とっとと帰ってもらいたいだろう。捕虜は収容しているだけでもお金がかかるって、エバさんも前に言っていたな。私が「できるだけ人権に配慮して」とお願いしているので、その分、コストも掛かるだろう。
問題は、賠償金だ。実際に人的被害も出している帝国には、これまで捕虜にかかった分の費用も合わせて賠償金を支払ってもらわなければならない。けれど、帝国とガ=ダルガで同じ貨幣を使っているわけではないので、貴金属か魔石、宝石類で支払ってもらうことになる。ガ=ダルガは魔石の算出はそれほど多くないらしいからそれ以外で、ってことになるんだけど。あ、もちろん日本に対しても賠償をしてもらわなければならない。被害は出ていないけれど攻撃は受けているし、艦艇を動かすのだってタダのわけがない。防衛省からは、事前に見積もりをもらっていて、これが賠償の最低ライン……なんだけど、金銭的な解決は難しそうだ。
「我は、あの“艦載砲”というものの技術でもよいぞ」
あぁ、やっぱりサリフ陛下は、あの兵器に興味津々だったからなぁ。以前、レールガンやレーザーの技術を欲しがっただけはある。でも、軍事バランス的にどうなの? と、迫田さんに視線を送ると。
「陛下、それであれば、王国にも技術の提供を。もし、帝国のみがあの兵器を入手したいということであれば、
迫田さんの言葉で、皇帝陛下は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「ケチ」
いや、ケチじゃないし。玩具じゃないんだから。
そう、兵器はおもちゃじゃない。すでにガ=ダルガで開発されているから、今更規制はできないけれど、戦争で使って欲しくはない。
「兵器の調達は、賠償とは別に行ってください。あぁ、ガ=ダルガ側には、王国とも公平な商取引をお願いしますね」
「では、賠償はどのように?」
「死傷者に対する賠償は、鉱石や貴金属で。日本政府が換金して帝国に渡します。交換レートは、
「その内容では、
ガ=ダルガ代表団のひとりが不満を口にした。たしかに、鉱石や貴金属の交換レートを日本が決めたら、価値あるものを二束三文で買い叩かれるかも知れない。そんな不安な気持ちになっても不思議はない。でも、迫田さんは笑ってやり過ごした。
「戦争を仕掛けたのはそちらで、被害を受けたのは私たち。そして、勝ったのも私たち。譲歩するのは、どちらですか? それとも、あなた方がこれまでやってきたように、勝った氏族の傘下に加えた方がいいですか?」
不満を口にした男性は、くやしそうに押し黙った。
「もちろん、鉱石や貴金属の交換率に関しては、
「サコタ、それはこちらも理解している。デンよ、おまえたちザウラ氏族は巻き込まれたと考えておるようだが、議会で決定してしまった以上、全氏族の責任なのだ。判ってくれ」
「ぬぅ……ザウラ氏族はディナ氏族に従う」
「ほかの者も、よいか?」
「あぁ」「ディナ氏族に従う」「儂も」「おう」
内部調整は、できるだけ事前に済ませておいて欲しいなぁ。
「賠償についても、開港についても、こちらは受け容れよう。ただ、賠償として提供する鉱石や貴金属、それに魔石なんだが……こたびの戦のためにあらかた供出してしまい、手持ちがない。あぁ、もちろんバウ氏族とその従属氏族からは、生活必需品以外はすべて出させるがな、それでも足りぬ。そこで、だ」
ガイ・アズさんは身体を前に乗り出し、にやりと笑いながら続けた。
「日本には、資源探査を手伝って欲しい。それと、採掘もな。できれば、精製もお願いしたいところだ」
「公正な対価をいただけるのであれば、日本が
「おぉ、それは構わん。建設も
ガイ・アズさんが差し出した手を、迫田さんが握った。
「詳細は、担当の者がのちほど」
「ちょ、ちょっと待って欲しい」
その光景に、焦ったのはグードさんだ。
「ここは、帝国に対する補償を話合う場所ではなかったのか? なぜ、日本とガ=ダルガばかりが得をする話になるのだ!」
「グード宰相閣下、失礼しました。しかし、これは日本の利益だけを考えたことではありません。開発に当たっては、王国にも帝国にも協力していただくつもりです。全員にとって悪い話ではないと思います」
「しかしだな……」
「たしかに、戦後処理の話とはずれてしまいましたね。話を元に戻しましょう」
グードさんは納得していない様子だけど。うーん。私からしても、迫田さんの進め方には少し違和感あるな。
□□□
「あれはサコタとガイ・アズの間で、密約があったのだろうよ」
「密約、ですか」
「密約は言い過ぎかも知れないが、あちら側との約束みたいなものがあったのだろう。サコタには、その時間が十分にあったからね。ただ、悪い話ではない、とは思う」
「どうしてですか? ヴァレリーズさん」
会議の休憩中、私は私が感じた違和感について、ヴァレリーズさんに相談してみた。
「戦後処理というのは、相手を追い詰めてもいけない。もし無茶な要求をしてガ=ダルガを困窮に追いやれば、植えた民には不満が溜まり、再び戦争が始まってしまうかも知れない。一方で、ガ=ダルガを開発するということは、ガ=ダルガにもある程度利益をもたらすと同時に、日本人や帝国人、王国人がガ=ダルガに住むことで互いの理解も深まる――サコタは、そう考えたのではないかな」
「理解が深まれば、戦いは起きない?」
「そうとは限らないが、人と人との争いなどというものは、“わからない”ということから来る恐怖なのではないか? わからない、知らないからこそ抱く恐怖や不安。そんなことが、戦争のきっかけになるのだよ。
それに、サコタは暗くて陰険だが、卑怯なことはしないだろうし、なにより
そうなんだろうか? ガ=ダルガとの交流はいいと思うけれど、艦が攻撃されて死傷者が出たときのエバさんの悲嘆と怒りを間近で見てしまっているからなのか、実際に戦場にいたからなのか、なんとなく釈然としない気持ちがする。
迫田さんの判断に、間違いはないのだろう――あぁ、違う、そうじゃない。
私は私として、調整官として、日本だけじゃない、王国や帝国、ガ=ダルガも含めて平和的に発展させる手伝いをしなきゃいけない。迫田さんに依存しちゃだめ。私は、私でちゃんと考えなきゃ。
「ヴァレリーズさん、わたし、ちょっとグードさんとお話してきます」
「私も付き合おう。口は挟まないが、アドバイスはできるだろう」
「ありがとうございます」
□□□
休憩が終わって、会議が再開された。
「再開する前に、
グードさんが起ち上がって話し出した。
「賠償に関してだが、一部を労務で支払って欲しい」
「労務? 労働者を派遣しろということか?」
「そうだ。もちろん、最低限の衣食住は保証するし、働いた分を賠償金に充てる。
グードさんの提案に、ガ=ダルガの代表団がひそひそと相談を始めた。二言三言、言葉を交わした後、ガイ・アズさんが質問した。
「人数は、どのくらいを考えておられるのか」
「そうですな……ひとまず、千人と言ったところか」
「千人!?」
「左様。あぁ、家族を含めても構わんよ。働いてもらえるならば」
「うーん」
鉱山開発でガ=ダルガに日本人を受け容れる以上、帝国にガ=ダルガ人を派遣することも容認できるはずだ。まして、賠償金を代替できるのであれば。
「奴隷扱いを受ける……ということはないのだろうな?」
「そこは我々を信用してもらうほかないな」
「労働者の待遇については、
「それなら
私の言葉に、迫田さんが、ちらりとこちらを見た。驚いているようにも見える。
私は何もしていませんよ。ただ、帝国がこの間の内乱で労働力不足に悩んでいたのを知っていたのと、日本ばかりが間に入るのはどうかと思っただけ。そんなことを、グードさんとの雑談で話しただけ。ヴァレリーズさんもそこにいただけ。
「……しかたない。受け容れよう」
こうして、賠償に関する議論は、概ね決着を見た。
そして議題は、今回の戦争首謀者であるバウ氏族とデラ・バウの処遇へと移る。帝国は、バウ氏族の処遇については関与せずとしたが、首謀者であるデラ・バウおよびその父親であるクゥ・バウの引き渡しを求めた。それに対し、ガイ・アズさんの回答は。
「デラ・バウは現在行方不明のため、引き渡すことは出来ない。クゥ・バウについては、すでに処断した。首級が必要なら取り寄せるが」
さすがに引くわーと思ったら、帝国の人はそんなに引いていない。マジか。
「首級など不要。第一、こちらでは確認しようがないし、確かめる前に腐ってしまう。クゥ・バウについては仕方ない、が、デラ・バウの捕縛に関しては、そちらにも協力してもらわねばならない」
「デラ・バウは、こちらとしても亡国の徒であるが故、なんとしても捕らえたい。だが、具体的にはどのように協力すればよいのか」
「サコタ殿、なんといったかな……あぁ、情報提供、そうそう、情報を提供していただきたい」
「情報とは?」
「彼奴の行き先に決まっているだろう?」
グードさんの言葉に、ガイ・アズさんは口を閉ざした。
「我々が“禁断の地”と呼ぶ場所を目指したことは聞いている。知りたいのは、目的地が“禁断の地”のどこで、その目的はなにか? ということだ」
「伝説、だよ」
「なに?」
ふぅ、とガイ・アズは大きな吐息を漏らし、ゆっくりと話し出した。
「我らガ=ダルガの民には、ひとつの伝説がある。大陸の西、“禁断の地”の西の果て、大連峰の麓にある隠れ里。そこに住まう人々が、我々を元の世界に戻してくれる――そんな伝説だ。我らとて、そのような伝説を信じておるものは、ほとんどおらん。子供の頃に聞かされるお伽噺の類いだと。
しかし、バウ氏族、いやデラ・バウは、伝説が真実であると確信し、そこを目指したのだ。当初は大陸の一部を占拠し、そこを橋頭堡に“禁断の地”を探索する計画であったようだが、日本という訳の分からぬ勢力が登場したことで、
「変更した計画とは?」
「信頼できる部下数十名とともに、大陸西を目指したと」
伝説には、真実が隠れているという。もし、伝説が本当だと考えるなら、ガ=ダルガの民は元の世界――つまり、
□□□
<空を駆けるカモシカ>号と名付けられたその特殊艦の艦橋で、デラ・バウは遠く微かに大陸の姿を見た。目指すは大河エイシャ――禁断の地、そして。
「“巣”へ。いよいよだ」
デラ・バウは、小さく笑う。
父親である前氏族長も、最初は信じなかった。“ただの伝説、幻である”と。しかし、ふたつの証拠によって、信じてくれた。今、この艦に乗っている皆も。
証拠の一つは、「日本」だ。奴らが、“
だが、伝説を真実たらしめるもうひとつの証拠が、我々に道を示した。
「リナリナ、こっちにこい」
「はい」
一人の少女が、デラ・バウの前に進み出る。みすぼらしい服から覗く手足は細長い、というよりも骨と皮ばかり。そして、その肌は赤錆色。それに対し、頭髪は薄い灰色。同じく細い足首には、鉄の足かせが付けられており、動く度にジャラジャラと金属が触れあう音を響かせる。
「見せろ」
デラ・バウの命令に、一瞬身を縮混ませた
「ふふふ。コレも故郷に戻れると、喜んでいるようではないか」
デラ・バウの視線は、リナリナの胸に。そこで揺れている、奇妙なものに注がれていた。それは、長さが手の平の長さ程度もある、半透明の翅のようなものだった。鳥の翼ではなく、昆虫のような翅だ。
「精霊が持つと伝説にある、“妖精の翅”。さぁ、俺を“巣”へと導いてくれよ」
異界調整官3 ~官僚、戦争回避に奔走す 水乃流 @song_of_earth
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