第16話 合格祝い
勇者ナインと紫黒竜の戦いを、遠くから見つめている黒い影があった。
「あれが勇者ナインと名乗る男……。絶対に許せませんね」
あまりの憎さにギリギリと歯ぎしりする。
本当なら今すぐにでも殺してやりたい。しかし、紫黒竜との戦いを見る限り、実力は本物のようだ。
準備が必要だった。黒い影は決意を固めると、勇者ナインに悟られないようにそっと去っていった。
◇◇◇
「それではレイチェの合格を祝って!」
ミズエルの屋敷の一室。でかいテーブルには隙間なく食事が置かれている。
酒がなみなみと注がれた木製のカップを、俺は高らかに掲げた。
「「「かんぱーい!」」」
レイチェとミズエルもカップを掲げて打ち合わせる。
ミズエルは医者から酒を止められているらしく、残念ながら今日はアルコール抜きだ。
「それにしてもレイチェ、なかなかやるじゃねえか」
「えへへ、勇者様に褒められちゃいました」
レイチェはあっさりと聖ミズエル冒険者学園の入学試験に合格していた。
主席こそ逃したみたいだが、かなりの高成績だったと聞いている。
「流石は私の弟子ですね」
「馬鹿言え、俺の教えが良かったのさ」
ミズエルと二人で、レイチェの師匠の座を奪い合う。
「お二人のおかげです! ありがとうございます!」
ニコニコと笑って礼を言うレイチェを見て、俺とミズエルは肩をすくめた。ここは両方の功績ってことで良いだろう。
俺は目の前に置かれた豪勢な食事に手を付けはじめた。
食事はミズエルの屋敷の料理人に用意して貰ったものだが、めちゃくちゃに美味い。一流料理店に行ってもここまで美味いものは出ないだろう。それとも俺が封印されている間に、料理も進歩しているのだろうか?
ミズエルもレイチェも少食なため、大量に置かれた食事はほとんど俺のために用意されたものだ。楽しんで食わなくては失礼に当たるだろう。
肉汁が溢れる肉の味を噛み締めたあと、酒をゴクゴクと流し込む。
酒も美味い!
感動しながら夢中になって飲んでいると、レイチェがポツリと呟いた。
「それにしても、ノウェム・ロヨラさん、不思議なことを言っていましたね。勇者の孫だとか……」
「ブウウウゥゥゥゥーーーーー!」
思わず酒を吹き出す。
ミズエルの反応は迅速で、酒が空中にある間に
俺は冷や汗をかきながらも平静を保つフリをする。
「不思議なことを言ってたよなあ」
「勇者さ……ナイン、本当に心当たりはないんですね?」
「ああ、ないね!」
自信満々なフリをして否定する。
下手に肯定してレイチェの機嫌を損ねると、使い魔の俺にフィードバックされて頭痛が起きてしまう。
ノウェムの件は、あとでもう少し調べたほうが良いだろう。
もちろん偽物ということもあり得るが、若干十五歳でありながらドラゴンを喚び出した才覚は、俺の孫である可能性が……正直かなり高い!
ノウェムと二人きりの機会を作って情報を得たいところだ。
ノウェムの祖母であるアナベル・ロヨラの話も、聞きたい。アナベルはどのような生涯を送ったのだろうか?
懐かしい顔を思い浮かべて笑う俺を、レイチェが疑わしげに見ている。
俺は話を逸らすことにした。
「そういえばレイチェ、学園にはここから通うのか?」
このミズエルの屋敷から学園までは徒歩で一時間ほどかかる。
転移陣をどこかに用意すれば移動は一瞬だが、使い魔の俺が転移陣を使えないという問題が残る。”勇者ナインは自身に転移魔術を使ってはならない”、だ。
レイチェは顎に人差し指を当てて、考えながら言った。
「聖ミズエル冒険者学園には生徒用の寮があるのですが、男女で分かれているんですよね。使い魔であるナインと離れ離れになるわけにはいきませんし」
「俺は別に女子寮に住んでも構わないぞ」
女に囲まれる生活も悪くない。魔王討伐後の目的の一つに良い女を抱くってのもあったしな。
グヘヘと鼻を伸ばしていると、レイチェが瞳を濁してこちらをじっと見つめていた。大きく目を開いて瞬きしないのがめちゃくちゃ怖い。
「……ナイン? 勇者様は女の子に色目を使いませんよね?」
「痛い痛い痛い!」
レイチェの冷たい声と共に、キリキリとした頭痛が起きて思わず叫ぶ。
そんな俺たちに苦笑しながら、ミズエルが一つの提案を投げた。
「聖ミズエル冒険者学園の裏側には大型迷宮があるのは知っていますね? 大型迷宮は一般の冒険者も受け付けているので、あの辺りの区画は宿屋や住居が多いのです」
「ほう?」
悪くない。俺はニヤリと笑った。
「となると、次は家探しだな」
クズ勇者と狂信(ファン)ガール~最強の英雄は気ままなセカンドライフを満喫する~ 台東クロウ @natu_0710
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