第15話 黒竜炎

 俺のヴォルグスの威光がちょっとばかり気に入らなかったのか、レイチェは泣き出してしまった。

 模擬試合の場がもの悲しい空気に包まれる。紫黒竜はオロオロと俺とレイチェを見比べ、ノウェムは「あーあ、泣かせましたわね」と傍観している。


「う、グス、グスッ、ゆ、勇者様は、こ、こんなことしません……」

「お、おい、泣くなよ。頭が痛ぇ」


 俺は痛みが響く頭を抑えながら、レイチェを慰める。召喚契約を解除する方法が見つかるまでは、レイチェのご機嫌を取るしかない。


「何が気に入らなかったんだ? ちゃんと模擬試合に勝ったじゃねえか」

「勇者ナインは強い人の権力を傘にして威張るなんてことしないもん……」


 強い人じゃなくて強い魔竜なんだが、今は突っ込んでいる場合ではない。レイチェは勇者ナインに幻想を抱きすぎているきらいがあるな。この辺は徐々に俺の性格を分かってもらうしかないだろう。

 とにかく、今はレイチェを泣き止ませるのが先決だ。


「分かった分かった。ほら、格好良いところも見せてやるからさ。俺が本気になったらその辺の竜なんて一撃だよ一撃」

「グス、本当ですか……?」


 涙で潤んだ瞳でレイチェがこちらを見上げてくる。

 横では紫黒竜が、えっぼく一撃でやられるんですか?みたいに言いたげな瞳をしてびっくりしている。


「ああ、もちろんだとも。おいノウェム、俺と紫黒竜が一騎打ちして、勝ったほうの主人がこの試合の勝者ってことでいいな?」

「オーホッホッホッホ! 受けて立ちますわ!」


 なるべく楽をして勝ちたかったが、こうなっては仕方があるまい。

 レイチェが納得する試合運びをする必要がある。俺は紫黒竜にも声をかけた。


「おい、ヴォルグスの話は忘れていい。お互い全力で恨みっこなしだ」

「ボオオオオオォォ!」


 俺は紫黒竜から少し離れたところまで歩いて対峙した。

 くいくい、とかかってこいの手振りをする。


「先手は取らせてやるよ。幼き竜よ、勇者と戦うことがどういうことか教えてやる」

「ボオオォォ!」




 勇者と竜の戦いが始まった。


 咆哮と共に、紫黒竜の口元に魔力が貯まりはじめる。

 魔物モンスターや魔族は、魔力を利用した能力を生まれた時から使える。この異能力を俺たちは魔能と呼んでいる。竜とて例外ではなく、強大な魔能を行使できる。


 極限まで圧縮された魔力が紫黒竜の口内で燃え盛り、なおも圧縮され、そして次の瞬間、それは解き放たれた。

 ドラゴンを最高位のモンスターたらしめる超暴力の魔能、黒竜炎ギ・ファイドラゴ


 直撃すれば人間など瞬時に溶かし尽くす黒い炎が俺に迫る。

 ……というか容赦ないな。もしかしてヴォルグスの威光の件、ちょっと恨んでる?


 俺はため息をつきながら、足元に魔術陣を展開した。

 しかしまだ魔術は行使しない。俺を焼き尽くさんと迫る黒竜炎ギ・ファイドラゴをじっくりと観察し、ギリギリまで魔術構築を洗練し続ける。


 異世界から召喚されたと言われる始祖の魔術師クロウリーは、魔術をこう定義した。


 ――魔物や魔族が行使する異能力を魔能と呼称するならば、それを人為的に再現する術を、人工魔能構築術、すなわち魔術とする。


 魔術は魔能の再現から始まった。つまり、竜の炎を再現する領域になど、人類はとうの昔にたどり着いているということだ。

 ギリギリまで迫る炎が内包する魔力、魔能を焦らずに観察し、理解し、洗練し、構築し、そして――行使する。


黒竜炎ギ・ファイドラゴ


 魔術が、完成した。


 俺の詠唱と共に放たれた黒い炎が、紫黒竜の黒い炎と一瞬だけ拮抗し、そしてそのまま飲み込み、巨大な炎となって紫黒竜に直撃した。紫黒竜が悲鳴を上げる。勇者ナインの魔能模倣魔術、一介のモンスターに耐えきれるはずがない。


「ボオオォォ!」


 一撃での決着だった。俺はノウェムに降参を促す。


「予告通り一撃だぜ。ノウェム、そいつを死なせたくなかったらとっとと一時召喚を解きな」

「……ええ。今回は、わたくしの負けですわね」


 ノウェムの判断は早かった。召喚術が解かれ、紫黒竜が元の居場所へと還っていく。この手の一時召喚術は返還の際にダメージが回復するのが基礎に組み込まれている。紫黒竜は死にはしないだろう。


「ガーハッハッハッハ! これが本物の勇者の力だ! 見たかレイチェ!」

「ふおおおお、すごい、すごくて、なんというか、すごいです!」


 レイチェの機嫌が治り、俺を尊敬の眼差しで見つめてくる。いいぞ、もっと俺を褒めてくれ。

 レイチェはノウェムのほうに向くと勝利宣言した。


「これが本物の勇者様の力なんです! ノウェムさん、これに懲りたら勇者の孫を騙るのはやめてください!」

「そうだな。自分を勇者の孫だと偽って本物の勇者に負けるのはどんな気持ちだ、おい?」


 俺たちの糾弾を受けて、今度はノウェムが俯き、涙を目尻に溜める。やれやれ、泣けばこのまま勇者の孫を名乗れると思っているのか? 俺の名前を利用して甘い汁を吸うのをこのまま許すわけがなかった。


「負けは認めますが、勇者の孫なのは本当ですもの……。わたくし、本当に勇者の孫ですもの……」

「往生際が悪いです! ノウェム・ロヨラさん!」

「そうだぞ! ノウェム・ロヨラ! ……うん……ロヨラ? えっ? もしかして、あんたのおばあちゃんって門番地区シンテンのアナベル・ロヨラ?」


 俺の質問にノウェムが戸惑うような表情を浮かべる。


「え、ええ。わたくしのおばあ様はアナベル・ロヨラですわ」

「ふううううーーーーー」


 俺はダラダラと汗をかいて、大きく呼吸しながら天を見上げた。心当たりがあるかないかで言えば、大アリだった。


 魔王討伐の旅の途中、人恋しくなって女を抱いたことは数知れずあった。もちろん俺は旅人の身で、一晩だけの仲なのは合意の上での関係だ。アナベル・ロヨラはその一人で、胸が大きく、気が強いが優しく、そして胸の大きい女だった。避妊魔術を使ったと言っていたのに!


 ズキズキと心が痛む。もしかして本当に俺の孫なのか? 流石の俺でも血縁に冷たくしたくはない。


「その、レイチェ、真実を追求するのってそんなに大事か? 勇者の孫を名乗りたいなら名乗らせてやるのが良いんじゃないかな」

「急にどうしたんですかナイン様!」

「まあ、なんだ、ここは信じてやっても良いんじゃないかな? 人を疑うのって俺は良くないと思うんだよな」

「し、信じてくださいますの……?」


 ノウェムがすがるようにこちらを見てくる。


「ああ、信じるとも。何か困ったことがあったら俺を頼ってくれていい」

わたくし、あなたのことを誤解してましたわ!」

「分かってくれたならいいんだ。ああそうだ、ついでに」


 俺は両手を広げて孫を歓迎した。ニタァと精一杯の笑みを浮かべるが、相手にどう見えているかは分からない。


「俺は勇者ナインだ。俺のことはおじい様って呼んでくれていいぞ、孫よ」


 ノウェムは顔を真っ赤にした。あ、これ真意が伝わってねえな。


「キー! 勇者を騙って馬鹿にして! そうやってからかって楽しんでいるのですわね! 覚えてなさい!」


 ノウェムはぷりぷりと怒りながら、立ち去ってしまった。

 あとには俺とレイチェが残される。レイチェはこちらを光沢が消えた瞳でジーッと至近距離から見つめてきていた。


「あの、ナイン。もしかして心当たりがあるのですか?」

「…………」

「あるのですね?」


 このあとレイチェから逃げ回るのに苦労したのは言うまでもない。



◇◇◇ お礼 ◇◇◇


 ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

 これから学園編に入り、勇者ナインの無双っぷりやヒロインとのラブコメを書いていきます。


 続きが気になる、ナインが気に入った、ヒロインもっと出して、


 と思ってくださいましたら、★評価やフォロー、応援をして頂けると励みになります。

 今後も頑張って書いていきますので、よろしくお願い致します。

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