第14話 ヴォルグスの威光

 俺の孫を自称する少女に不審者と呼ばれるのはあまりにも不本意だった。


「おいおいおい、誰が不審者だ誰が。勇者の孫を騙る偽物のくせによ」

「勇者を騙る不審者に偽物呼ばわりされたくないですわ!」


 ノウェムは本当に怪しい人間を見たという表情で後ずさると、必死にレイチェを手招きする。それはまるで野盗から人質の子供を助けるために奮闘するかのような、慈愛の仕草だった。


「レイチェ、こちらにいらっしゃいな。そちらの男、あなたの使い魔を騙る変質者でしてよ」

「ナインさま……ごほん、ナインは変質者じゃありません! 私の使い魔です!」

「えっ、あなた本当に人間を使い魔にしてらっしゃるの? 情報量が多すぎますわ!」


 ノウェムはヤバい人間を見たという表情でさらに後ずさった。これは無理もない反応で、人間を使い魔にする召喚師というのはかなり外道の域に踏み込んでいる。


「ナイン、そんなに人間を使い魔にするのって珍しいのですか?」

「まあな。魔術の基本原則、”可能と思っていることしか可能にならない”。要するに、人間を召喚して使役することに抵抗がない人間にしか、人間を使い魔にする召喚魔術ってのは出来ないってことだ。頭のネジが外れてるな」

「えへへ、勇者様に褒められちゃいました」

「……まあそうだな、褒めた」


 それはさておき、だ。

 俺はノウェムが召喚した紫黒竜と対峙した。よりにもよって勇者ナインを相手に竜とは笑わせる。


「レイチェ、『勇者ナインの冒険』に魔竜ヴォルグスとの対決は書いてあるのか?」

「! はい! 『勇者ナインの冒険 小説版18』、魔竜ヴォルグスとの対決! 勇者はヴォルグスとの死闘の末に和解し、以降は竜を従える権能を手に入れたとの記述があります! 人呼んでヴォルグスの威光! ま、まさか……」

「ああ、勇者の竜を従える権能、ヴォルグスの威光ってやつを見せてやろう」

「待って、無理です、ファンサすごすぎる……」


 興奮するレイチェの視線を受けながら、俺はファンサって何?って疑問符を浮かべていた。

 俺が封印されていた数十年のうちに単語の変化があったのか、レイチェはたまによく分からない言葉を使う。


 ノウェムがまだドン引きしながらも、俺が紫黒竜を倒すつもりなのを見て、また高笑いをした。


「オーホッホッホッホ! 竜を従える? わたくしが召喚した竜を? ニセ勇者、やれるものならやってみなさいな! 倒せたならおじい様と認めて差し上げても良いですわよ!」

「ボオオオオオォォ!」


 ノウェムの余裕の笑みに呼応するかのように紫黒竜も咆哮を上げる。空気が震え、ビリビリと全身が痺れる。ただの咆哮にすら魔力が込められている竜種特有の威嚇行為だ。


「やれやれ、格の違いがまだ分からないと見えるな」


 哀れな竜め、この世には逆らってはいけない存在がいることを教えてやろう。


「レイチェ、知ってるか? 原始の魔術ってのは、言葉で相手の精神に影響を与えて動きを鈍らせるだけの、至って素朴なものだった」

「初めて知りました。えっと、この状況と何か関係があるのですか?」

「ふん、今から原始の魔術戦を見せてやろう」


 俺は紫黒竜とにらみ合うと、原始の魔術を紡いだ。

 ヴォルグスの威光と呼ばれる、対竜種における最強の魔術。


 スー、ハーと呼吸を整えてから、よく響く声で、紫黒竜に語りかける。



「俺は、ヴォルグスの野郎と、親友ともなんだが?」

「ボオオオ……ボ!?」



 魔竜ヴォルグスは地上最強に近い竜で、これを言うだけで大抵の竜は大人しく従うようになる。竜というのは真実を見抜く感覚が鋭い。俺が嘘を言っていないことが分かる賢さが逆に仇となるわけだ。

 俺の言葉を受けて、明らかに紫黒竜が怯んだ。魔術が効いている証拠だ。俺はさらに畳み掛けた。


「ヴォルグスの野郎と俺は仲が良いからなー、俺が竜に傷つけられたって聞いたらキレちまうかもなあ」

「ボ!?」

「魔竜ヴォルグス、キレると何するか分からねえところあるからな、マジで。キレた時のこと、記憶に残らないって言ってたぜ。下手すると、皆殺しかもしれねえなあ」

「ボ…………」


 ニヤニヤしながら言葉で紫黒竜を追い詰めていく。

 ガタガタと紫黒竜は震えはじめ、その場で丸くなって防御姿勢を取りはじめた。ここまでくればあと一歩だ。鞭の次は飴を与えてやればよい。


「まあでも? 今なら何もしてないわけだし? 俺と仲良くするって言うなら? 許してやってもいいぜ」

「ボ! キューン! キューン!」


 紫黒竜は一筋の光明を見つけたかのようにこちらを見つめると、こちらに甘えてすり寄って媚を売りはじめる。よしよし、今回も上手くいったな。俺はこの魔術をヴォルグスの威を借る勇者、すなわちヴォルグスの威光と名付けた。


 紫黒竜が頭を差し出してくるのでわしゃわしゃと撫でていると、その光景を見ていたノウェムが驚愕して叫んだ。


「信じられませんわ! 戦わずに竜を手懐けるなんて! まさか、本当に勇者だとでも……?」

「ふん、理解したようだなノウェム。俺は最強の勇者。お前のような偽の血統とは格が違うということだ」

「キー! わたくしこそ本物の勇者の血筋ですわ!」


 まだ言うか。どう分からせてやろうか考えていると、召喚以降かつてないほどの頭痛が俺を襲った。


「痛ぇ!」


 召喚魔術の作用。レイチェが何かマイナスの感情を抱いて、それが使い魔の俺にフィードバックされている。でもなんでこのタイミングなんだ? 俺が恐る恐るレイチェのほうを振り返ると、レイチェの虚ろな瞳と目があった。


「ひっ」

「お、お、お」


 お?


「思ってたのと違あああううううううう!」


 レイチェの悲痛な声が闘技場に響いた。

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