第13話 模擬試合

 あの高笑いのお嬢様が俺の孫? そんなことがあるはずがない。第一、俺の孫ならもっと品があるはずだ。


「おいおい、どういうことだ、勇者ナインは生涯独身だぞ。孫どころか子供もいねえ」

「あなた何も知らないの? 勇者一行の旅の途中でも、勇者ナイン封印後も、勇者の子供を名乗り出た人間なんてごまんといるわよ。今じゃその辺を歩けば勇者のひ孫に当たるわ」

「はー」


 俺はため息をついた。旅の途中でも、勇者の名を利用して利益を上げようとしていた連中は沢山いた。俺が不在の間にも、こうして利用されていたという訳だ。


「そんなの偽物に決まってるじゃねえか」

「本物か偽物かなんてどうでも良いのよ、きっと。重要なのは真実を確かめる手段がないことと、勇者の子孫を名乗ることによって箔がつくことだけだから」

「そういうもんかね」


 俺たちが喋っている間も「オーホッホッホッホ!」と高笑いしている金髪の少女を見つめる。ノウェムとかいったか。親が勇者の子を名乗っているのだ、ノウェムはそれを愚直に信じているのかもしれない。

 俺が多少の同情を覚えている一方で、対峙しているレイチェのほうは冷えた反応だった。


「『勇者ナインの冒険』では、勇者が懸想している人は王女アリシア唯一人でした。勇者様は恋愛に純粋な人なんです。勇者ナインはきっと童貞です。勇者ナインに孫がいるはずありません」

「……」


 こちらはこちらで凄まじい誤解が生まれていた。当然レイチェが言っていることは間違いで、ワパに隠れて俺はよく女と遊んでいた。それが巡り巡って五十年後にこんなすれ違いを生むとはな。ワパも誘ってやっていれば、『勇者ナインの冒険』のナイン像も多少は正確になっていただろうに。


 ノウェムはレイチェの言葉に歯噛みした。


「キーッ! わたくしが勇者の孫であることを否定するとは、許せませんわ! この模擬試合でわたくしが勝ったら認めなさい!」

「望むところです。私が勝ったら勇者ナインの孫を名乗ることをやめてください」

「いいでしょう。おじい様の名に賭けますわ!」


 おい、俺の名を勝手に賭けるのをやめろ。


 両者が互いに睨み合う中、模擬試合の開始時間になる。「それでは試合を始めて下さい!」という審判の声が響いた。



   ◇◇◇



「オーホッホッホッホ! レイチェ、あなた、召喚師らしいですわね。相手の得意な戦術で正面から叩き潰すのがロヨラ家の流儀ですわ!」


 ノウェムの足元に召喚陣が浮かび上がり、魔力が流し込まれる。魔術は基本的には三つの手順によって顕現する。魔術陣の構築、陣への魔力の注入、そして詠唱だ。ノウェムが魔術構築の完了を示す詠唱を叫ぶ。


紫黒竜召喚ギ・サモクラドラゴ!」


 召喚されたのは巨大な六本足の黒竜だった。

 大きな翼を広げると、前足についた爪と咆哮で威嚇する。


「ボオオオオオオオォォォ!」


 ノウェムが優秀という話は間違いではないらしい。黒竜が内包する魔力量から明らかに階位が高いのが見て取れる。生物とは思えない紫の瞳がギョロリとレイチェを睨む。


わたくしのドラゴンでグチャグチャに踏み潰して差し上げますわあ!」


 これ模擬試合だよな? 殺したら失格だよな?


 それはさておき、これは苦戦するかもな。

 ドラゴンというのはプライドが高い生き物だ。それを召喚して使役するためには高度な召喚陣と緻密な魔力操作、何よりも召喚への魔術適性が必要だ。ノウェムは見たところレイチェと同年齢の十五歳程度に見えるが、そんな少女がドラゴンを喚び出したというのは、はっきり言って驚異的だった。


 勇者の孫を騙るだけの実力はあるということだな。


 面白い試合になるかもしれない。

 果たしてレイチェは一体何を召喚して竜に対抗するつもりなのか?

 固唾を飲んでレイチェの動向を見守るが、なぜだかレイチェは突っ立ったままだった。召喚術を行使する気配が一向に無い。何をしている?


 何かはしていた。

 レイチェはチラチラとこちらを見ては、頬を染めて俯く。俺はそれをじっと見つめる。

 レイチェはこちらと目が合うたびに、パチパチと片目を閉じてウィンクする。俺はそれをじっと見つめる。

 やがて業を煮やしたのか、レイチェは指先を立てると、魔力を狼煙のように指先から上げはじめた。俺はそれをじっと見つめる。


 気まずい沈黙。

 対戦相手のノウェムも、何をしているのかしら?という面持ちでレイチェを見ている。


 しばらく俺は首を傾げていたが、ようやくハッと気付いた。横にいる桃髪の少女に問いかける。


「なあ、この模擬試合に召喚師が出た場合、使い魔も試合に出れるのか?」

「え? ええ、出れるんじゃない。使い魔は魔術の行使として扱われるはずよ」

「そっか。じゃあちょっと行ってくるわ。ああそうだ、俺の名前はナインだ。あんたは?」

「……ナイン、ね。あたしはポテポテ」

「偽名か?」

「本名なんですけど!?」


 ポテポテの声を背にしながら、俺は自身に身体強化フバボをかけると、客席から一気に闘技場に飛び降りた。

 ドスン!という音を立てながら、レイチェの真横に着地する。


 突如闘技場に乱入してきた俺を見て、ノウェムはまた高笑いを上げた。


「オーホッホッホッホ! ……えっ? あなた、どなた?」


 戸惑うノウェムに俺は啖呵を切った。


「ガーハッハッハッハ! 俺はナイン。勇者ナインだ。レイチェの使い魔さ」

「オーホッホッホッホ! ふ、不審者ですわあああああ!!」

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