後編
「あの、本田さん。カメラ回しておいて貰えますか?」僕は念のためディレクターの本田に頼んでおく。映像が必要になる可能性があった。それと仕事をさせておかないと、うるさくて仕方なかったのだ。
「ええっ。面倒くさいな。遊びじゃないんだよ、浅野くん」
「いいから、お願いします」
「ったく、しょうがないな」本田はぶつぶつ言いながら、画角に全員が収まる位置を探す。
「これから、僕の推理をお話しします。日本語の分かる方がほとんどなので、——そうですね。フォーミンさんはマンモスハンターの方に通訳をお願いします」なぜかマンモスハンターが立ち上がりそうになるが、フォーミンが何か言って座らせる。
「そうだ、聞いていませんでしたが、マンモスハンターさん、お名前は何とおっしゃるんですか」
「ワシリーだ」フォーミンが通訳して答える。
「ありがとうございます」
「シチェルビナさんは、ブリュハノフさんのサポートをお願いできますか」
「心得ました」
「さて、それでは推理を始めたいと思います。まず、第一に」そう言って、僕はその場のみんなの顔を見渡す。「あれは、2万年前のマンモスではありません」
「なんだと?」その場の全員がざわざわ言い始める。構わずに僕は続ける。
「偽装の目的は我々に恥をかかせること、そしてプロジェクトの解散でした」
「どうしてそんなことが言えるんだ。証拠は何だ?」ブリュハノフが訊く。
「これが証拠です」僕は食べかけのビーフジャーキーを取り出して、みんなに見せた。眉根を寄せる者、首をかしげる者、反応は様々だ。
「ブリュハノフさん、炭素14測定装置でこれの年代を確かめて貰えますか」
ピンときたという表情で、ブリュハノフがビーフジャーキーを受け取った。装置にセットして年代を測定する。
「——2万年前だな」
「ありがとうございます。もちろんこれは2万年前のビーフジャーキーではありません。装置に何らかの仕掛けがしてあるということになります。つまり、あれは、現代のゾウと現代人の死体なのです」
「現代のゾウ? そうか、どこか変だと思っていたが。くそっ。あの牙と耳。あれは耳を短く切り取られたアフリカゾウだったんだな」ブリュハノフが言う。
「そ、それじゃあ——」シチェルビナが不安そうに言う。
「はい。もし、報道していれば、あとで誤報と分かったとき大恥を掻いたに違いありません。プロジェクトも責任追及されていたでしょう。ことによると捏造の濡れ衣を着せられてさえいたかもしれません」僕はコップの水で喉を湿らせる。「犯人はこのプロジェクトに強い恨みを持った人物と考えられます」
「ひ、被害者は誰なんだ」
「1か月前に行方不明になったという前任のプロジェクトリーダー、五十嵐庄一の可能性が高いですね」みんなの目つきが険しくなる。
「ブリュハノフさん。まずは警察への通報をお願いできますか」
「分かった。だが、この吹雪だ。到着には時間がかかるぞ」
「はい。構いません。それまで推理の続きをお話しします」
警察への通報が終わるのを待ち、僕は話を続ける。
「ところで10年前。マンモスのクローン細胞について、盗難騒ぎがあったそうですが?」
「ああ、実験成功寸前のところを狙われたらしい」ブリュハノフが答える。「本当のところは分からないが、リーダーの五十嵐は盗まれたと繰り返し嘆いていた」
「そのころ研究チームからいなくなった人はいませんか」
「日本でのことなので、我々はよく知らないんだ。ただ、五十嵐は盗んだ相手に心当たりがあったらしい。どうも女子留学生を疑っていたようだ」
「当時、日本の大学院生だとすると、今は30代前半というところでしょうか」
「それで、このサーカスのチラシ。どこか見覚えがある写真だなと思っていたんです。その赤いフレームの眼鏡のせいで気付くのが遅れたんですが、フォーミンさん。これはあなたですね?」フォーミンは動じない。
「マンモス VS 雪男。1か月前、ほとんどの客はサーカスに本物のマンモスが現れるなんて思っていなかったでしょう。そうです、ただ一人の男を除いては——。ショーの後、彼はあなたに詰め寄ったのではありませんか? マンモスを出せと」僕はフォーミンから視線を外し、みんなの姿を見る。「チラシを見た五十嵐は、この写真のマンモス使いが10年前研究室から姿を消した留学生だと気付いたのです!」
「妄想だ。どこに証拠がある!」フォーミンが食いつく。
「あなたが今ここにいること。それが証拠にはならないでしょうか」
「なに?」
「MHKはサーカス団の団員を通訳に採用しようと思ったわけではありませんでした。土地勘があり、日本語が堪能で、古生物学の専門知識を持っていること。それが通訳募集の条件でしたよね、本田さん?」
「あ、ああ。そうだが」
「そして、あなたは30代前半の女性です。こんな偶然が果たしてあるでしょうか。どうしてその経歴でサーカスに入られたのかにも興味はありますが。——よろしければ、どこで日本語と古生物学を学ばれたのか教えて貰えますか?」フォーミンは沈黙を守っている。「いまは状況証拠しかありませんが、警察が到着して調べれば分かることがいくつもあるでしょう。被害者が誰なのか。発掘現場の偽装工作。サーカス小屋に残る痕跡の調査、……」
「もういい。もうたくさんだ」フォーミンが言う。「あんたの言う通りだよ」
「サーカスの日の晩、何が起きたのか教えて貰えますか」僕はフォーミンに尋ねる。
浅野が想像した通り、五十嵐はショーの終わった後のわたしに、暗いテントの陰で詰め寄ったんだ。
「マンモスを出せ」
「マンモスなんていない」興奮する五十嵐から、わたしはテントの向こうの動物たちを守らなければならなかった。
「嘘をつくな。10年前、おまえがクローンを盗んだのは分かってるんだ」
「ばかな。実験は失敗だったんだ」
「いや、お前が隠して育て上げたんだろう? 今日のショー、客はみなゾウだと思ったんだろうがな。俺にはちゃんと分かったんだ。俺のマンモスを返せ!」五十嵐は威嚇射撃のつもりで銃を構えた。
「やめろ」銃声。ゾウの鳴き声。
「どうした。銃弾が当たったのか。死んだのか。わはははは」
「何てことをするんだ……」
「大丈夫さ。新鮮な死体があればクローンでいくらでも増やすことが出来るんだ。残念がることはない」
「そう簡単に増やせるもんか」怒りで気が遠くなる。テントをめくり、わたしはその辺りに落ちていた藁束を握りしめた。「このデータがなければあんたにはクローンを育てることはできないんだ」死んだゾウの口に藁束を放り込んだ。
「何をする。やめろ」マイクロメモリーか何かと勘違いした五十嵐がゾウの口をまさぐる。背後から蹴飛ばして五十嵐をゾウの口に押し込んだ。五十嵐はそのまま窒息して死んでしまったよ。
「教えて頂きありがとうございました。やはり、あの傷痕は銃創だったんですね」僕は本田を一瞥する。
「まさか、五十嵐がそこまで思いつめていたとはな」ブリュハノフが言う。
「でも、彼ならやりかねないね」シチェルビナが相槌を打つ。
「それで、クローンを盗んだというのは本当だったんですか」
「五十嵐の妄想だ。実験は失敗だったんだ」
「研究室を去ったのはどうしてだったのでしょう」
「失望したから、かな」
「失望?」
「ああ、クローン胚には生殖器の異常が見られた。それを報告したとき、五十嵐が好都合だと喜んだんだ。これならクローン技術を持たないものには養殖できない。マンモス市場を独占できるぞと。——わたしは、そんなもの望んじゃいなかった」
「では、何を望んでいたのでしょう?」
「それは——。今のわたしには、それを語る資格がないね」
「プロジェクトをつぶそうとしたのは、何故だったのですか」
「五十嵐の遺志を継ぐ者がいれば、また不幸な出来事が繰り返される。マンモスは絶滅したまま、復活しない方がいいんだ」
「ずいぶん勝手な言い草だなあ。それで僕たちのチームに潜り込んだんですね」
「ああ」
「炭素14測定装置に細工したのは、さっき尻もちをついてみせたときですか」
「ああ、そうだ。これで分かっただろう。犯人はわたしだよ。警察でもどこへでも突き出すがいいさ」フォーミンは観念した様子を見せる。
「まだです。まだ、どうやってゾウを冷凍マンモスに偽装したのかの謎が解けていません。協力者がいたはずです。そうですよね、ワシリー・フォーミンさん?」
マンモスハンターが顔面を紅潮させる。何事か吐き捨てるように言い、僕を狙って猟銃を構えた。
「やめて。プリクラチー!」リュドミラ・フォーミンが叫び、銃をつかむ。
僕はとっさにディレクターの本田を盾にして隠れる。隙を見てブリュハノフが当て身を食らわせ、銃を奪ってハンターを拘束する。
「もう大丈夫だ」とブリュハノフが言う。本田が僕の腕をふりほどく。
「失礼しました」
「一体どういうことだ」本田が僕に聞く。
「勘が当たったようです。マンモスハンターのワシリーさんは、通訳のリュドミラさんの、配偶者なんですね?」
「えっ」驚く本田。涙を流しうなずくリュドミラ。
「映像を見ると分かると思いますが、我々が『フォーミンさん』と言うたび、マンモスハンターの彼が反応していたんです」
「共犯なのか?」
「ええ。プロジェクトにこの発掘現場を紹介したのも、件の偽装マンモスを発見したのも彼でしたよね。それと、ハンターなら、獲物の肉を保存するために大型の冷凍室を持っていても不思議ではないと思ったんです」
「そうか、それを使って偽装したのか!」
「おそらく、腹に死体をつめ込んだゾウを、リュドミラさんが古生物学の知識でマンモスに似せて加工したあと、ワシリーさんがその冷凍室で冷解凍を繰り返して、強制的にその肉を劣化させたのだと思います。仕上げには熱線装置を使ったのではないでしょうか。ちょうどビーフジャーキーを作るとき、最後にオーブンに入れるような具合で——。違いますか、リュドミラさん」
「! ——合ってる。全部お見通しなんだ。すごいね」
「きっと冷凍室にも痕跡が残っていると思います。あとは警察にお任せしましょう」
「さっき、どうしてサーカスに入ったか、って言ってたね」リュドミラが言う。「よく覚えてないが、ゾウの世話をしているときのわたしは幸せだったよ」
リュドミラの背中を支える、ワシリー・フォーミン。遠く小さく、吹雪にかすみながら、パトカーの甲高いサイレンの音がきこえる。
「浅野くん。すごかったね。ところで我々の特番はどう始末をつければいいのかな」
「えっと。——金田一小五郎の推理ショーってことじゃダメですかね。やっぱり」
「ああ、それで俺はカメラを回してたんだ。なるほどね。って、こんなの放送できるもんか!」僕は丸めた台本で本田に頭を小突かれた。
冷凍マンモス殺人事件 みよしじゅんいち @nosiika
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