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小説「わすれもの」のでき方について

物語をちゃんと書く気で書いた「蝉時雨」に続く2個目の作品。今回もどんな感じで書いたのだったかメモしておきたい。

紹介文のところ、また、物語の末尾に記載があるように、

>この話は、お題を決めて複数人で小説を書く会「小説を書くやつ」で決まった
>テーマに則って書かれたものです。
>第2回のテーマは「以下のあらすじに則る」です。

>「医者である男は、重大な特徴を持つ女子高生に対し研究対象として興味を持ち、
>医者として触れ合う中で彼女の研究を進めていた。女子高生の重大な特徴とは、
>記憶を操る能力であった。男のことを好きになってしまった女子高生は、
>男が自分のことを研究対象としか見ていないことに絶望し、自らの能力を使って、
>その記憶と能力までもを消してしまう。
>研究対象を失った男は、現場を離れさせられ、黴臭い研究室送りになってしまう。(了)」

ということで、このテーマが設定されて1か月ちょいで(がんばって)書いた話である。執筆メモは紙に手書きで、ところどころ捨てながら残ったのが51枚。熱中して、他の趣味が手につかなかった。

このあらすじ、最初に気になったのは「黴臭い研究室送り」が左遷であるということ。よっぽどひどい研究室なんだろうな。どんな風にひどいのかな。というので、悪名高い731部隊について、wikipediaで調べてみたりしていた。うっすら、第一作の「蝉時雨」に続いて今回も、戦争が背景にあるような気がしてきた。

戦争が登場したのは、アゴタ・クリストフの『悪童日記』を読み返したせいもあると思う。直接、具体的に戦争を書かなくても、戦争の書きようはあるかもしれないと思った。いま戦争が起きれば、きっと(戦場以外は)コロナ禍を苛烈にしたような、非日常的な日常が続くのではないかとぼんやり思った。軍医が士官待遇というのは手塚治虫のインタビューで知った。

その次に気になったのは「記憶を操る能力」って何だよ。ということだった。記憶を操る超能力者が出てくる物語はたくさんあるが、この基本設定のところで何か差別化できないかなと考えた。それで結局、記憶をどこか他へ移す能力ということになったのだが、いろいろ考えた挙句、割と普通の設定に落ち着いたような気もする。他の候補としては「予定を忘れさせる能力」というのがあったが、迷惑極まりない。とても医療の役に立ちそうにないのでボツにすることになった(面白いと思った方は使って頂いて結構です)。それから記憶の操作の医療応用ということで、PTSDの治療法について調べてみたりした(当然のように他のメンバーとネタが被ったけれど)。メマンチン投与については、東大のニュースリリースを参考にしてみた。

なんとなく、シーンを考え始める。能力を得たきっかけ。コントロールできずに人を傷つけて葛藤。その都度、新しい登場人物の記憶がなくなる。エピソードは色々と思いつくが、際限なく長くなりそうで、完成しない危険を感じた。テンポも悪かった。

それと同時に、前回苦しんだ固有名詞、登場人物の名前などを考え始めた。今回はどんな括りで行くか。何かの共通項を作りたかった。数字の1~9が名前に入っている。名前に色が入っている。アルファベットがもじってある。いろんな候補を検討する。名前で1週間以上使ってしまった。お分かり頂けたかどうか分からないけれど、結局、月火水木金土日の七文字の組み合わせで、登場人物の名前、地名、全部をカバーすることにしてみた。

それが決まってからも二転三転あって。一時は主人公が桂木(かつらぎ)で、ヒロインが水里(みさと)になるところだった。やばい「葛城ミサト」になってしまうと途中で気が付いて、やめることにしたが、結局「アスカ」になってしまったので、新世紀エヴァンゲリオンのファンだと思われてしまっても仕方がない(ファンです)。使いそこなった漢字「錯」「棚」とかにも未練がある。使えなかったが、じつはホルミウムとかリチウムの漢字も月~日で書けるので、興味のある方は調べてみて欲しい。主人公の名前が「朋晶」になったのは、「蝉時雨」を書いているときに読んでいた辻征夫「ぼくたちの(俎板のような)拳銃」の主人公が「トモアキ」だったからだった。作者以外にはどうでもよいことであろうと思うし「朋晶」の名は残念ながら冒頭以降いちども書かれることがなかったのだが。

さて。固有名詞に月火水木金土日の七文字の組み合わせを使うことにしたせいで、小説の趣向が決まった。この段階で(ほぼ)1週間の出来事にしてしまえ、ということを決めてしまった。とにかく1週間を書く中で物語を終えないといけない。そして、この小説に「火曜日がどっちの火曜日か分からない」という、大きめの仕掛けを仕込むことにした。そして、最後に冒頭シーンの謎が解けるような、円環構造を入れようと思った。

医者の一週間のスケジュールについて調べて、ざっくりと各曜日の舞台を設定。あまり詳細は決めずに書き始めた。結果的に1日はみ出てしまったけど、まあまあ、うまく書ききれたのではないかと思う。各章を書いた順番は、水、木、日、金、火、月、水、土、月、土みたいな感じで、書けそうな、書きやすそうなところから書いていった。各曜日、だいたい二場面くらいあると思うが、これの一覧表が執筆中にいちばん役に立った。

登場人物について。

桂木朋晶。あのあらすじだとヒロインの内面を書くのは大変そうだなと思って、医者の方を主人公にした。理想に忠実で組織の指示を踏み越えるようなキャラにしたかった。が、書いてみると、意外と嘘も方便な狸キャラになってしまった。

森埜明日果。基本タメ口で話すことにした。泥棒の娘で、かつ超能力を使えるが、じつは一番キャラが薄い。

桂木水月。桂木の妻。植物が好きということを決めた。これは作者が最近シクラメンの苗を育てているので、植物関係でいろいろ蘊蓄を語れるのではないかと思ったから。結局当初考えていた蘊蓄はひとつも語られなかったが、行きがかり上、虫こぶが物語に入り込むことになった。ちなみにイスノキが実家の庭にあって、ひょんの実の笛を子供時代に吹いていたというのは、作者の実体験である。植物あそびについての本を一冊買い、虫こぶについての本を二冊買って、面白かったので、虫こぶについての語りを延々書いてしまったが、この時点で、記憶とどう結びつけるかということはまったく考えていなかった。

桂木錬。ゴリラが大好き。モデルは息子。

森埜圭。当初はただ病室に見舞いに来ただけの役割のない人だったが、終盤大活躍をしてくれた。父親が泥棒で「危ない目に遭いながら育ててくれた」と森埜明日果が言うのは、えんどコイチのマンガ『死神くん』の「日本一の家族」が下敷きになっている。アウトローな人がいてくれて本当によかった。

林。最初はいい感じの奴だったのに、どんどん残念な感じになって行った。申し訳ない。

火焚。口紅が赤いことだけ決めていた。他の設定は後付け。火焚さんが咳き込んでいるのは、作者の近所からときどき咳き込む音が聞こえてくることが反映されている。

東。東(あくま)のささやきという駄洒落によって名付けられた。とりあえず不気味。この人の行動原理は、組織に忠実ということではなくて、私利私欲に支配されている。桂木の対極に置きたかった。何か都合の悪いことがあると人のせいにするはずだ(そんなシーン書かれていないけど)。

埋木。当初の計画では、最後の方で、病院の開かずの間から埋木の呻き声が聞こえるという落ちになる予定であり、その駄洒落によって名付けられた。悪役らしい悪役。

椙杜。当初は彼が悪役になる予定であったが、埋木の登場により、影が薄くなった。

書き方について。なんとなくの枠組みしか決めずに書き始めるのが向いていることが分かってきた。あまりにも何も決めないと「いい天気ですね」「そうですね」みたいな無内容な会話ばかりになってしまうので、その都度、そのシーンで解決すべき課題を設定するのが大事みたいだ。

書いていないシーンが減ってくるにつれ、未解決のことがこんなに沢山あるが大丈夫か。このストーリー、ちゃんと着地できるのかと、不安になっていたが、案外どうにかなるものだと思った。が、この書き方だと連載は無理な気がする。書き下ろすしかない。

明日果が研究所に連れてこられたきっかけや東がどんな風に明日果を脅していたのか、構想はあったが書ききれなくて少し心残りがある。

それと緩急は作れたと思うが、会話が多く、戯曲崩れみたいな小説になってしまった。もっと景色や、事物の描写を磨いて行きたいと思った。あとは書いていてとても面白かったのだけれど、毎月この調子では身が持たないので、次回はもう少しラクに書きたいなと思っているところ。

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