テロリズムレター

あばら🦴

テロリズムレター

 思春期真っ盛りの男子高校生、村田むらた明彦あきひこは決心した。ずっと好きだった一年上の西原にしはら希子きこ先輩に告白する!

 悩んだ末に導き出したシンプルな文言を記した便箋を、市販されている横長の茶色い洋封筒に入れてラブレターの完成だ。

 村田は朝イチでラブレターを先輩に渡して放課後に校舎裏に来てくれと頼むイメージを頭に浮かべる。もし来なかったらフラれたということ、その覚悟を決めながら封筒を手に持って満員電車に乗り込んだ。


 村田の乗り込んだ満員電車にはテロリストが乗り込んでいた。村田と同じ洋封筒を手に持っているが、中身は総理官邸に送り付ける脅迫状が入っている。

「おい、お前どこにいるんだよ」

 テロリストは通常通りの声量で電話に話す。周りのごった返す乗客は鬱陶しそうに一瞥するがわざわざ注意するものはいない。

「先頭車両? ちっ、しょうがねえな。今行くから待ってろ」

 テロリストは人混みを若干無理やりかき分けて先頭車両に向かっていった。人の迷惑など考えずに素早く進んでいく。


 それでも順調に行けるほど少ない人数ではなかった。テロリストはとある男子高校生とぶつかってしまう。

「いてっ!」

 村田が横からの衝撃に声を上げる。そしてよろけるがつり革に捕まっていたので倒れることは無かった。その際ラブレターをうっかり手放してしまった。

 その時テロリストもぶつかった勢いのままうっかり封筒を手放した。二つの同じメーカーの同じ種類の封筒は横並びに床にパサリと落ちる。

「おい! 気を付けろ!」

 テロリストは理不尽なことを言いながら慌てて片方の封筒を拾って去っていった。村田は不快感と戸惑いを覚えるが、気にしないようにして残った方の封筒を拾った。


 早めに高校に到着した村田は三年生の下駄箱近くで西原先輩を待っていて、そしてしばらくするとその姿が見えた。いざとなった時が来たために村田が緊張して固まっていると、村田に気付いた西原が気さくに声をかけた。

「おはよう! あ、どうしたの? 村田くん」

「あ、あの……」

 勇気を出して村田は西原に近付いた。そして封筒を差し出す。

「ん? なにこれ……?」

「西原先輩、放課後に校舎裏に来てください!」

「えぇっ?」と西原が戸惑っているうちに村田は恥ずかしさのあまり逃げ出してしまった。


 西原は自分の教室の自分の席に座るとその封筒の中身を見てみた。折りたたまれて入っていた便箋を取り出して開いてみると、新聞の一文字づつの切り抜きを複数貼って文を作っている、いわゆる脅迫状なのが分かった。


『総理へ

 我々の要望に応えてくれぬなら

 国民の命が危険に晒されるのだと

 理解して欲しい

 爆発物は既に用意してある』


 西原は慌てながらもゆっくりと便箋を封筒にしまった。

 あまりにも手が凝っている便箋だったし、村田はそもそもイタズラなんてする人物ではなかったし、それに封筒を渡した時の村田からは真剣さ以外のものを感じなかった。

 すると後ろから友達の女子が話しかける。

「あれ? もしかしてラブレター?」

「そんなんじゃないよ」

 緊張した面持ちの西原に友達は思わず萎縮してしまった。



 放課後、西原は封筒を手に持って校舎裏に向かった。そこには既に村田がいる。先輩に気づいた村田は一瞬喜ぶが、断る旨を伝えに来たのかもしれないと思い直した。

「せ、先輩。来てくれたんですね」

「うん。それで……」西原が手に持った封筒を見せつけるように前に出した。「これ、どういうこと? なんの冗談なのかな?」

「先輩! 僕と付き合ってください!」

 村田が意を決して言い切り、先輩に対して頭を深く下げた。

(テロに加担しろって事ぉっ!?)


「無理無理無理無理! 絶対に無理! なんてこと考えるのっ!?」

「……えぇっ!? だ、ダメですか……?」と頭を上げて悲しそうに言う村田。

「ダメに決まってるじゃん! 村田と付き合ったって知れたら私の親が悲しむよっ!」

「どんな評価されてるんですか僕!」

「私は断るよ! それにもし本気なら学校の先生にも言っておくから! ほんと、犯罪だからねっ!」

「そ、そこまで言わないでくださいよ……」


 今にも泣いてしまいそうな村田はなんとか涙を堪えて言った。

「すっ……すみませんでした」

「分かればよろしい。もう二度と変なこと考えないで。イタズラにしても悪趣味だよ?」

「はい……。今にも僕の悲しい気持ちが爆発しそうです……」

(ば、爆発っ!?!?)

 村田は踵を返して立ち去ろうとするが西原が止めた。


「ちょっと待ったぁ〜〜〜っ!」

「は、はい?」と村田が大声に戸惑いつつ先輩を見る。

「考え直してよ!」

「何がですかっ!?」

 村田は訳もわからず固まると西原が言った。

「諦めてよ!」

「諦めてるじゃないですか!」

「そういうことじゃなくて……! な、何か辛いことがあったの? 話なら聞くからさ、だから諦めてよ!」

「どの口が言ってるんですか! せ、先輩なんかおかしいですよ……?」


 シラフに言い切る村田を見て、このままじゃ埒が明かないと西原は別の事を聞いた。

「それでなんで私なわけ? 付き合うならもっと他の人でもいいじゃん?」

「そ、それは……」と顔が赤くなり目を逸らす村田。「だって先輩頼り甲斐があるし……」

「待って待って! 頼り甲斐とか冗談じゃないよ!」

「そんなこと無いですって。先輩ならどんな事も任せられる安心感があるっていうか……」

「やめてよ! やだよ? 頼り甲斐があって色々任された女子高生ってニュースに取り上げられるのは」

「あの、失礼ですけどそこまででは無いですよ?」


 ふう、とため息をついて西原は慎重に村田に聞いた。

「いつからなの? こんなこと考えるようになったのは」

「いつから……ですか? 難しいですけど……毎日姿を見ているうちに、だんだんそういう気持ちになったんです」

(総理のこと?)と考える西原。

「……よく分かんないなぁ。どう思うかは自由だけどさ、武力行使は良くないよ」

「やってないじゃないですか! 手は出しませんよ!」

「まあは出さないみたいだけど……爆発物は出すわけじゃん?」

「もっと出せませんよ! なんで手が出ないのに爆発物は出るって思ったんですか!? 持ってませんからそもそも!」


 それを聞いて西原は目を丸くして聞いた。

「えっ? いや、この手紙に爆発物用意したって書いてあるでしょ?」

「はい……? 先輩一体どうしたんですか?」と言いながら村田が西原の持つ封筒を取って中を開く。「ほら……あれっ?」

 村田は自分が入れた覚えのない便箋を発見したのだった。



 その頃、総理官邸にて。

「総理。例のテロリスト集団からの手紙です」

 総理の側近が緊迫した顔で封筒を総理に手渡した。

「そうか……。あいつら、一体何を考えているんだか……」

 総理は慎重に封筒を開けて中の折りたたまれた便箋を取り出して開いた。直筆で書かれたことに驚きながら文章を読んだ。


『ずっと好きでした

 僕と付き合ってください』


「……えっ?」



 完

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