第3話 再会と決意
――俺は。死んだのか……そうだ。俺は死んだのだ。
暗闇の中、遠のく意識に何も聞こえなくなる。そう思っていたのはつかの間。誰かの話し声、動物の鳴き声、足音、様々な音が聞こえてくる。
視界が黒から簿やけた白へ、僅かに開けた隙間からオレンジ色があらゆる影を作り出す世界がそこにはあった。地面に映る影は動きを止めず行き来する。
「…………? 俺はー…いったい、死んだはずでは……」
手の感触が違和感を訴える。ザラリとして少しちくりとするものを掴むと、ダンは藁の山にもたれ掛かるように倒れていた事に気付く。
(…………待て、アリラはどうした? ……それに、ここは一体……)
最後の瞬間まで消して離れまいと抱きかかえていたはずのアリラが居ない。加えて、乾き切れていない血痕はさされたことを証明している事に対し、串刺にしてえぐられた心臓は今もなお動作していて、傷口は見当たらない。
前を通り過ぎようとした少年が立ち止まり、指を咥えながらダンを不思議そうに眺め首を傾げる。少年の身なりは服とは言い難いほど貧しい物を着ていた。
ダンが少しでも情報を集めようと口を開こうとしたとき、街の正門の方からラッパの音が聞こえてきた。行き交う人が立ち止まり通りを中心に道を開け続々と集まる。先程の少年も、物を手に販売してた商人も、それを買う客も。ダンには覚えがあった。
(あの独特のラッパの音ー…戦場から騎士らが帰還したと知らせるものだ。つまりここはー…ランス王国なのか)
蹄の音と金属の擦れる音。歓声に挟まれながら前を通りかかる騎士達。
少年も、商人達も、何が凄く瞳を輝かせ見ているのか。
――あの兜を被っていた時は気付かなかったがそんなに良いものではなかったはずだ。……人殺しが……英雄……。俺自身が言えたことでは無いがー…。
今だ呆然とする頭に体を動かそうとは思えず、兜が王城に流れて行く中、ふと先頭の兜を眺めていると目線が合った。後ろの兵に向かって小言で何かを伝えると体を方向転換した。
「―…すまない。そこの少年、道を開けてくれるか?」
どこか芽のようで冷たく荒々しい声。涼しげで花のようにも聞こえ、目の端の筋肉が反応する。
(……人違いが嬉しいが、タイミング的に違うだろう……。接近する理由……情報が足りない。鉢合わせは不味いか……)
考えてはいるものの、気怠さは消えずに目線は地面に落とした。前より遥かに痩せた足が映るだけで、アリラが居ないという事実がまた原動力を無力化にする。
深く息を吸い込み吐き出しながら瞳を深く閉じた。夕日に焼かれ瞼が熱いのに対し、目尻はそこまで熱くなかった。
――ふっ。あのまま死ねたら……など、考えても無駄か。
「ー…おい。こんな所で何をしている?」
冷たい瞼を開けると目の前に足と剣の先が反射して、銀やオレンジやら無数の結晶のように眩しくて瞳を細めた。
「いつ見てもボロボロだな。それにー…」
ダンは視線を徐々に上げていく。
兜に手をかけ、隠れていた素顔が見えた。狭い中に押し込まれていた髪が一気に開放され風になびく。
ドクン
――気付かなかった。
「また、泣いてるー…まったくダンは」
薄い唇が呆れたように動き、しゃがむ事によって急接近。
――気付かなかった。
麦畑が似合う笑顔が咲き、細く白い指先が優しく触れる。
――気付かなかった。
「泣き虫さんだなぁ」
そう、俺の頬に止めどなく流れる涙を拭った。
懐かしい、陽だまりの様な匂いがした。
――気付かなかった。
――短かった。過ごした時間に比べれば短かった筈なのに、それなのに。どんな声をしていたかー…覚えていた筈なのに、文字にした特徴しか、いつからか…………。なぜ……。愛していた。愛していたはずの笑顔。間違えなく愛していたはずなのに。なのに、なぜ……。いつからか……肌見放さず亡骸の顔を見続けていたのにそれなのに、瞳を閉じれば……どんな声で、どんな顔か……………………忘れていた。仕草すら、忘れかけて、愛していたのに。忘れてはいけなかったのにー………。
――気付けなかった。
――アリラー………。
アリラだ。喋りかたが少し違ったとしても、間違えなく。目の前に居るのは、最愛の俺が殺してしまったアリラだ。
流し続ける涙とは余所に疑問が浮かんできた。確かに目の前に居るのはアリラだ。だが。
「ー…本当に……アリラなの……か?」
アリラが可笑しそうに声を上げた。
「本当にどうしたんだ? 頭でも打ったのか?」
「見えてー…嫌、何でもない。頭を少し打ったのかもしれない」
同一人物ではあるのだろうが、どうやら少し違う所がある事から、ダンは思い留まることにした。
「そうか。私はもう行かなきゃいけない。報告と準備があるんだー…後で、手当してやるから、私の
最後の方は照れたのか、口に手を添えながら小声で話した。
そして、馬の手綱を引いて王城へと去っていった。
(………………)
アリラは。
(………………目が見えなかった)
だが、何故か先のアリラは目が見えていた。
(………………)
アリラは。
(………………本当にアリラなのだろうか?)
ダンが疑うのも無理はない。
(………………)
アリラは。
(………………冷たくて、だが一瞬見せる甘い……そんな言葉を言えた……んだな)
アリラは、いつも凄くストレートに伝えて来た。
ダンはそこで思考停止させた。一瞬にして天地逆さまになるほど一大事情報が多すぎて、流石のダンも整理整頓まで時間がかかったのだった。
月が出始めた頃、アリラの事について一言思い浮かんだことがある。
(……性格が、真逆……)
再会と決意 続
俺vs俺の(元)嫁争奪戦 @Yoakira
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