第133話
ケルヴィンのアシュレイ殺害未遂は荒れに荒れた。
西部の大貴族であるローエンガルド家にペンローズ家に泥を塗る所業だったので、両家は王家を書状によって糾弾した。
テオドールの読みどおり、王家は病床の現王の名を使い、フロンティヌス家に泣きついた。フロンティヌス家ものらりくらりと「そう簡単な話ではない」とかわしつつ、公爵家の存在感を強める。その間、ローエンガルド家とペンローズ家は二家だけで、中央との領境にまで兵を進めていた。
脅すにしたってやり過ぎだと中央貴族は戦々恐々としているそうだ。
無理も無い。
普通、この手の脅しは書状でゴチャゴチャ言っても、実力行使に出ることは稀である。基本、喧嘩をする前から落とし所は考えているし、ゴネている側とて、穏便に成果をあげたいと考えるのが普通だ。
だから、中央的な思考なら、挙兵まではしない。
だが、西部は挙兵する。
そして、場合によっては王都に攻め入る。おそらく本気で。
となると、レイチェルとリーズレットは人質や使者として使えるのだが、王家からの頼みも全て二つ返事で蹴っ飛ばし、別邸で完全武装状態だった。中央騎士が一歩でも邸宅内に入れば、詰めている従者全てが最後の一人になるまで戦う所存の構えである。
中央貴族の使者は半泣きだった。
それはそうだろう。
下手したら、西部の蛮族が中央に攻めてくるのだ。誰が見たって最終的に中央が勝つだろう。兵力差は一対十くらいある。西部は単純な算数もできないのか? と中央貴族たちは騒いでいるらしい。
西部騎士は損得勘定では動かない。名誉のためなら平気で死ぬ。現世利益よりも後世に名を遺すことこそ誉とする。
頭がおかしいとテオドールも思う。
(さて、そろそろ助け船を出してやるか……)
などとアシュレイの家で考えていた。
ここ最近、ずっとアシュレイの家に詰めていた。というのも、このドサクサに紛れてアシュレイが暗殺される可能性があったからだ。
実際、何度か襲撃されたので、ボコボコにしてリュカに放り投げておいた。
どうやら東部も動いているらしい。
おそらくアシュレイを殺すことで、今回のゴタゴタの中心人物を消すことで、中央に恩でも売るつもりだったのだろう。
「本当にテオの読みどおりに推移してるね……」
アシュレイが作った夕食を一緒に食べながら、テオドールは「ま、大筋はわかるもんだよ」と答えた。
「いい加減、暗殺案も失敗すると理解した頃だろ? そろそろ、王家からの使者が来る」
「殺そうとした相手に助けを乞うとか、プライドとか無いのかよ……」
「プライドがあるから、ここまで頭を下げるのに時間がかかってるんだよ」
そんな話をしていたら、扉がノックされた。暗殺者ではないが、念のため、アシュレイは神剣を手にし、テオドールが「どちら様ですか?」と扉越しに尋ねつつ、仮面をかぶった。
「王家からの使者である」
テオドールはアシュレイのほうに振り返り「ほらな」と言いたげに微笑みかけた。そのまま扉を開けば、王家の使者が「王命である」と大上段から言ってくる。
使者が言うには「第二王子ケルヴィンのやったことは謝罪するし、非は認める。代わりに東部にアシュレイのために所領を用意する準備がある。それを受け入れるなら、王家に仕える騎士として、ペンローズ家、ローエンガルド家と王家の諍いを取りなせ」ということらしい。
「少し考えさせてください。受けるにせよ、断るにせよ、時間が必要です」
とアシュレイは答えた。断るという選択肢があることに使者は驚いていた。
「お、王命を断るのか?」
「自分を殺そうとした人たちの命令をすぐに聞くとでも思っているなら、さすがに舐めすぎですよ。それに、拝領いただける土地ですが、どこも痩せ地で国境だ。家臣団を作る支度金すら無いじゃないですか」
言いながらアシュレイが使者の持ってきた書状をビリビリに破いた。
「無礼な!」
「無礼なのはそっちでしょう? 謁見の後も二回ほど暗殺されかかってるんですよ。こっちは」
微笑んでいるが、威圧感のある声音だった。
ダンジョン攻略などを経験し、アシュレイにも胆力が備わってきているようだ。ついでに神剣を持っているという安心感もあるのだろう。
「あまり僕を舐めないほうがいい。これでも転生者相手に戦ったんですよ?」
ニコリと微笑みかける。
「それとも、あなたも一度くらい背後から斬りかかられてみますか?」
使者の貴族は目を見開きながら唾をごくりと飲み込む。ついてきた騎士も緊張の面持ちで柄に手をかけようとした。
「……抜けば、終わるぞ」
ポツリとテオドールが言う。
「我が主は話し合いには乗っている。それをよく考えて、御再考されたほうがよろしいでしょう」
ちなみにレイチェルとリーズレットたちは話し合いの場にさえつかない。邸宅に立てこもっており、使者が来ても弓矢や魔術で追い払う。そんな二人の邸宅に自由に出入りできるのがアシュレイと、その従者であるテオドールだと見せつけてきた。
「わかった。此度の件は持ち帰ろう」
そう言って、使者は帰っていった。
数日後、拝領地が増えたが、もう一度蹴飛ばした。その後、支度金やら何やらたかられるだけたかってから拝命することになった。
そして、アシュレイが仲裁に入ったことで、リーズレットとレイチェルは領境にいる父親たちをなだめたことで、とりあえず両家は兵を退いた。
退いたはいいものの、それで解決したわけではなく、その後はフロンティヌス公爵家が収めるという形で、王家から戦費を分捕ることに成功。
こうして、アシュレイは領地を手に入れ、フロンティヌス公爵家は王家に恩を売って金を引き出すことに成功したのだった。
全てが成功した時、テオドールは思った。
(第一王子ざまぁねーな! なんかいろいろ暗躍してたみたいだけど、お前が一番損してるよね? 今どんな気持ちなのか、めっちゃ聞きたーい!)
小躍りしたい気持ちだったが、表には出さず、今後のことを考えるテオドールだった。
ブラック主君から領地没収爵位剥奪されたので、全て捨てて気ままな平民になります。~元貴族の最強冒険譚~ TANI @aiueo1031
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