第132話

 ビャクレンことフィリップは執務室の椅子に座っていた。

 第二王子が錯乱したため、王の言葉により、現在、蟄居という名目で軟禁状態にある。更に父王は病床に伏している。そのため、執務の全てがフィリップの元に集まってきていた。


 忙しい。激務である。

 だが、決定権とは権力を意味する。フィリップの裁可が無ければ、あらゆる政が滞るのだから、誰もがフィリップに頭があがらない状態だった。


 不意に気配を感じ、魔力感知サーチの術式を構築。


「まさか、俺の寝首を掻くつもりじゃあるまいな?」


 書類に判を押しながら殺気と声を投げた。誰もいない虚空から「まさか」と軽剽な声が返ってきた。空間から溶け出すように一人の男が姿を現す。

 癖のある黒髪に赤い瞳。整った顔立ちだが、常に相手を小ばかにしているような笑みを浮かべている。喪服のような黒いスーツ姿。いわゆる執事などの従者が着るような服装だった。

 陰に徹するという意味を込めているのだと自分で言っていた。


「我が主様、ご機嫌いかがですか?」

「貴様の顔を見て、悪くなったよ、ケイオス」


 ケイオス・リーバルデ。

 アウレリア法王国出身の勇者である。


「これはなかなか連れないお言葉ですね。悲しいなぁ」

「堂々と姿を現しながら入ってきてもいいだろう? 俺を試すようなことをするな」

「別に試してなんていませんよ。これくらい、あなた様ならすぐに気づくと思いましたので」


 語尾があがる喋り方は癖なのだろう。いちいち癇に障るが、だからといって冷遇するわけにもいかない。

 敵国の者であり、個人としての戦闘力も常軌を逸しているため油断ならないが、それでも今は手駒なのだ。使い切らなければならなかった。


「ケルヴィンの様子はどうだ?」

「わめいてますよ。自分は悪くないと」

「まさか、本当にアシュレイに斬りかかるとはな……」

「それが私の特殊天慶ユニークスキルですから」


 ケイオスの持つ特殊天慶ユニークスキルは、精神系の魔術である。精神系の魔術は普通、対象ごとによって術式が変わってくるため、かなり使い勝手が悪い魔術だ。

 だが、ケイオスの魔術は、術式ではなく、とある約束事をクリアーしてしまえば、確実に相手を洗脳できるという能力だった。

 その約束事がいろいろと面倒らしいが、ケルヴィンに対してはうまくハマってくれたらしい。


 フィリップことビャクレンもかつての仲間が使っていた精神系の特殊天慶ユニークスキルを使うことができるが、汎用性が高い反面、単純な命令しかできない。半面、条件さえクリアーしてしまえば、多人数を一度に動かすことができた。

 ケイオスのスキルはその逆である。


 個人を深く細かく制御下に置き、それこそ自由意志のもと動いているように錯覚さえさせるのだ。半面、一度に洗脳できるのは一人だけらしい。


 そんな特殊天慶ユニークスキルを持っているから、フィリップもケイオスを信用していないのだ。下手な会話さえしたくないし、自分が信頼できる部下たちでさえ、ケイオスに近づかせたくはない。


 もっと言えば、今すぐ殺したい程度に脅威に感じてはいる。

 このケイオスへの殺意を失った瞬間から、洗脳状態にあると判断せざるを得ない。


「ケルヴィンはお前の言葉を信じて、アシュレイを殺害しようとしたというわけか」

「はい。ですが、テオドール・アルベインに邪魔されました。命までは取れませんでしたね」

「結果、いろいろ面倒なことにはなっているがな……お前の力で西部のじゃじゃ馬女どもをどうにかできないのか?」

「私の特殊天慶ユニークスキルも万能ではないんですよ。それに、単純な戦闘力ですと、私は西部の従者たちにすら勝てないでしょう」

「勇者なのにか?」

「その勇者レベルの者を有する法王国と何十年も殺し合いをしている蛮族ですよ? メイドの姿をした連続殺人鬼くらいに思っているのがちょうどいい」

「まったく面倒な話だ」

「ですが、これであなた様に権力が集中することになりました。私もテオドール・アルベインを殺す機会をいただきたいですね」

「奴は東部に飛ばす」


 ケイオスが「ほう」と目を見開いた。


「東部でイザコザが起きていてな。その面倒事にアシュレイとテオドールを巻き込むことにした」

「その程度で死にますか? 西部で我が法王国とモルガリンテの獣ども相手に暴れ回った魔王候補ですよ?」


「マグダラス商会という名の西部の蟲どもが、テオドールの駒だ。東部の端に行けば、その影響力も弱まるだろうな。東部には東部の蟲がいるからな。少しは力を殺げるだろう。あいつらを東部の端に追いやっている間に、こちらは力をつける」


 今の中央は諜報機関が壊滅状態だ。武力にしても、数はいるが、質が悪い。

 それでもやってこれたのは、西部の蛮族が中央には目を向けず、二国と争い続けていたためだ。そして、東部も商業で中央と互いに利益を得てきたことが大きい。


 経済的、政治的な意味で王として君臨してこれたのだ。

 これからは、それに加えて武力を高めていく必要があった。


(西部の戦線はいずれ崩れる……)


 崩壊手前と言っていい。そんな状況でも関係なく中央と諍いを起こそうとする西部貴族の思考回路は理解しがたかった。


 ともあれ、これ以上、中央で好き勝手やられても困るのだ。

 テオドール・アルベインは難敵だ。今のフィリップでは、手に余る。勝つための準備は入念に進めていくしかない。


「約束どおり、テオドールの周りの力を殺いでやったぞ。あとは、好きに殺せ」

「もう少し、お膳立てはできませんかね?」

「褒美はくれてやる。人が必要だと言うなら用意もしてやろう。お前のおかげで、ケルヴィンは失脚し、アシュレイを中央から追い出せる。まあ、西部とのイザコザは面倒なままだがな」

「連れないお言葉……」

「あいにくお前と距離を詰める気は無いんだよ」

「さっさと暗殺しちゃえばいいじゃないですか? 私、手伝いますよ?」

「……それで勝てると本当に思っているのか? アレはその気になれば、一人で王都を破壊できるバケモノだぞ? それをしないのは、まだ精神が人間だからだ。こちらが一線を越えれば、あちらも一線を越える。殺すなら確実に追い込んで殺すしかない」

「でも、第二王子派閥の連中、動いてますよ?」

「……連中が用意する討ち手なら鎧袖一触だろう。お前も、中央では奴に直接手を出すなよ」

「わかってますよ。アレの怖さは、あなた様以上に存じ上げてますからね」

「話は以上だ」


 去れと言う代わりに書類に目を落とした。


「せっかく勝利を祝うお酒、持ってきたんですけどね」

「貴様と酒を酌み交わす? ありえんな」


 それでも勝利した、という気持ちは少なからずある。


(じょじょに追い詰めていってやるぞ、テオドール。最後に勝つのは俺だ)


 薄ら笑みを浮かべながらフィリップことビャクレンは雑務処理を続けるのだった。

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