第131話
第二王子ケルヴィンの暴走によって、中央と西部の二大貴族家は一触即発の状況になってしまった。
と、対外的にはなっている。ケルヴィンがアシュレイに斬りかかった件は、平民の間にも噂として流布してしまい、ただでさえ人気の無いケルヴィンの評判はダダ下がりだった。
ペンローズ家、ローエンガルド家の邸宅に中央貴族が足しげく通い、今回の騒ぎの鎮火をもくろんでいるが、二人の令嬢は首を縦には振らなかった。
当然である。
褒めてやるから来いと言われて行ったら、いきなりぶった斬られたのだ。
こんな騙し討ちのような公開処刑は、絶対にありえない。
テオドールはリュカとの寝室にあるテーブルの上に関係図を書いた紙を置き、そこにチェスの駒を並べていた。駒にはそれぞれ今回の関係者の名前が書かれている。
(さて、どう収めるのが一番得か……)
とはいえ、欲をかきすぎて恨まれてしまったら、後が面倒だ。
むしろ、感謝される塩梅で、この件を収束させる必要があった。
頭の中でいろいろ考えていたら、リュカが部屋に入ってきた。薄手のネグリジェは、下着や裸体がほぼ見えている。目のやり場に困るので、再びテーブルの上に視線を下ろした。
当然のようにリュカがテオドールの隣に座り、身を寄せてくる。
「なにをお考えですか?」
「まあ、今後のことだな。今回の件で、思わぬ形でイニシアチブを取れた。これを丸く収めるだけで、更なる手札が手に入る。それを誰のカードにするかだ」
「アシュレイに収めさせればいいのでは?」
「うん。それが一番手っ取り早い。が、おそらく、敵もそう読んでいる」
「敵?」
「第一王子派閥だ。ケルヴィン王子の暴走も、たぶん関与している」
「根拠は?」
「勘」
としか言いようがないが、まったく根拠が無いわけではない。
「明らかな作為を感じる。今回の件で一番得をするのは、第一王子だしな。あのままアシュレイがぶった斬られていたら、アシュレイは消えて、第二王子は失脚。第一王子が次期王になるのは確定だ」
第一王子ことフィリップの名前が書かれた駒をつまみ、ケルヴィン第二王子の駒に近づけた。
「ここはこのまま争っていただきたい。現状、アシュレイに力らしい力は無いからな……だから、ケルヴィンから力を奪うのは無しにしたい」
テオドールアシュレイの駒をつかみ自分の顔の前に持ってきた。
「やはり、このままだと同じようなことが起きる。これで暗殺未遂は二度目だ」
「ただの平民ですからね」
「そう、ただの平民なんだ。だから、アシュレイは爵位をもらうべきだ」
「それは王家の臣下になるということですか?」
言い換えれば、王位継承争いから抜けるということだ。
「王位を禅譲するというなら、アシュレイは脱落だ。禅譲ならな」
平時での真っ当な王位継承なら、ここでアシュレイは負ける。
「それが、たぶん落としどころだと第一王子は思っているはずだ。ついでに、どこか国境堺の場所に飛ばしてしまえば、いずれ死んでくれる、と考えるはずだ」
「生き残れば、また違う目があると?」
「大いにある。西部の戦費の問題で、民の税は重くなる一方だ。そして、今回の件で中央は西部に更なる借りを作ってしまったしな。民の不満が溜まった時、人々はわかりやすい英雄を求めるものだよ」
「ですが、仮にアシュレイが領地をもらったとしても、死んでもらうためには西部が選ばれるのでは?」
「おそらくな……」
「帰りますか?」
「う~む……それは、あまりいい手じゃない。中央の領地をもらうのが一番だが、いろいろ恨みを買う。それなら……」
東部と書かれた部分にアシュレイを置いた。
「西部より東部だ」
「東部貴族の怒りを買うのでは?」
「それは、ある。が……東部は西部と違って一枚岩じゃない。土着の地主たちの連合だ。損得勘定で靡きやすいんだよ。それに東部の国境線もゴチャゴチャしてるだろ?」
「西部ほどではありませんが、膠着状態ではありますね」
損得勘定によって戦をするしないが変わってくる。
「……リュカ、東部で戦を起こせるか?」
「国境争いということですか? 可能だとは思いますが、少々、お時間をいただくことになるかと」
「やってくれ。現状の西部の有力貴族との諍いで西部の領地をアシュレイにやるって流れは角が立つ。それなら、東部だ。しかも、政情不安となれば、東部への理由も立つ。更に暗殺をするタイミングも作り出せる、と考えるはずだ。戦の匂いがしたら、これ幸いとばかりに乗っかるだろう」
「ですが、その場合、それはそれで大変なのでは?」
「戦は得意だ。商協自由連邦からも、東部の連中からも領地を切り取ってしまえばいい。三年から五年だな。三年あれば、そこそこやれると思う」
「では、アシュレイを主とし、テオ様は騎士として貴族に返り咲くということですか?」
「まあ、そうなるなぁ……」
そうなってほしくはないが。
「よし、レイチェルとリーズレットにはもうしばらくねばらせよう。東部での暗躍が始まったところで、アシュレイに二人を説得させると恩を売るんだ」
「その前に王家がフロンティヌス家に仲裁の介入を進めませんでしょうか?」
「介入はしてくるだろうが、西部も西部ですぐには動かんだろうさ。今回の件を利用して、中央から戦費を引っ張るだろう。フレドリク様ならそうするし、スヴェラート様はバカだが、金に汚い。その案に乗っかるはずだ」
半年くらいは引っ張るだろう。
「そのうえで説得が来た時、リーズレットとレイチェルには断らせる。中央的にも万策尽きたと思わせたところで、アシュレイを投入。二人を説得。みんなハッピー。英雄誕生」
「その流れで叙勲し、東部の戦線にアシュレイは送り込まれるというわけですか……」
「そう。相手がやりたくなる嫌がらせを誘導してやるんだよ。あとは、どうケルヴィン第二王子を失脚させないかだな……東部にいる間、兄弟喧嘩を続けてほしい」
「これは噂話程度なのですが……」
と、リュカが耳打ちしてくる。
「フィリップ様とアンジェリカ様の婚姻が進んでいるそうです」
「なんですと!?」
思わず叫んでしまった。同時に手が震えはじめる。その手をリュカがギュッと握ってくれた。
「す、すまない。いや、なんだ、まだ、トラウマなんだなぁって……」
アンジェリカのことを考えただけでも、悪寒が奔り、気分が悪くなってくる。少しでも気を抜けば、ゲロを吐いてしまうかもしれない。
「アンジェリカ様を利用されてはどうでしょうか? それができれば、テオ様の問題も解決する気がします」
「あ、あの方を利用などと……畏れ多い……ふぇえ……無理だよぅ……」
恐怖のあまり、幼児退行してしまった。
「テオ様! アンジェリカ様とて、ただの人です」
「で、でも、怖いし……」
不意にギュッと胸元に顔をひっぱられた。そのまま抱きしめられる。
「テオ様、私……いえ、ママがいるではありませんか。それに、レイ様もリーズ様も……」
「う、うん……そうだね……」
「西部と王家が結ぶのを東部は面白く思うはずがありません」
「……ケルヴィンと東部を結びつけるのか?」
「はい。それで拮抗するかと」
テオドールはリュカの胸にうずまりながら考える。
「リュカママ……」
「なんでしょうか?」
「本当にアンジェリカ様を駒にしてもいいのかな? お、怒られないかな……?」
「大丈夫ですよ、テオ様。テオ様にとって私も含めて、みんな駒でいいのです。それだけの才がテオ様にはあられます」
「リュカは駒じゃないよ……レイもリーズも……」
「ですが、私の名前を書かれた駒も置かれてるではありませんか?」
「こ、これは思考の整理のためだよ! 駒として使うなら、こんなの見せるわけないだろ!」
「別に怒ってはいません。テオ様は、それでいいのです」
ぽんぽんと背中を優しくたたかれた。
「皆で乗り越えましょう。テオ様もアンジェリカ様のトラウマを克服すべき時なのかもしれません。私も全身全霊でもってお手伝いします」
「わ、わかったよ」
だが、怖い。怖いものは怖い。怖いったら怖いのだ。
たしかに、様々なトラウマをアンジェリカに植え付けられたし、類まれなる悪女であることは否定できない。しかし、アレはアレで才女なのだ。悪女で才能があるというタチの悪いパターンの人物であり、人の心が無い。
才のあるテオドールだからこそ、どうにか骨の髄まで利用されずに済んだ。いや、むしろ、利用しきれないとアンジェリカが悟ったからこそ、攻撃されてしまったのだろう。
(とはいえ、フィリップ王子にあの方を飼いならせるか? 無理じゃねぇかなぁ……だって、あの方、本当に人の心を持ってないからなぁ……フィリップ王子も不能にならなきゃいいけど……いや、なってもらったほうがいいのか?)
改めて考えると、これはこれでいい流れなのかもしれない。
「め、めちゃくちゃ怖いけど、俺、がんばるよ……」
「ママたちも一生懸命支えます」
テオドールは「ママぁ」とリュカを力強く抱きしめた。
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