第130話

 登城が決まり、アシュレイは必要最低限の礼儀作法を叩きこまれ、その間、テオドールはベオウルフと遊び惚けていた。

 ベアルネーズからの諫言もあったため、西部騎士道クラブの稽古にも顔を出しつつ、テオドールはベオウルフとの逢瀬を重ねていた。


 結局、ベアルネーズたちも覚悟を決め、供回りとして控室までついてくることが許された。

 何度も念を押して「本当にいいのか?」と尋ねたが、本人たちは籠城戦で覚悟を決めた騎士のような面持ちで「はい」しか言わなかった。


 どんどんとベアルネーズたちが、騎士として腹が据わっていく。これが嬉しい変化なのか、それとも危険な変化なのかはわからない。


 わからないのだが、テオドール自身、芯の通った人間は嫌いではない。敵に回れば面倒なことこのうえないが、味方になれば頼りにできる。


(レイチェルに絡んできたバカ貴族が、まさかこんな死地に赴く騎士のような顔をするなんてな……成長したもんだ……)


 だが、しょせんは登城程度のことだ。政治的な面倒さはあれども、これくらいで決死の覚悟を持つようではまだ甘い。


 とは思うものの、そんなことを言って謀反されると面倒なので「恩に着る」と言ったら、ベアルネーズたちは「先生ぇぇぇっ!」と泣きだした。

 彼らの感動するポイントがテオドールにはよくわからない。


 そんな風に日常を過ごしている内に、登城の日取りとなり、カズヒコ討伐の関係者は城に呼び出された。


「その仮面、どうなさったのですか?」


 レイチェルの問いかけにテオドールは答える。


「まあ、どうせ俺だとバレてるだろうが、一応、顔を隠していこうと思ってな」


 口元だけ見える仮面だ。


「これまでいろいろ迷惑をかけたな」

「迷惑だなんて思っていませんよ。さあ、参りましょう」


 事前に取次の貴族から、長い説明を受けたり、取次から取次への挨拶やら、レイチェルやリーズレットを介した付け届けの数々も送った。かなり大変だった。


(回収できるかな?)


 レイチェルもリーズレットもバカにならない額の金を使っているだろう。

 元夫として、ヒモとして、少しは返さねばならないだろう。などと王城の控えの前で考えていたら、係の者に呼ばれた。ベアルネーズたち、供回りの者はその場に置き、アシュレイ、レイチェル、リーズレット、そして三人の騎士として、テオドール、パフィー、ヒルデが第二王子への謁見を許された。


「ケルヴィン様が表を上げよとおっしゃられるまで、決して顔をあげてはいけませんぞ」


 という言葉にアシュレイは「はい」とうなずく。

 玉座の間につき、立って待っていろと言われたところで主人三人が並び、その後ろに侍従の騎士が並んだ。

 ケルヴィンが玉座のほうへとやってきたところで、テオドールたちは膝をつくように頭をさげた。


「話は聞いている。父に代わって罪人討伐の労を労ってやる。よくやったぞ」


 そこで止まった。

 事前の段取りでは、この後「表をあげよ」と言われ、三人の主人が顔をあげた後、それぞれに礼と褒美を与えられるながらだったはずだ。


 なにやら脇に列する執政官たちが、ざわついている。

 テオドールは頭を垂れながら視線だけで周囲を探った。

 ケルヴィンが無造作にアシュレイのほうへと近づいてきたのだ。


「よもや、かような手段で俺の拝謁まで来るとはなぁ、アシュレイ・ボードウィン」

「お言葉をいただき、恐悦至極でございます」


 瞬間、ケルヴィンが剣を振り上げる。殺気のある動きに「まずい!」と思うより先にテオドールはアシュレイに覆いかぶさっていた。とっさに首を腕で庇いながらだったが、背中を思い切り斬られた。


「ほう。優秀な騎士を連れてるようだな、だが、死んだ」

「ケルヴィン様!」


 執政官たちも騒ぐ。咄嗟にパフィーとヒルデは自分たちの主人の腕を引き、背後へと回した。武器は無いし魔術殺しの腕輪をはめられているため魔術も使えない。だが、必要とあらば、この場にいるモノ全てを殺す覚悟を二人は決めていた。それが殺気でわかる。


「なにを騒いでいる。この場で父上の名を汚す売女のガキは殺すべきだろう?」

「ケルヴィン様! 西部を敵に回すおつもりですか!?」


 執政官の中の一人が半泣きで騒いだ。


「ペンローズとローエンガルドの娘だな? 俺の妾になることを許す。代わりに口裏を合わせよ。今から、平民のガキをその騎士ごと葬ってくれ――」


 パシンと甲高い音が鳴った。激痛に飛びそうになりながらも、なにが起きたのか確認したら、レイチェルがケルヴィンの頬を思い切りはたいていたのだ。


「痴れ者っ!!」


 叫ぶケルヴィンを今度に往復ビンタをかます。


「それが王家に列する者のすることですかっ!!!」


 レイチェルがガチでキレるのを初めて見た。


「なにを!?」

「アシュレイも私も王家にとっての民であり、民あっての国ではありませんか! それを、なんの意味もなく、勝手気ままに斬る! そんな統治者などあってはなりませんっ!! 恥を知りなさいっ!!」

「貴様……っ!」


 剣を振り上げてケルヴィンを執政官が羽交い絞めにして止める。


「なりません! ローエンガルド家と敵対はなりませんっ!! 西部ですぞ!! 蛮族ですぞ!!」

「たかが地方の侯爵家ではないかっ!!」


 パフィーがヘラヘラ笑いながら言う。


「それでも売られた喧嘩を買うのが、ローエンガルド家の家風ですわん」


 本当に来る。おそらく、この場でレイチェルが斬られようもんなら、グスタフがローエンガルド家総出で王都に来る。そうなれば、西部の戦線は崩壊するし、そのうえ、王都で人間兵器の元勇者が大暴れするだろう。


 おそらく最後はグスタフとて多勢に無勢でやられるだろうが、中央の損失も計り知れないだろうし、西部は崩壊するし、アドラステア王国は、おそらく潰れる。


パフィーはレイチェルが命じれば、すぐにでもケルヴィンや周囲の者を殴り殺すつもりだ。護衛の騎士も何人かはいるが、単純な身体能力で獣人ビースティに勝てる者はいない。


(どうしてこうなるかなぁ……)


 さすがに魔術が使えないとなると、このまま死んでしまう。背骨は断たれていないのが行幸だ。とはいえ、浅い傷ではない。


「アシュレイ……」

「テオ……? 大丈夫なの?」

「俺の腕輪……外させろ……レイチェル……止める……」


 そこでアシュレイが俺の下から這い出て、係の者に視線を向ける。


「早くこの者の腕輪を取れ!!」


 その言葉に係の者が慌ててテオドールの元へとやってきて、腕輪に魔術式を奔らせた。同時にテオドールも治癒魔術を奔らせる。


「死ぬかと思った……」


 いきなり立ち上がった俺を見て、周囲の者は驚いていたが、相手をしている暇はない。


「レイっ! 落ちつけ!」

「テオ……様……!」


 テオドールを見て、レイチェルは両目に涙を浮かべながら駆け寄ってきた。その横でリーズレットも泣きそうな顔で尋ねてくる。


「テオ……どうする? これ……」

「おちつけ、リーズ。先に手を出したのは向こうだ。なんとか場を制してみせるから、気持ちを整えろ。レイを頼む」


 言いながら羽交い絞めにされているケルヴィンたちのほうへと向かった。


 そしてケルヴィンの元へと近づき、跪いた。


「貴様、なぜ生きてる!?」


 騒ぎになっていて気づかなかったのだろう。こういうところがスヴェラートに似ていた。


「ご進言、よろしいでしょうか?」

「なぜ生きてるか!? と聞いている!!」

「それはなにも起きなかったからです、ケルヴィン様」


 テオドールは頭を下げたまま叫び、その発言にケルヴィンを押さえていた貴族が叫ぶ。


「そ、そのとおりだ! この者が生きているなら、何も無かった!!」


 強引にでも、そういうことにしなければ、この場は収まらないだろう。


「なにをふざけたことを!! 俺はあの田舎女に叩かれたのだぞ!! 二度もだ!!」

「私が斬られていないのでしたら、それも無かったことになりませぬか?」

「ならぬっ!!」

「では、もう一度、私を斬り、その後、あの者を斬るしかありますまい」

「吠えたなっ!! 放せっ! この者を斬るっ!!」

「なりませぬっ! ケルヴィン様っ! なりませぬぞっ!!」

「いえ、かまいません。私は斬られませんので、ケルヴィン様をお放しください」

「放せっ!」


 背後の貴族をケルヴィンは後頭部で頭突きし、鼻血を流しながら貴族が倒れる。それを確認するまでもなく、テオドールの肩に剣を叩きこんできた。腕がはね飛ぶ。

 死ぬほど痛い。


「はっ! 次は……」

「まだです」


 言いながらテオドールは流れる血も無視して、飛んだ腕を肩にくっつけた。治癒魔術・改弐メガ・ヒールで治せる。


「まだ私は斬られてませんよ?」

「舐めおってっ!」


 斬ってくるし、突いてくるし、死ぬほど痛いが、その都度、治癒魔術・改弐メガ・ヒール治癒魔術・改参ギガ・ヒールで傷を治していく。


 どれだけ斬られたかは覚えていない。途中から痛みを強引にシャットアウトした。


「はあ、はあ、はあ……」


 とうとう体力が切れたのか、ケルヴィンが尻もちをついてしまった。


「ほら、私は斬られておりませぬ」

「な、なんなんだ、貴様っ!!」

「なんだと申されるのでしたら、これが西部騎士ですとしか答えられませぬ」


 言いながらケルヴィンが落とした剣を拾い、差し出した。


「まだ私は斬られておりませぬ」

「……狂ってるのか?」

「それが西部騎士です。もし、ケルヴィン様がローエンガルド様に手を出せば、私より狂った西部の騎士がケルヴィン様の首を狙うことになります。それだけではなく、この場にいた貴族のお歴々も敵とみなし、一族郎党が全身全霊を持って、命を狙いに来る。それを良しとするのでしたら、どうぞ、私をお斬りください」


 微笑みかけてみた。ケルヴィンはバケモノでも見るかのような目でテオドールを見てから「とく失せよ、バケモノ……」と視線をそらす。


「なにも無かったということでよろしいでしょうか?」

「……ああ、それでいい」


 テオドールはドン引きした顔で見ていた貴族たちに微笑みかけた。


「ケルヴィン様はお疲れのようです。どうぞ、お連れください」


 貴族たちがケルヴィンを引き起こし、抱えるようにして去っていった。服はボロボロだし、辺りは知だらけだ。さすがのテオドールも治癒魔術・改参ギガ・ヒールを使いまくったせいで、魔術切れを起こしかけていた。


 そこでリーズレットに視線を流す。リーズレットはテオドールの視線の意味を把握したのか、鋭い視線で執政官たちをにらんだ。


「これはどういうことでしょうか?」

「え、いや、これは……」

「ペンローズ家、ローエンガルド家の家名に泥をかけるのが王家の判断ということでよろしいでしょうか?」

「お待ちください」

「聞きませぬ。此度のこと、我が家、ひいては西部への宣戦布告とみなします!」

「お待ちを!!」

「行きましょう、レイチェル様、アシュレイ」

「お待ちを!!」


 と追いすがる貴族たちの前にヒルデが立つ。


「下がれ。貴殿は既に我らの敵だ。次の忠告は無いモノと思え」


 最大限の殺気を飛ばして、慌てふためく執政官たちを制した。それに乗っかってパフィーも戦闘態勢に入りながらレイチェルの手を取る。テオドールもアシュレイの手を取り、リーズレットたちの後を追っていく。


 さすがにヒルデの殺気に耐えうる胆力を持つ者は、文官貴族にはいないらしい。


「テオ、傷は……」

「ああ、大丈夫だよ」

「しっかし、アホですよねぇ、アルベ……シュタイナー様は」


 パフィーがヘラヘラ笑いながら言ってくる。


「結果オーライだろ?」

「ま、そうですねぇ」


 これで対等以上の交渉権を得られた。何よりテオドールのイカレた不死身っぷりに、中央の貴族も肝を冷やしているだろう。政治も喧嘩も戦争も、相手をビビらせてからのほうが、いろいろと運びやすい。


「でも、シュタイナー様の奥方たちがそう思ってるかは別だと思いますよ?」

「うん、まあ、そうだな……」


 レイチェルがブチギレたのは初めて見たし、リーズレットも自分の顔を潰された形になったおで、かなり怒っているだろう。


「まあ、ピンチはチャンスだ。いい条件をゲットしようじゃないか」


 最悪、西部貴族を公的にアシュレイのバックにつけることができるかもしれない。今回の謁見騒動はくしくもその目さえ出てきた。


(しかし、どうにも引っかかる……)


 ケルヴィンは直情的だという話は聞いていたが、それでも理性はあるはずだ。どうにも、今回の件、不自然な流れに思えてならない。


(誰かがケルヴィンとアシュレイをまとめて消そうと画策したのか? まあ、ありえない話じゃないか……)


 順当に考えて第一王子派閥の何者かだろう。


(しかし、まあ、その策はそっちにとっても毒になるぞ。それを教えてやらないとな)


 などと考えながらまだ見ぬ敵に思いをはせるテオドールだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る