第11話

 翌日。晴れ。ただし、俺の隣にいる陽貴は雨の日みたいに酷い顔をしていた。


「だから配信は早く終わっておけよって言ったのに」

「やめられないって……ふあぁ」


 眠そうに大きなあくびをして陽貴は首を回した。

 昨夜、ハルヤとして配信していた陽貴は、いつも通りFPSをしていた。初めの方は俺も見てたのだ。ハルヤは配信者仲間とパーティを組んでいて、普段と変わらない感じでプレーしていた。そう、普段と変わらず長時間になりそうな感じで。


『明日午前からだからな』とメッセージを送ったが、既読は付かず、もういいかと寝た。そして朝起きてみたら配信時間的に朝方までやっていたことがわかり、俺はすぐに陽貴の部屋に行って、こいつを叩き起こしたのだ。


「大丈夫だって、徹夜なんてよくあることだから」

「だったら六花が来るまでにそのゾンビみたいな顔をどうにかしておけよ」


 待ち合わせは六花で出て来る改札の前だ。10時11分着の電車と連絡してくれているから、もうそろそろ来るはずだ。


「お待たせ~」


 改札から流れてくる人の中から快活な声が飛び出て来た。髪を巻き、オーバーサイズのパーカーを着て、短いスカートから惜しげもなく健康的な脚を晒している。六花だった。


 スニーカーで跳ねるように寄って来た六花は、春というよりは夏のような笑顔を浮かべた。


 それとは裏腹に、俺は横にいた陽貴の横っ腹に肘を打ち込み、ちらりと見上げた。

 陽貴は突然の攻撃に驚きながらも「わかってる」と、ほとんど口パクで言った。


「おはよう六花。今日もかわいいよ」

「っ! ありがとう陽貴!」


 陽貴の単純な言葉に六花は花を咲かせたように笑みを深め、ちらりとこちらを見る。俺はにやりと笑うことで応え、六花は「ありがと」と今度は口パクでお礼をした。


「んじゃ、早速行くか」

「そういえば何をするのか聞いてなかったな」

「いや、陽貴はゲームに熱中してて聞き逃したかもしれないけど、ちゃんと言ったから」

「ぐっ。……で、なに?」

「みんなで服を見るんだよ陽貴」

「服?」


 昨日と同じ商業施設に俺らは向かう。


「陽貴、最近服買ってないだろ?」

「まあ、俺基本的に外には出ないからな」

「これからは俺が連れ回すから買っておこうと思ったんだよ」

「連れ回す? なんで?」

「陽貴の配信ネタを作ってやるかと思ってな」

「え……」


 陽貴は急に足を止めて、


「いいよ。うん、なんか嫌な予感するし……」

「おい、なんでだよ。少し前にぼやいてただろうが」

「でも、恋が笑顔の時ってだいたい何か企んでいる時だし」

「間違ってないけど別に酷いことはしたことないだろ」

「酷くはないけど苦労はするっていうか」


 陽貴は一向に足を動かそうとしないので背後に回ってふくらはぎにつま先をぶつけた。


「いいから歩け」

「痛い。なんでそんな処刑台に連行する感じなんだよ」


 陽貴は首を回して抗議するが、関係なく蹴り続ける。


「陽貴。今日は服買うだけだし早くしなよ」

「味方はいないのか」

「もー! 敵とか味方とか関係なくて、普通にお買い物しようよ」

「六花が言ってるだろ、早くしろ」

「ぐっ! ……家に帰ったら詳しく聞かせてもらうからな」


 ようやく陽貴が歩き出したので、俺も少し足早になって追いつく。身長が低いので、少し離されると距離が話されてしまうのだ。


「ほんとに2人って仲いいねー」

「こんなところで感じないで欲しかったよ」


 陽貴は心底嫌った表情を浮かべた。


 やはりどんな店が入っているかが分からないので、案内は六花に頼んだ。


「なあ」

「ん?」


 店に入って服を見ていると、陽貴が居心地悪そうに身をかがめながら耳に口を寄せていた。


「れ、恋」

「なんだよ、てか近い」

「俺、ほんとに必要か?」

「いるだろ」

「ここ女性服しか売ってない店だろ。俺、自分の服先に見に行くからあとで」


 店を出ようとする陽貴の首根っこを掴んだ。苦しそうな声が出る。


「ぐえ!? ごほっ、何すんだよ」

「お前が何しようとしてんだよ」


 首を抑えた陽貴を呆れた目で見て、ため息を混ぜて言う。


「あのな、お前の服を身繕うのも今日のイベントだから」

「なら先に俺のを買いに行けばよかったんじゃ」

「はあ。そしたら先に帰ろうとするだろ、お前」

「六花と恋でゆっくり見て回れるじゃないか」


 素でそんなことを言う陽貴に、俺は思わず憐れまずいられない。意図に気が付かない陽貴の残念さと、おそらくこれまでも気が付いてもらえなかったであろうハーレムの面々に。


 ふと六花に視線を送ると、爛々とした目で服を選んでいた。あんなの、何を着て見せようかなぁ、っていう気満々じゃないか。なぜ、あれに気がつかないんだこいつは。


「いいから待っとけ。雛菜姉と来る時ほど長くはならないから」

「なるべく早くで頼むぞ」

「はいはい」


 適当に陽貴をあしらったが、居心地が悪いのは変わりないようで俺のそばでそわそわと視線をさまよわせては床に落としていた。


「恋、これ恋に似合うと思うんだけど!」


 少し離れたところで六花が白い生地に小さな花柄がプリントされたロングワンピースを持っていた。

 背後霊のようになっている陽貴を引き連れて見に行く。


「サイズはっと、あるな。試着してみようかな」

「え、ほんとに!?」

「なんでそんなに驚いているんだよ」

「似合うと思ったから声をかけたんだけどさ、恋の好みじゃないかなって」

「あー……」


 確かに、今日もどちらかと言えば中性的な服装だ。六花に私服姿を見せるのは初めてなのでそう思われても仕方がないか。

 六花が手に持っているものとサイズ違いのものをラックから外し、試着室を探しながら言う。


「今日はこんなだけどさ、こういう清楚な感じのやつも着るよ俺は。というか、だいたいなんでも着るしな」

「よかった~。じゃあ私も何か試着して来ようかなぁ」

「どうせなら同じの着てみようぜ」

「うーん。あたしはあんまりこういうの着ないしなぁ。ほら、どっちかっていうと結って感じしない?」

「まあそうだけどさ。試着するのはタダだし。それにほら」


 陽貴からは見えない位置で親指を陽貴に指した。六花は「あ~」と漏らして悩んだ末に頷いた。


「じゃあ着てみようかな」


 六花は手に持っていた物が六花のサイズだったようで、そのまま試着室に向かう。おっと、その前に、


「陽貴も試着室の前に来ておけ」

「え、なんで」

「感想聞くために決まってるだろうが」

「いや、俺じゃ——わかった! わかったから首を引っ張るのやめて!?」


 陽貴を試着室の前に立たせて、ワンピースに着替える。カーテン越しにも陽貴の挙動不審な様子が感じられる。そうしていた方が怪しくて注目を集めると思うが。まあいい。早く着替えてやるか。

 手っ取り早く着替えて、俺はカーテンを開いた。陽貴が目が合う。「助かったぁ」と目が訴えていた。


「感想」

「なんか幼く見えるな」

「まあ、俺どちらかというと童顔だしな」

「でも恋はいつでも恋ぽいな!」

「ありがとうよ」


 陽貴はいつも嘘のない感想をしてくれる。もう少し世辞か言葉にしないということを学べと思うが、それが陽貴のいいところでもあるので、まあ俺が相手なら問題ない。


「お待たせ~。おお、恋凄い似合ってるね! お人形さんみたい!」

「六花もいい感じじゃん。俺とは違って大人っぽい」

「確かになぁ。六花も六花で似合ってるな」


 俺が指図するまでもなく陽貴は感想を言った。ようやく引っ越し前のことを思い出してきたか。


 六花には俺とは違って生物学的に胸部のふくらみがあるので、そういった部分でも如実に違いがある。あまりに大きいと太って見えるが、反対になさ過ぎると子供に見える服だった。

 六花は結構大きい方だとは思うが、ウエストの部分に絞りのあるタイプなので太って見えるといったことはなかった。


「でもやっぱり、わたしには清楚すぎるっていうか違和感あるよね」


 六花は姿見の方を向いて回るとそう零した。


「デニムのジャケットとかスエットを上に着ればいい感じになるんじゃないか?」

「あー確かに」

「まあ、今日買わなくてもまた今度の参考にすればいいし。それに目的は果たせただろ?」

「え? そうだね! うん、ならいっか」


 そう、あくまで目的は陽貴に感想を言わせること。俺的にはもう少し面白いハプニングがあれば面白かったのだけど、そこまではな。


「六花は他に着たいのあったか?」

「ううん、この店はいいかな」

「なら次は六花が好きな店に行こうぜ。この店、俺に着せたくて選んだんだろ?」

「バレてるー!」


 バレバレだ。



 ***



 色々な店でファッションショーをして回ったあと、今度は陽貴の服を選ぶ番になった。今日はワンセット買うつもりで来ていて、陽貴も配信業で稼いだお金があるので問題ない。


「選ぶっていっても、まあ、シンプルなのだけどな」

「その方が助かる」

「まあ陽貴は素材はいいしなんでも似合うよ!」

「だな」


 そう、陽貴は素材だけで見ればなかなかのものだ。背は175を超えたと以前嬉しそうに話して来たし(俺は150前半だ)、顔立ちだって由美子さんと雛菜姉が美人なように整っている。体形は少し細すぎるが許容範囲だ。


 HUでお手頃価格の服を選ぶ。


「陽貴もなんでも似合うから迷っちゃうよね」

「どうせなら六花の好みでまとめちゃうのもありだよ」

「え!? い、いいの?」

「それくらい別にいいだろ。陽貴自身にこだわりはないだろうし」

「うーん。それなら——」


 俺と六花は当の本人をそっちのけに服選びをしていった。陽貴はようやく心が落ち着く店に来られたからか疲弊したようすだ。


 六花はオーバーサイズのスウェットパーカーとシェフパンツ、それからノーカラーシャツ選んで陽貴に渡した。


「はいこれ、試着してきて!」

「試着するのか?」

「サイズは大丈夫だと思うけど念のためにな」

「なんで恋が俺の服のサイズわかるんだよ」

「お前が自慢げに身長を自慢してきたからだろうが。いいから早く行ってこいっての」


 サイズは念のために昨夜のうちに雛菜姉にも聞いておいた。代わりに今日のことを離さなければいけなくなったけど、それくらいお安い御用だ。

 試着室に入っていった陽貴は、すぐに出て来た。


「おお、いいじゃん」

「陽貴かっこいいよ。うん、かっこいい!」

「そ、そうか? ならこれ買うか」


 即決即断。陽貴の買い物はこれにて終了。早かった。

 会計を済ませ店を出た陽貴が思わずといった様子で呟いた。


「ほんとにはやかった……」

「だから最初に言っただろうが」

「いや、いつもそう言って長いじゃんかよ」

「なんか言ったか~?」

「なんも言ってないよ」


 陽貴がぐちぐち言っていたのを黙らせたが、陽貴はその止めきれなかった分がちょろちょろと出てしまったような弱弱しい声で続けた。


「もう解散か?」

「ううん。まだもう少しだけ付き合って陽貴。見たいのがあるんだ」

「いいけど、見たいの?」

「うん、駅の方に戻るんだけどね」







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かわいい俺が親友のハーレムラブコメを滅茶苦茶にする話 ヒトリゴト @hirahgi4

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