解決編
「ワッシャー君、この事件の最大の謎は何だと思う」
「なぜオオカミが死んでいたか、か?」
「いや、そうじゃない。塔が密室になっていたことでもない。それらの答えははただ1つの謎に集約される。……誰がピンを引き抜いたかだ」
ガレージはそう言って鉄パイプを取り出してブンと一振りした。パイプ3発分の問題という奴だ。
「容疑者は全員ピンを動かすことができないぞ、ガレージ」
「正規の操作手段である電子タブレットは塔の中。その他の重機も使えない。唯一、腕力でピンを操作できる殺戮オランウータンはフェンリルオオカミを恐れて近づけない――こいつはこの事件からは除外していいよ。次の殺戮オランウータン大賞までは。
つまり犯人はピンを操作できる人物であり、それが誰かは明白だ。消去法でだがね」
「明白も何も誰一人残らないだろう。……まさか私たちの誰かとでも言うのじゃないだろうね。私もピストンレール警部もこの程度のピン、造作なく引き抜けるが……」
「我々でもないよ、もちろん。我々は事件があって初めてこの世界に存在しうるのであって、逆ではないからね。究極のアリバイだな。
とはいえ、その発想は正しい」
ガレージは一呼吸おいて言った。
「犯人は広告を見た誰かだよ」
「冗談だろう、ガレージ!第一、動機がない!」
「動機ならできたのさ。容疑者の誰か、悪徳氏を殺そうとした者がスケッチブックで塔の中で寝ているのが社長だと教えたときにね」
ガレージは鉄パイプで地面をコツコツと叩きながら言った。
「教えた人間は犯人が悪徳氏を殺害すると予想していたんだ。……フラストレーションの溜まる広告を延々と見せられた恨みを動機に」
ピストンレールが腹立たしげに言う。
「いったい、どこの誰かも分からぬ広告視聴者をどうやって逮捕すれば良いのです⁉」
「まぁ、そこはあきらめざるを得ませんね、警部。
とはいえ、我々の役目は犯人の逮捕ではありませんから。広告にうんざりした人間が殺人を犯したとして、それに対処する役目は人間が担うべきですよ」
「それもそうか。まあ、人間は殺人事件も起こしますが、その殺人で自分たちの問題を解決してしまいますからな!」
警部の悩みは解決したようだが、事件自体にはまだ大きな謎が残っている。
「ガレージ、犯人が広告動画を視聴したどこかの誰かだということは分かった。たしかに広告視聴者ならピンを抜くこともできるだろう。
だが、犯人はどうやって密室である塔の中で悪徳氏を剣で刺し殺した?そして、ピンを操作できるのになぜフェンリルオオカミに悪徳氏を噛み殺させなかったんだ?」
「1つ目の疑問の答えは簡単だ。犯人にとっては現場は密室ではなかった。――なぜなら塔の側面、犯人の見ていた方向からは壁が無かったのだから」
「では、なぜ犯人はフェンリルオオカミと悪徳氏の間を仕切るピンを引き抜きオオカミに悪徳氏を食い殺させなかったんだ?」
「犯人ならぬ我が身では推測することしかできないが、全ては悪徳氏の財宝の中に宝剣があったせいだろう」
「財宝の中に剣があったとして、いくら側面から操作は可能としても、邪魔なピンを抜いてフェンリルオオカミを固まった溶岩で殺し、剣と財宝を悪徳氏のそばまで持ってくるのは大仕事だぞ」
「犯人にとって、それを行うだけの価値はあったのさ。何度も何度もネットサーフィンを邪魔した広告の主を、自らの手で刺し殺すことにはね。
ましてやそのための手段がピン抜きパズルの賞品の中にあるんだ。これは啓示と思われてもおかしくない、パズルをクリアして悪徳氏を刺し殺せ、との」
もっとも、スケッチブックの主としては、犯人がフェンリルオオカミを解放して、悪徳氏が“不幸な事故で”噛み殺されてしまうことを期待したんだろうさ。そう言ってガレージは笑った。
抜ピン塔の殺人 s-jhon @s-jhon
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