抜ピン塔の殺人

s-jhon

事件編

「おや、ワッシャー博士。ガレージ先生はご一緒ではないのですか?」

 ピストンレール警部にそう声をかけられ、私、ジャッキー=H=ワッシャーはうんざりした。ピストンレールが来ているということは、ここは自前の警察機関さえないド田舎ということだ。治安が壊滅しているだけなら、それなりに味のあるパブがあることを期待できるが、どうもここにはそれも期待できそうにない。

「ガレージは別件を捜査中でして、私が一足先に来たのです」

「ほぉ、まあいいでしょう。現場に案内しますよ」

 建設中の農場や、5~6本の左から右に高くなる塔などを通り過ぎ、警部は1つの塔の前にやってきた。幅は広く、城塞と言ったほうが良いだろうか。横から見るとL字のような形をしている。

 出入り口のところには被害者の妻だという太った女性、美人秘書、双子の使用人ホーム・スケープ氏とガーデン・スケイプ氏、被害者の経営する会社の部下である緋色ウォズ氏がいた。

「被害者はゲーム会社の経営者、悪徳氏です。この塔で寝ているところを殺されました」

 塔の中では人相の悪い男がベッドの上で巨大な剣に刺されて死んでいた。部屋の中、吹き抜けになった塔の真下には黒い岩に押しつぶされた巨大なオオカミの死骸と、被害者がため込んだらしい金銀財宝が転がっている。塔の入り口は1つきりで内側から被害者がダイヤル式南京錠で施錠していた。

「現場は完全な密室でした」

「この穴は?」

 塔には数カ所、小さな穴が開いていた。夫人は厳しいかもしれないが、秘書とスケープ兄弟、そして緋色氏なら腕は通せそうに見える。ただ、残念ながら、どの穴から手を伸ばしても悪徳氏を刺し殺すことは出来なさそうだ。

「この穴にピンを刺すことで塔の中の部屋を区切ることが出来るのだそうです」

「ピン?」

「こちらに落ちています」

 巨大なピンが3本、塔の外の地面に落ちていた。持ち上げて調べてみると1本にはオオカミの爪痕があり、後の2本には焼かれた様になっていた。

「秘書の女性とスケープ兄弟によると、塔のベッドが置かれた空間と吹き抜けになった部分を区切るように1本が斜めに、残りの2本がその上にクロスさせるように刺してあったということです」

「なるほど、最初の1本で区切られた空間を、残りの2本で4つに区切っているわけですね。……図が欲しいな」

「カクヨムですからね、無理でしょうな。さて、4つの空間のうち、1番下にはフェンリルオオカミが、1番上には溶岩が、後の2つにはそれぞれ財宝と水が入っていたそうです」

「分かりづらいな」

「シャッター=ガレージ先生なら、平気でしょう?」

「ガレージは平気で推理しそうだが、読者は混乱するぞ」

「いいじゃありませんか」

「私は詩者だぞ」

 これ以上、ピンと塔の配置について話し合っていても読者を混乱させるだけなので、一旦その件は置いておく。

「フェンリルオオカミ、でしたか。ずいぶん凶暴そうですが、被害者には懐いていたりするのですかな?」

私の問いに答えたのは緋色氏であった。

「いいえ。奴は誰にも懐きません。何度も噛まれた僕が断言しますよ」

「……それはお気の毒に。一体またどうして」

「会社のゲームの宣伝ですよ。僕が宝を手に入れようとする、ピンが抜かれる、溶岩に焼かれたり、フェンリルオオカミに襲われたりする……」

 そう語る緋色氏の目には確かに殺意が浮かんでいた。緋色氏だけではない。スケープ兄弟も同様の被害に遭ったことがあるようだ。

「なるほど、この塔は悪徳氏のゲームそのものなのですね!」

「いいえ。社長のゲームにピンを抜く要素はほとんど出てきません」

 冷たい声で語る緋色氏。

 ピストンレール警部が無神経に言う。

「動機があるのは夫人と秘書もですな。

 悪徳氏は秘書との情事を楽しんでいました。夫人は面白くありませんが、秘書の方も悪徳氏のような相手の愛人を務めるのは秘書の給料だけでは割に合わんでしょう。

 どちらも遺言書には自分の名前があると信じていたようですし、そうなればケチな悪徳氏にはこの世から退場いただいて、彼の財産と添い遂げたいと思うのが世の道理でしょうな。」

「警部、そういうことを本人達の前で言わないように」

「なぜです?」

「……人間の前でのそういう行いは、犯罪捜査の邪魔になる」

「なるほど、ガレージ先生がそうおっしゃっているのですね!」

 私はそういうことにして気になったことを尋ねることにした。

「悪徳氏はなぜフェンリルオオカミと同じ塔で寝ていたのです?」

ガーデン=スケープ氏が答える。

「旦那様は密輸業者から殺戮オランウータンを買われまして、飼っていらっしゃったのですが、逃がしておしまいになられて。それ以来、殺戮オランウータン避けのためにフェンリルオオカミのいる塔で寝るようになったのです」

 念のために確認したが、殺戮オランウータンの長い腕でも悪徳氏を刺し殺すのは無理なようだ。

 そのとき、ピストンレール警部のアイデア管が鈍い音を立てた。

「そうだ!この塔は外からピンが抜けるのですから、あらかじめ剣をセットしておけば、ピンを抜くことで剣を落として、悪徳氏を殺すことが出来るのでは!?

 こう、1番下の層に剣を置いてピンを抜けば……」

「いや、ベッドの位置からして刺さらんでしょう。それよりここからこうすれば……」

「あの、よろしいでしょうか?」

 そう声をかけてきたのはホーム=スケープ氏であった。

「そのようにピンを動かしますと、フェンリルオオカミが解放されて旦那様に襲いかかるかと思うのですが……」

 なるほど、そうなれば遺体に噛み傷が残る。だが、悪徳氏の死体に噛み傷は無かった。

 緋色氏によるとフェンリルオオカミを押しつぶした黒岩は溶岩が水で冷え固まったものだそうで、そうなると溶岩と水の境目になるピンは先に抜き取らなければならない。

「そもそもこのように重いピンを誰が動かせるというの?」

 社長夫人が呆れたように言った。

 なるほど、頑丈でみっしりと詰まった金属製のピンは、持った感じ2~3トンはたしかにある。

「これは盲点でしたな」

 ピストンレール警部がピンをつまみ上げながら笑う。

「農場の方にトラックがありませんでしたか」

「ここまで通れる道がありませんが?」

 秘書が冷たく言う。トラックでピンを引き抜くのは無理なようだ。

「……いや、ちょっと待ってください。どうやってマグマやオオカミを閉じ込めてピンを刺したのです?」

 重機の手助けなしに人間がこのピンを塔に差し込むのは不可能だ。だが、重機類が塔に近づいた痕跡は全くない。ならば、いったいどうやって?

 私の疑問に答えたのも秘書の女性だった。

「電子タブレットで操作できますわ」

「電子タブレットですか?画面を触って操作する電子計算機の?」

「当然でしょう?この塔はWeb広告のために建てられたのですよ。電子機器の画面を通じて操作できるに決まっているでしょう?」

 そういうものなのかと疑問に思ったが、ピンの操作ができる電子タブレットがあればこの密室殺人も可能かもしれない。

 電子タブレットはいくつあるのかと秘書の女性に問うと、たった1つしかないという。

「フフフ、私は既に電子タブレットがどこにあるのか見つけていますよ」

 ピストンレールが得意げに言う。

「……どこで見つけたのです?」

「被害者が持っていましたよ」

 この世界唯一の電子タブレットは悪徳氏の懐でともに剣で貫かれていた。これではピンを操作して密室殺人を行うのは無理そうだ。

「ピストンレール警部、他に言っていない証拠物件はないでしょうね?ガレージに報告しなければいけないんですよ」

「うーん、事件に関係あるかは分かりませんが、こんなスケッチブックが塔のそばに落ちていました」

 スケッチブックには「ここで寝ているのは」「このゲーム会社の社長」「殺せ!」と書いてあった。

 筆跡はない。この小さな世界に筆跡などという贅沢なものを導入する余地は無かったようだ。ゴシック体で書かれていた。

「これが関係ないとしたら、何が関係あるんです?殺人の指示じゃないですか」

 私が問いただすとピストンレールは憮然として言い返す。

「誰に指示を出したところで同じでしょう。密室を崩せる人間はいないのですから。

 そりゃ、殺戮オランウータンならその超人的な腕力でピンを引き抜いて密室殺人を成し遂げられたかもしれませんが、奴はフェンリルオオカミを恐れ、この塔に近づけませんでした。

 ……待てよ、フェンリルオオカミが死んだ後なら!」

「たしかに可能でしょうけど、誰であれこの密室塔でフェンリルオオカミを殺せるなら、それよりもはるかに簡単に被害者を殺害できたはず。フェンリルオオカミを殺す必要がないでしょう?

 ……なぜ、オオカミは殺されたんだ?犯人はどうにかしてピンを抜けたのだから、剣で刺し殺さなくても、オオカミに被害者を食い殺させれば良かったのに」

「ハハハハハ、いい着眼点だねワッシャー君」

 そう笑いながら、遠方に見える塔の1つが身をよじらせる。一瞬のうちにその塔は我が友人・愚問探偵シャッター=ガレージへと姿を変えた。彼お得意の変装術だ。

「ガレージ、いつの間に!」

「なに、例の皇太子暗殺事件が思ったよりも簡単に解決してね。

 さて、この事件の謎も解き明かそうじゃないか」

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