後編


 時刻は夜の十時。

 わたし、愛莉あいりちゃん、日向ひなたちゃん、杠葉ゆずりはさんの四人は学校の校門前にいた。


「早く入っちゃおうよ。こんなところ大人に見つかったらマジやばいから」


 きょろきょろと周囲に目をやる愛莉ちゃん。


「そうだねぇ。明日が土曜日で休みなのをいいことに、お泊り勉強会だって嘘ついた意味がなくなっちゃうもんねぇ。あ、歯磨きセット忘れちゃった」


 日向ちゃんの言った通り、わたし達は杠葉さんの家でお泊り勉強会をしていることになっている。

 実際に杠葉さんのお屋敷やしきみたいな家に泊まるのだけど、抜け出して外にいることには違いない。見つかったら大変だ。


「それだけは避けなくてはいけませんね。学園七不思議にもどすチャンスを失ってしまいますから。さあ、みなさん、校門をよじのぼってください」


 なんとか校門をよじのぼって、次の行きさきは体育館の裏。

 なんでそこなのかとわたしが聞くと杠葉さんはさも当然のように、「神山美伽かみやまみかさんの幽霊に会うためですよ」


「ええっ、それって〈体育館裏の幽霊〉が神山さんってこと? うっそぉぉぉ!」


「しぃぃっ。愛莉ちゃん、声大きいって」


 わたしが注意するとごめんと舌を出す愛莉ちゃん。

 でもわたしもびっくりした。

 まさか〈体育館裏の幽霊〉が神山さんだったなんて。


「ええ。二十二年前の事故で亡くなった神山さんは、幽霊となったのです。それによって彼女は、同じく二十二年前に学園八不思議の一つとなりました。裏門には体育館裏を通っていきますし、距離も近いです。まず間違いないでしょう」


 論理的に解明される八不思議の一つ。

 でも神山さんは、なぜ幽霊になったんだろう?

 

 考えているうちに体育館に着く。

 神山美伽さんの幽霊は今も体育館裏にいるのだろうか。

 

 みんながそっと体育館裏をのぞき見る。

 夜の十時以降に姿をあらわすと言われている〈体育館裏の幽霊〉だけど、はたしているのだろうか。

 霊感の全くないわたしは、全然期待しなかったのだけど――。


 そこには女子生徒が立っていた。

 向こう側が透けている。間違いなく幽霊である。

 幽霊はこちらに気づくと、手を伸ばして走ってきた。


「ひいいいいっ。見つかった! つかまったら殺されるぅぅぅぅっ」


 慌てふためく愛莉ちゃん。

〈学園七不思議を愛する部〉部長とは思えない、怯えようである。

 でも怖いのはわたしも同じで、逃げる態勢に入った。


「待ってください。逃げてはいけません。彼女は何かを伝えたくて近寄ってきているのです。手を伸ばしているのは〝待って、行かないで〟という意味でしょう」


「だったら待たないとねぇ。おぉい、神山さん、こっちこっち。転ばないようにねぇ」


 冷静な杠葉さんと、知り合いのように神山さんの幽霊に声をかけている日向ちゃん。

 そんな二人を見て、わたしは逃げようとしていた自分がバカらしくなった。

 愛莉ちゃんもそうだったようで、バツの悪そうな顔をしていた。


 神山美伽さんの幽霊がわたし達の前に立つ。

 ショートカットで前髪を眉毛まゆげの上でそろえた、まじめそうな女子生徒。

 ほぼ同い年だけど、わたし達の大先輩。

 そう考えると、なんだか不思議な気持ちにもなった。

 

 彼女はわたし達をしばらく見つめると、手招きをするしぐさを見せる。

 どうやらどこかに案内したいようだ。

 

「ついていきましょう。危険はありません」


 杠葉さんがついていく。

 そのあとをわたしと愛莉ちゃんと日向ちゃんが追っていく。


 神山美伽さんの幽霊は裏門から出ると、道路を横断する。

 そして、そのさきの雑草の生いしげった広場の中に入った。

 広場の一部分に指を向ける彼女。

 指先の示す場所を見ると、そこには汚れた鍵があった。


 わたしはその鍵を拾いあげる。

 すると神山美伽さんの幽霊は、心からほっとしたような表情を浮かべたのち、姿を消した。


「消えちゃったぞ。神山さんの幽霊」


「その鍵を見つけてほしかったのかなぁ」


「そうみたいですね。もう今後、神山美伽さんの幽霊が出てくることはないでしょう。鈴原さん。鍵のプレートになんて書いてあるか読めますか?」


「うん。汚れを落とせば多分」


 みんなの注目を浴びながら、わたしはプレートの汚れを落として文字を確認する。

 そこにはこう書かれていた。――〈地下倉庫〉と。


 

 ◇

 


「じゃあ、開けるね」


 みんながうなずき、わたしは鍵を旧校舎にある地下倉庫の鍵穴に差しこむ。

 鍵穴は拒むことなく鍵を受けいれた。

 

 広場で拾った鍵。これはやっぱり旧校舎の地下倉庫の鍵だったのだ。

 二十二年前に学園八不思議の一つとして、〈開かずの扉(旧校舎・地下倉庫)〉が追加されたのはこういうことだったのだ。

 

 ドアノブをひねり、ドアを開ける。

 二十二年ぶりに開放される地下倉庫。

 

 スマホのライトで中を照らせば、雑多なものが置かれているだけで不思議な要素はなにもない。


 それもそうだ。

〈開かずの扉(旧校舎・地下倉庫)〉は、鍵が不明で扉が開かないことが不思議だったのだから。

 

「これで不思議がまた一つ減っちゃったな。これじゃ〈学園六不思議〉になっちゃうじゃんか」


 落ち込んだような顔の愛莉ちゃん。


「別の不思議を見つければいいんじゃないかなぁ。あ、寝心地ねごこちのよさそうなソファを発見。あのソファ、部室に持っていかない?」


 楽観的な日向ちゃんがソファに寝ころぶ。

 そんな二人をよそに、杠葉さんが何かを探し始めるそぶりを見せる。


「どうしたの? 杠葉さん。何か探し物?」


「ええ。神山さんがわたくし達にたくしたのは、地下倉庫の鍵だけではありません」


「それってどういうこと?」


「彼女は〈学園七不思議を愛する部〉の元部長です。そして故意ではないとはいえ、学園七不思議を学園八不思議にしてしまった張本人でもあります。ならば学園八不思議を、元の学園七不思議に戻したい気持ちは鈴原さん達よりも強いのではないでしょうか」


「それって、まさか……」


「ええ。学園七不思議の一つであった〈。彼女の苦悩の二十二年間に終止符しゅうしふをうちましょう」


 果たして〈この世とあの世の交換日記〉は地下倉庫の中にあった。

 交換日記をめくっていくと、最後のページにはこう書かれていた。



『交換日記をみつけてくれてありがとう。

 

 この交換日記は〈学園七不思議を愛する部〉を快く思わない人間によって、この地下倉庫に隠されました。

 私はそれに気づいてその人間を追ったのだけど、道路に出たところで車に轢かれてしまいました。


 でも私は見ていました。その人間が地下倉庫の鍵を広場に投げ捨てるところを。

 だからその鍵を誰かに見つけてもらいたくて、幽霊となって出ました。

 まさか私の存在が学園の不思議の一つになるとは思わなくて、そこはごめんなさい。


 学園八不思議を学園七不思議に戻してくれてありがとうね。

 あとは任せたぞ。可愛い後輩達』



 お・わ・り

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