まどぎわの翠理さん

真賀田デニム

前編


「わたし達の代で、元の学園七不思議にもどしたいと思いますっ」


 

 横山愛莉よこやまあいりちゃんが部室の机をバンッとたたく。

 おもいのほか痛かったのか、「あいててて」と手をぶんぶんとふる愛莉ちゃん。

 背がちっこくて童顔で愛くるしい見た目だけど、彼女は〈学園七不思議を愛する部〉部長である。


「急に何を言うかと思えば、それは無理なんじゃないかなぁ」


 愛莉ちゃんのやる気をそぐかのような、のほほんとした声。

 部員の榊原日向さかきばらひなたちゃんだ。

 日向ちゃんは「ふわあああぁ」と大きなあくびをすると、お茶をすする。

 マイペースでほんわかとした日向ちゃんは、その名前の通り日向ぼっこが好きな女子である。

 

「元にもどしたいっていう気持ちには賛成。でも実際は日向ちゃんの言ったとおり、無理な気がする」


 これは私。鈴原四葉すずはらよつば

 日向ちゃんと同じく〈学園七不思議を愛する部〉部員である。

 この三人の中学二年生が〈学園七不思議を愛する部〉のメンバーであり、現在部活動の真っ最中であった。


 いつもだったら与えられた一台のパソコンで、日本中の学園七不思議をチェック。

 めずらしい学園七不思議にこんなのあるんだと驚いたり、

 よく聞く学園七不思議のちょっとした違いを見つけて嬉しくなったり、

 学園七不思議が生まれた色んな理由を知って、へえぇって勉強になったり、

 とにかく学園七不思議のことを検索けんさくしてノートにまとめて、一応、部活っぽいことをしていたのだけど――。


「無理ってあきらめたらそこで試合終了だよ、キミたちっ。だいたい、わたし達〈学園七不思議を愛する部〉が、学園八不思議をそのままの状態にしておいていいわけ? いいわけないよね。だから絶対に元の学園七不思議にもどしますっ」


 部長の愛莉ちゃんによって、活動方針が変わったらしい。


 ――そう。

 私達の通う角川西中学校は、学園七不思議ではなく学園八不思議だった。

 二十二年前を境に不思議が一つ増えていたのだ。

 しかも、元々あった不思議が別の不思議に変わってもいた。


 つまり。

 

【元々の学園七不思議】

 トイレの花子さん

 夜歩く人体模型もけい

 プールの渦巻うずま

 あるはずのない教室

 開かずの扉(旧校舎・視聴覚室)

 古井戸から聞こえるうた

 この世とあの世の交換日記

 

 が、


【現在の学園八不思議】

 トイレの花子さん

 夜歩く人体模型

 プールの渦巻き

 あるはずのない教室

 開かずの扉(旧校舎・視聴覚室)

 古井戸から聞こえる唄

 開かずの扉(旧校舎・地下倉庫)

 体育館裏の幽霊

 

 になっているのである。


「もどすっていっても、どうやってぇ? 一つだけ二重線を引くの?」


「日向ちゃん、文字消してもしょうがないって。……でも実際、どうやってもどすのかなぁ。歴代の〈学園七不思議を愛する部〉の人達だって、あきらめていた問題だよ。愛莉ちゃん、何かすごい考えがあるの?」


 歴代の〈学園七不思議を愛する部〉の人達があきらめていたのは多分、〝一つ増えたんだし学園八不思議でもいいじゃん〟という柔軟じゅうなんな考え方だったのだと思う。


 でも愛莉ちゃんは、それを良しとしないようだ。

 だったら私は愛莉ちゃんにしたがうだけ。

 だって愛莉ちゃんは部長だもん。

 それに、やっぱり学園の不思議は八つよりも七つのほうがしっくりくる。


「あるよ。すっごい考え!」


「なになに? ふわぁ、ここ暖かいから眠くなってきちゃった」


 今にも寝ちゃいそうな日向ちゃんが聞く。


「それはね、杠葉翠理ゆずりはすいりさんに相談するの!」


「杠葉さんって、あの窓際に座ってるすごいきれいな女の子?」


「うん。あの子、休憩きゅうけい中にミステリ小説を読んでるでしょ? 絶対に謎解きとか得意なはずよっ。だから彼女に相談して、なにか知恵をさずけてもらうの。すっごいいい考えだと思わない?」



 ◇



「学園八不思議を学園七不思議にもどしたい、ですか」


 杠葉さんは開いていた小説、〈ABC殺人事件〉を閉じると、体をこちらに向ける。愛莉ちゃんの話した内容に興味をもってくれたみたいだ。


「うん。でね、ミステリ好きの杠葉さんならもどすためになにをしたらいいか、知恵をさずけてくれるかなって思って。それで相談」


「ああ、そういうことですか。わたくしで良ければ相談にのりますが、期待にこたえられるか分かりません。ただ、楽しそうではありますね」


 ――わたくし。

 お嬢様のような杠葉さんにはぴったりの一人称いちにんしょうだ。

 そんな杠葉さんは、まんざらでもないように微笑びしょうを浮かべる。

 やっぱりミステリ好きは謎解きも好きみたいだ。


「でしょー。なのでさっそく事件を解決にみちびいてください。杠葉様。翠理様」


 九十度のお辞儀じぎをする愛莉ちゃん。


「ちょっと愛莉ちゃん。それじゃ話がちがうよ。知恵をさずけてもらうんじゃなかったの」


「まあそうだけど、杠葉さんが解決してくれるならそれでいいかなって。七不思議に戻りさえすればいいのだっ」


「ちゃっかりしてるもんねぇ、愛莉ちゃんは。でも窓際っていいよねぇ。晴れた日はずっと日向ぼっこできるし。日向の席と交換してほしいなぁ」


 ……もうこの二人は。


「ごめんなさい、杠葉さん。もうこれ以上、読書の邪魔はしないから、ほんのちょっぴりの知恵でいいのでお願いします」


「二十二年前といえば、この学校で悲しい事故があったようですね」


 杠葉さんがぽつりとつぶやく。


「え? 悲しい事故……?」


「はい。当時三年生だった女子生徒が裏門から出たところ、そこへトラックが走ってきてかれて亡くなってしまったという悲しい事故が。母から聞いた話です」


「え? ……そんな事故あったんだ。知ってる?」


 と事故を知らないわたしは、愛莉ちゃんと日向ちゃんに聞いてみる。

 すると愛莉ちゃんと日向ちゃんは、首を同時に横にふった。


「でも、その事故がどうしたの? 事件の解決になにか関係あるの?」


 愛莉ちゃんの問いかけに杠葉さんはこう答えたのだった。


「学園七不思議が学園八不思議になったのと、事故が起きたのが同じ二十二年前なんです。この一致に、わたくしはなにかしらのつながりがあると思っています。事故で亡くなった女子生徒はどういった方だったのか、調べたほうがいいかもしれませんね」


 席を立つ杠葉さん。

 どこかに行くのか、教室から出ようとする。


「ゆ、杠葉さん。どこに行くの?」


 思わずわたしは聞く。

 杠葉さんは優雅ゆうがに振り返ると、にこっと笑みを浮かべた。


「職員室です。先生なら誰かしら、亡くなった女子生徒のことをくわしく知っているのではないでしょうか。帰りの会が終わった今なら先生も集まっていると思いますし、事件解決のチャンスですよ」


 わたしは愛莉ちゃんと日向ちゃんを見る。

 三人そろってうなづくと、杠葉さんのあとを追うのだった。


 職員室には、幸い当時の事故にくわしい先生がいた。

 どうしてそんな昔の事故をことを知りたいのかと不審がられたけど、先生は教えてくれた。


 亡くなったのは神山美伽かみやまみか。〈学園七不思議を愛する部〉の部長。

 目撃者によれば、彼女は「返して」と叫びながら誰かを追っていて、道路に飛び出したところをトラックにかれたらしい。


 それを聞いたわたし達は驚いた。

 亡くなった神山美伽が〈学園七不思議を愛する部〉の部長だったことに。

 

 でも驚いたのはそれだけじゃない。


「今、謎は解けました。今日の夜、みなさんで学校に集まりましょう。学園八不思議が学園七不思議にもどる瞬間をお見せすることができると思います」


 ――五分後。

 杠葉さんは教室の自分の席についてそんなことを口にするのだった。

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