神の数式

haruka/杏

Ⅰ 天上の対局

「久しいの」

「久しいな」

「千年ぶりか」

「千年ぶりじゃ」

「今度こそ、お主に勝つぞ」

「はは。無理じゃ、無理じゃ」

「では、やるか」

「では、やるぞ」

 青々とした竹が幾千本と生える竹林の中、碁盤を中央に置いて向かい合う老人たち。禿頭とくとう白髭しろひげを生やし、唐風の衣を身に纏っている二人の両脇には、二つの杯と酒の入った瓶子へいし、あと桃がいくつか置いてある。

 彼らは妖怪か、仙人か。あるいは、神と呼ばれるものたちか。

 碁盤を睨み、微動びどうだにしない。どれほどの時間ときが流れたであろうか。それすらもわからないほど二人は碁に集中していた。

「むむぅ」

 片方の老人が、悔しそうにうめいた。

「ひひ、どうじゃ。もう、降参か」

 もう片方の老人は、嬉しそうにわらった。

「まだじゃ、まだじゃ。もう少し時間をくれ」

 碁盤を睨みつけたまま、渋面しぶつらを作る。

「待つのは暇じゃ」

「酒でも飲め」

「酒も飽きたぞ」

「桃でも喰え」

「桃も飽きたぞ」

「もう少しじゃ」

「ふむ。では、何か話でもするかの」

「ほぅ、どんな話じゃ」

 問われた老人は白髭を撫でながら小考しょうこうする。

「そうさな。彼奴きゃつの話でもするかの」

「誰じゃ」

「愚者じゃ」

「愚者か」

「神じゃ」

「神か」

「では、話せ」

「では、話すか」

 老人は杯に入った酒をひと口含むと、おもむろに語りだした。

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