前世はカップ麺だったので自分の前世を殺害した犯人を考察してみる。容疑者は三人の姉

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

第1話 前世はカップ麺だったので前世の自分を殺害した犯人を考察してみる容疑者は三人の姉

 それは悲劇的な光景だった。


 楽しみにしていた俺のカレーラーメンのカップ麺が食われているじゃねーか!


 そのショックで思い出した。

 俺の前世を。

 母親である工場ラインから出荷されて、兄弟たちと共に配送トラックに揺られる。

 そのあと一度倉庫で集積されて分配される。そこで兄弟たちとは生き別れだ。

 全国各地に散り散りになる。

 いや関東ローカル期間限定コンビニカップ麺だから関東一部の地域に散り散りだ。

 そこから入荷量に応じてコンビニに納品される俺たち。

 棚に置かれて人間どもに次々と連れ去られる兄弟たちに他のカップ麺の仲間たち。

 一人取り残される辛さも覚えている。

 そして今の俺に購入されたのだ。

 あるはずのない記憶が俺を確信に導く。


 俺の前世はカップ麺だった。

 このカップ麺は俺だった。

 このカレーラーメンは俺に食われる運命だったのだ。

 その運命を妨害しやがって。

 絶対に許さない。

 これは復讐だ。

 前世の俺を殺害した犯人を絶対突き止めてやる。

 コンビニの期間限定商品だったんだぞ!


 容疑者は三人に絞られている。

 今世の三人の姉だ。

 ……年の近い姉が三人もいるんだ。


 長女の一姫。

 弟の物は姉の物。妹の物も姉の物。姉の物は姉の物。弟って姉の所有物の呼称だよね?

 絶対王政の独裁者だ。

 品行方正でしっかり者のリーダー気質な高校二年生。だがそれは全て外面だ。人を扱うのが上手いだけ。人の心も操るのが上手い。生徒会長として慕われているらしい。趣味でヤバいイラストを描いている。裏アカ系女子。


 次女の双葉。

 弟の物は姉の物。妹の物も姉の物。姉の物は姉の物。姉さんの矛先は全て弟に押し付ける。

 絶対王政の参謀だ。

 頭脳明晰で物静かな文学少女っぽい高校一年生。でもそれは全て外面だ。確かに真面目な本も読む。でも愛読書は恋愛小説とギャグマンガと麻雀漫画と島だ。……うん耕作さんだ。渋い。正直好みがわからない。蔵書には大変お世話になってます。


 三女の三咲。

 弟の物は姉の物。姉の物は姉の物。姉さんたちには逆らえないけど弟にはなにしても問題ないよね。

 絶対王政の無邪気な処刑人だ。

 運動神経抜群で人気者の中学二年生。俺の年子の姉。外面はちょっと剥げかけている。学校側の悪夢の采配により同じクラスだ。よく物を忘れるので頻繁に教科書などを奪われる。同じ授業を受けるのに奪われる。最近先生もなんとなく感づいており、席すら隣になることが多い。クラスの男子から姉との仲の取り持ちを頼まれることもあるが『あんたに頼む時点で論外。断れ』と厳命されているため俺が断る。そのせいでシスコンだと思われているのがつらい。


 ……この絶望感わかってくれる人いるのかな?

 弟に優しい姉などこの世の中に存在しない。

 創作物の中にある優しい姉など姉のいない人たちの幻想だ。

 姉のいる弟たちはそんな幻想も見ずに黙って絶望している。

 外面はいいんだよあの人たち。

 外では品行方正で容姿も整った良き姉なのは認めるよ。

 でも家ではだらしがなくて弟という漢字に奴隷という意味を当てはめるのが姉だからね。


 どれだけ酷いかというと俺の菓子作りの腕はそれなりに高い。

 全ては姉のご機嫌を取るため……だけならばまだいい。

 こっちは毎年バレンタインデーに修羅場をくぐっているのだ。

 毎年配布用の手作りチョコレートを手作りしているのは俺だからね。それも三人分。

 個数、ラッピング、造形、メッセージカードの指定などは姉たちの仕事だ。全ては姉同士で被らないために。でも作業やっているのは全部俺。

 チョコペンで可愛らしい文字を書くのも慣れたよコンチクショウ!


 そんな今世の不遇を嘆いている場合ではない。

 前世の俺を殺した犯人を捜さなければ。


 まずは犯行現場の状況から。

 綺麗に洗われているプラスチックの容器。

 まだ少し濡れている。

 犯行からそれほど時間は経っていない。

 この時点で三咲姉が犯人候補から後退だ。

 三咲姉は自分の食べた物は弟が片付けるものだと信じている。

 食べ終わりの容器を洗うなんてことはしない。でもほんの少しの希望を抱いてまだ犯人候補から外さない。三咲姉だって成長するはず。


 次に犯行に用いられた凶器。

 我が家は普通にマイ箸だ。使用された箸を見ればそれだけで犯人がわかろうというもの。

 ……どうして俺の箸が洗われているんだろうね?

 俺使ってねーよ。

 まあこの程度は日常だ。箸だろうと俺の物を使うのにあの三人の姉は躊躇がない。

 犯人候補は絞れないのは残念だが。


 現状からわかるのはこれだけ。

 今日姉は全員家にいたのでアリバイはない。

 カップ麺の容器以外の器があればシェアというの名の複数犯説もあったがそれもなさそうだ。


 本来ならばここで泣き寝入り。

 けれどこれは俺の前世の問題だ。

 俺にはあるはずのないカップ麺の記憶があるんだよ。

 残念ながら視覚がないので犯人の顔は見ていない。

 でも触れられた感触。消費量のされ方などはわかる。

 俺にしかわからない重要な証拠だ。


 まず俺は外装の透明なプラスチックを剥がれて、蓋を半分開けられて中身を見放題状態となった。恥ずかしい。

 次に内臓。いや……かやくとスープの袋を取り出される。

 かやくは袋から取り出されてまた俺に戻ってくる。

 熱湯を注がれて四分。蓋の上でスープの袋を温めるのも忘れられていなかった。この時点でやはり三咲姉ではない気がする。

 しばしの安息の時間。固くなっていた身体がほぐれていく。風呂はいい。一人になれるから。でもあまり長く入っていると姉に怒られる。だから今世も四分ほど浸かるだけ。せめて五分は浸かっていたい。

 俺が風呂好きなのも長く浸かれないのも前世からの宿命なのかもしれない。


 そしてキッチリ四分で蓋が完全に剝がされる。

 分数をちゃんと守っている。やはり三咲姉ではない。

 麺が軽くほぐされたあとスープが投入されてよく混ぜられる。

 外装や袋こそないが前世の俺の完成形だ。

 ここから俺は失うばかり。

 犯人はまずスープに口をつけた。

 長女の一姫姉も犯人から後退する。

 あの人は美容と体重を気にしているからカップ麺のスープは飲まないはずだ。

『ならカップ麺食うなよ』

 などは間違っても言ってはいけない。禁句だ。殴られたので気をつけろ。

 でも今回はカレーラーメンなので例外かもしれない。

 カレーラーメンのスープだからカレーだぞ。

 飲むだろ普通。


 一口麺をすすり……そこで犯人は暴挙に出た。

 おい止めろ! 許されるわけないだろ! 俺の存在意義を否定するな! お願いだからやめてくれ! 今が俺の完成形なんだよ!

 前世の自分を想って泣き叫んでも止まらない。

 全ては過去の出来事だから止まるはずがない。

 犯人はなんとチーズを投入しやがったのだ。

 カレーラーメンにチーズトッピングは美味しいけど!

 犯人は味に満足したのはそのまま食べきり、スープも飲み干し、容器を洗って、前世の俺は殺された。

 ああ……俺を殺した犯人がわかった。


 ここまで丁寧な食事だ。

 ズボラな三咲姉が犯人のはずはない。


 スープを飲み干す。

 太りやすいチーズまでトッピングする。

 美容と体重を気にしている一姫姉でもない。


 だとしたら犯人は奴しかいない。

 見た目細くて文学少女っぽいけど、太らない体質なだけで一番食う。

 実はそのことを一姫姉から妬まれている。

 チーズなど乳製品好きで味の探求にも一番うるさい。

 カップ麺の味変の常習犯。

 子供の頃から俺に『インスタントラーメン作って。いつもの豆乳で』とか面倒な注文してくるのもこの人だ。

 双葉姉。

 犯人はお前だ!


 急いで駆け出し双葉姉の部屋の扉をこじ開ける。

 犯人はベッドで寝転びながら漫画を読んでいた。

 急に部屋に入ってきた俺に目を丸くして驚いている。

 だがそんなの関係ない。

 ついでに犯行動機もわかった。

 読んでいる漫画が『ラーメン甲子園―獄滅編―』という意味不明なチョイス。

 帯に『このラーメンを食って生きていられると思うな』と書いてある。

 もう意味が解らない。


「犯人はお前だ!」


「なによ急に! いきなり部屋に入ってくるな!」


「双葉姉! 俺のカレーラーメン食っただろ!」


「あーあれアンタだったの? 食べたけどそれがなにか?」


 罪悪感の欠片もないだと!?

 こいつ俺の前世を殺しておいて。


「俺の前世の仇め! この人でなし!」


「前世? また意味のわからないことを」


「あのカップ麺は俺の前世だったんだよ!」


「さらに訳が分からないだと!? アンタの前世はそれでいいのか! 大体ね。食べられたくないなら包装の目立つところに名前でも書いておきなさい」


「書いても食うだろ! それも狙って! 最優先で! 特に三咲姉とか!」


「私は食べない……」


 そこで双葉姉はチラッと漫画に目を落として少し訂正する。


「……わけじゃないけどアンタに声かけるし、一口くらいなら分けるわよ」


「一口かよ! しかもやっぱり漫画に影響されたのか! カレーラーメンが登場したんだな。なんなんだよその意味不明な漫画は!」


「はあ? 今ラーメン甲子園をバカにしたの? 全国高校のラーメン部が命を削って一杯のラーメンに情熱注ぎ込むギャグバトル漫画なのよ!」


「グルメじゃないの!?」


「私はこれをグルメ漫画とは呼びたくない」


「ヤバい……なんか気になってきた」


「今は海外留学生との対戦が熱いのよ。特にインド人」


「あーそれでカレーラーメンか」


 俺の前世は本格欧風カレーラーメンだったけど。


「いえインド人留学生は数学的に完璧な黄金比塩ラーメンね。マッサマンカレーラーメンはタイ人留学生」


「ややこしいなおい!」


 流行りのタイカレーと被ったからインドカレーはボツになったのかな。

 でも俺の前世は本格欧風カレーだからインドカレーもタイカレーも関係ない。

 それなのに代用品として食われてチーズまでトッピングされるとか悲しすぎるだろう。

 俺が自分の前世の末路に涙していると、双葉姉が無駄に熱い画風のラーメン甲子園を十巻ほど渡してきた。


「急に部屋に入ってきた罰。姉からの命令。これでも読んでマッサマンカレーの作り方学んで今度作ること」


「え? この漫画で? なんで? どうして? さすがに理不尽過ぎるだろ」


「嫌ならアンタの恥ずかしい写真がネットにばら撒かれるわよ」


「いや本当に理不尽過ぎるだろ。それに恥ずかしい写真なんて」


「……最近一姫姉さんの裏アカウント伸び悩んでいるの。フォロワー数が伸びないって。起爆剤になにをするかわからない状態。私はさすがにダメだと思って止めている側。『一姫姉さんのイラストコンセプトはニッチな世界だからしょうがないよ。さすがにモデルを晒すのはダメだと思う』って」


「本当にありがとうございます。どれだけ感謝しても足りません」


 俺はその場で双葉姉に土下座した。

 一姫姉は裏アカウントで少しエッチなきわどい構図のイラストレーターをやっている。そのジャンルはとてもニッチだ。

 ボーイズラブ……ではない。


 美少女にしか見えない男の娘の萌キャラ。

『こんなに可愛い子が女の子のはずないだろ』というアカウント名。

 一姫姉は男性と偽っている下ネタ満載のイラストレーターを演じているのだ。

 そしてそのイラストのモデルは一姫姉に逆らえず女装してポーズを決めているのが俺だ。

 ……バレたら社会的に死ぬ。


 しかも一姫姉のイラストはフォロワー数が伸び悩んでいるかもしれないが一般的にはかなり人気あるのだ。トラップとして。美少女イラストだと思ったら男の娘。わざわざフォロワーになるのは変な人ばかり。

 そんな状況でモデル写真の公開とかすればどうなる。

 もう新たな事件の予感しかしない。

 本当に大事なのは事件を解決することではない。

 事件を起こさせない普段の努力だ。


「わかればよろしい。あとラーメン甲子園の感想も聞かせてね」


「はい」


 すまん……前世の俺。仇も取れないなんて

 弟は姉に勝てないのだ。

 こうして俺の前世を巡る事件は幕を降ろした。


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