一個上の春野先輩 🥁

上月くるを

一個上の春野先輩 🥁




 ――あんた、春野ユキのこと、好きなんでしょう。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ


 

 かあさんがお風呂に入るのを待って、ニヤニヤしながらねえちゃんが訊いて来た。

 とうさんは職場の食事会で遅くなるし、保護犬のホイはソファで爆睡中。(笑)


 そのホイと、ぼくとのあいだに、ピッチピチの赤いジャージを割りこませて来る。

 このところ、やけに盛り上がって来た胸を、ことさら、つき出すようにして……。


 こういうタイミングをつかまえるの、うまいんだよね~、ぼくのねえちゃんって。

 あんまりいい趣味じゃないと思うけど、ぼく、口じゃ太刀打ちできないんだ。💦



      🦖



 ふいをつかれたから顔がほてったけど、「なにをばかなこと。部活の先輩のこと、好きもなにもないだろう」即座に返せたのは、口下手なぼくにしては上出来だった。


 ふうん、ま、いいけど……あたし、見たんだ、あんたたちがふたりでいるところ。

 ふたりでって、どこで? ああ、あそこか? 楽器の演奏を教わっていたんだよ。


 にしてはいやにイイ感じだったじゃない、なんかさ、ピンクの霞がかかってたよ。

 ちょっと、ねえちゃん、ヘンなこと言わないでくれる? 春野先輩に失礼だろ?


 ムキになって反論しようとしたら、ホイが起き出し、喉の奥まで見える大あくび。

 で、その話はシャットダウンとなったんだけど、いやあ、マジ、あぶなかったわ。



      🎃



 ねえちゃんに見抜かれたように、春野先輩はドストライクのぼくのタイプなんだ。

 地味でおとなしくてパッと見は平凡だけど、ディスタンスを狭めればすぐ分かる。


 優等生っぽいメガネの奥の目といったら、まるで宝石をはめこんだみたいなんだ。

 そう「二匹の黒水晶のかぶと虫みたいに固く光る」鏡のような瞳、まさに、それ!


 あ、ごめんなさい、急にそんな引用を持ち出されても、チンプンカンプンだよね。

 ぼくの好きな『プラテーロとわたし』(ヒメーネス作 長南実訳)の一節なんだ。


 ごくかんたんに言えば、心を病んだスペインの詩人が紡いだ散文の叙事詩集。📖

 甘えん坊の幼いロバ「しろがね号」との友情を丹念に紡いだ世界一美しい詩集さ。


 そうだね~、たとえば、こんな記述なんか、どうだろうね。

 きっと、だれだってファンにならずにいられないはずだよ。



      🐎



 ――空のはっきりしない四月の午後!……プラテーロのきらきらと輝く瞳が太陽と雨のひとときをすっかり映している。その落日の光の中でもうひとつの薔薇色の雲がほぐれ、サン・フワン(註:詩人の静養地の隣町)の野原に降りそそぐのが見える。



 ――(詩人が「魔女の谷」と名づけた場所の夜の散策のとき)プラテーロはこわいのか、それともわたしがこわがっているせいか、足を速め、小川に入り、月影を踏みつけて、こなごなに砕く。まるで水晶の薔薇の明るい花の一群が、ロバの早足をひきとめようと、からみついているみたい……そして、プラテーロは、なにものかに追いすがられるかのように、尻をちいさくすぼめて、坂道をかけのぼる。



 ――(青草とオレンジを満載した荷車が、ぬかるんだ道で動けなくているところを助けた)そのときの少女のあの笑顔よ! ちょうど夕日が雨雲の中へ沈むとき黄色い水晶となって砕けるように、少女の泥まみれの涙の下を薔薇色がパッと照らしたかのようだった。少女はうれし涙を流しながら、重くてまん丸い、上等のオレンジを二個選んでわたしにくれた。わたしはありがたく受け取ると、その一個を甘い慰めとして(少女の)弱虫のロバに、もう一個は、金賞として、わがプラテーロにあたえた。



      🍊

 


 どう、すばらしくすてきでしょう? (^。^)y-.。o○○ 

 この繊細なフレーズが一世紀余り前に紡がれたなんて!


 田舎の自然とプラテーロの友情のおかげで健康を快復した詩人は、のちノーベル賞を受賞するんだけど、そんなことは文字どおりの蛇足で、紡がれた詩こそがすべて。


 ね、そう思うでしょう。

 それこそが文学だよね。

 

 

      🦜



 ぼくと春野ユキ先輩は、顧問の先生の都合で部活が休みになった放課後、たまたま一緒になった図書館で、互いの心のふるえる部分が同じだってことが分かったんだ。


 いわゆる「図書館あるある」っていうの? 

 同じ本に同時に手を伸ばした、そのご縁。


 偶然なんだけど、春野先輩んちでも保護犬をたいせつな家族にしているんだって。

 あの子をプラテーロに重ねちゃうんだよね~。あ、ぼくもっす! そんな感じで。

 

 成績はトップクラスだけど、ザンネンながら詩心のない(笑)ねえちゃんには理解できないかもしれないけど、仲間とか同志? そんな感じだったんだよね、最初は。



      🪲



 中学に進んでもチビのままで、しばしば小学生にまちがわれていたぼくに、すごく遅ればせの胸キュンが芽生えたのは、その春野先輩からメモをもらったときだった。


 そこにはプラテーロの詩が記されていたんだ。

 まばゆいほどの愛の告白の一節がね。(*'ω'*)



 ――プラテーロは情熱的な娘みたいに、わたしに首ったけだ。

   わたしがかれの幸福そのものだということを、わたしは知っている。



 も、もしかして、これってぼくへの?(≧▽≦)

 と思っても仕方ないシチュエーションだよね。


 でね、そのときからぼく、春野先輩を女の子として意識するようになったんだ。

 ねえちゃんと同じ3年2組で、誕生日が一日ちがい、一個上のユキ先輩のこと。

 


      🐝



 あちゃあ、まさかのまさか、おまえが年上好みなんて、ぜんぜん知らなかった。

 なんかさあ、すっごくいやらしい感じなんだけど~、あたしの同級生だなんて。


 ねえちゃんは、さもいやそうに言うけど、ぼくは恋愛に歳なんて関係ないと思う。

 それに、まさかとは思うけど、とうさんかあさんに告げ口したりして欲しくない。


 その辺のところは、さすがにきっちりしているだろうと信じているけど、この先、春野先輩とホンモノの恋人になってもプライベートな介入はいっさい控えて欲しい。


 それから、言うまでもないけど、学校でもふざけてからかったりなどしないでよ。

 両方のクラスメイトにも、むろん吹奏楽のメンバーにもおくびにも出さないでよ。


 蓼食う虫も好き好きっちゅうか、ああ見えて隠れ春野ファン、けっこういるから、ライバル多いよ……って言ったのはねえちゃんなんだし、ちゃんと責任とってよね。

 


      🐙



 ブッチャケここだけの話だけどね、ぼく、春野先輩を意識するようになってから、少しだけ大人に近づいたような気がするんだ、ふふふ、からだも、こころもね。✨


 いままで悩みのタネだった背だって、急に伸びて来たし、ほら、このあたりもゴツゴツして来たし、なんかさあ、からだ中に力がみなぎって来たような気がするんだ。


 ピアノも巧みだけど、リズム感が抜群で、吹奏楽部のパーカッション系を任されているユキ先輩、ひときわ華奢きゃしゃで可憐なタイプだから、ぼくが守ってあげなきゃね。


 勝手にファンクラブを名乗っている連中に、ぼくの春野先輩を渡したりはしない。

 往時のスペインのロバと詩人の絆で結ばれているのは、ぼくたちだけなんだから。


 

      🎉



 ――今日はまあなんとすてきな男振りだ、プラテーロ! ここへおいで……今朝、マカーリアがとくに念入りに磨いてくれたんだね! きみの白いところも黒いところも、まるで雨あがりの昼と夜のように、全体が光り輝き、くっきりと浮かんでいる。


 プラテーロはそんなすがたに見えるのが、ちょっときまりわるく、ゆっくりとわたしのほうへやって来る。浴びた水でまだ濡れたまま、とても清らかで、はだかの少女みたいだ。顔は、夜明けのように晴ればれとしていて、大きな黒い瞳は、輝きの女神アグライアーに熱と光をさずけられたかのごとく、溌溂はつらつとしてきらめく。


 そんな言葉をかけていると、とつぜん激しく友情がこみあげ、プラテーロの頭をつかまえ、やさしく押さえてゆさぶり、くすぐってやる……かれは目を伏せてやんわりと耳で防ぎながらも、そのままわたしから離れない。そして、ふと離れると、ふざけ好きの犬ころのようにちょっと走って行き、そうかと思うと、いきなり立ち止まる。


「なんとすてきな男振りだ、ほんとに!」とわたしはくりかえす。するとプラテーロは貧しい子どもが新しい服を着たときみたいに、おずおずと走り出し、うれしそうに聞き耳を立て、わたしのほうを見て、話しかけながら逃げて行く。それから色あざやかな風鈴草ふうりんそうを食べるようなふりをして、馬屋の入口のところでじっと待っている。

      


      🕊️



 どう? 前言をひるがえすと、ノーベル賞も当然っていう感じ、分かるでしょう。

 この詩の叙情を共有できる春野先輩が、どれほどステキな心の持ち主なのかもね。


 プラテーロと詩人、ユキ先輩とぼく……巡り会うべくして、巡り会ったんだよね。

 いまのところみんなには内緒だけど、いつかきっと真実の恋を実らせてみせるよ。

 


 


 


 


 


 






 



 


 

 


 


 

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