退屈な死神は禁忌を犯す

根丑虎

第1話

 やあ、僕は死神。

 みんな知っての通り寿命を迎えた人の下に現れる神様だよ。

 骸骨頭に黒いローブ、大きな鎌。典型的な死神さ。


 でもまあ、今は人の数も大分増えていて、わざわざ死期の近い人のところに行ったりはしないけどね。そんなことしてたら過労死しちゃうよ。


 さて、そんな僕は今、死後の人の魂をあの世へ導くという仕事をしている。

 なんだけど、流石にそろそろ飽きてきちゃって退屈なんだよね。


 だから、禁忌を犯そうと思って。


 急に思想が飛躍しすぎって思った?そう思うのも分からなくはないんだけど、僕だって何万年もこの仕事をしてるんだから、結構我慢できた方だよ?


 禁忌を犯したら、僕の存在は消えて、また別の死神が誕生するらしい。興味深いね。


 死神にとっての禁忌は、死にゆく運命の生物を無理やり生かすことなんだ。

 結構簡単でしょ?神の力をもってすれば、そんなことは赤子の手をひねるくらい簡単なことだ。


 じゃあ、どうしよっかなー、良い感じの人いないかなー。


 僕は街を飛び回る。

 そしていい感じに寿命を迎えそうな人を探す。


 それはすぐ見つかった。


 おお、良い感じの人発見。女の人かー、若いなー、二十代後半だろうね。

 なになに、余命あと三時間、死因は窒息死。


 自殺かー、最近多いよね。ここ数十年でかなり増えちゃって、おかげでこっちの仕事も増えちゃってね。


 そして三時間後、自宅のマンションの一室に帰った女性は、天井からロープをぶら下げて、先端がわっかになったそれに首を入れた。

 あとは土台をどかせばそのうち窒息するだろう。


 ま、させないけどね~。


 超能力で縄を切る。支えを失った女性の体は、物理法則に従って床に落ちた。


 不思議そうにあたりを見回している。

 僕の姿は見えないけど。

 自殺は止めた、けど寿命は数分しか伸びていない。


 懲りないね。

 自殺に失敗した人は、大抵二回目は怖くなってやらないんだけどな。


 彼女はまた似たようなロープを吊り下げた。


 無駄だって~。


 もう一度ロープを切る。

 やっぱりまた彼女は不思議そうに辺りを見回す。


 天丼は三回までにしてほしいな~。


 そんなことを思っていたけど、どうやら二回で終わりらしい。

 でも余命はあと数分だ。じゃあどうするのか。


 彼女はおぼつかない足取りでキッチンへと向かった。

 

 包丁でも使うのかな?

 心臓?頸動脈?どっちでもいいけど僕の前じゃ死ねないよ。


 予想通り包丁を手にした彼女は、首筋にそれを当てた。頸動脈を切って出血死するつもりだろう。


 だから、無理だって~。


 僕は彼女の手から包丁を取り上げる。

 取り上げると言っても超能力で手から滑らせただけだけどね。


 床に落ちた包丁を見て、彼女の目は恐怖の色に染まった。


 「まさか……神が私を生きさせようとしてる……?」


 せいか~い!


 ま、そんなこと本気では思ってないだろうけど。


 その後も、リストカット、飛び降り、一酸化炭素中毒、そのすべてを阻止した。

 だけど全然寿命が延びない。


 そろそろ痺れを切らしてしまって、人間にも見える姿になって安直に彼女の前に出て行った。


 「ねえ、何でそんなに死のうとするわけ?」


 「わぁ!!」


 めちゃくちゃ吃驚している。そりゃあ突然骸骨が出てきたらそうなるか。

 あ、腰抜かした。


 「あ、ごめん。そんなに驚かすつもりはなかったんだけど……」


 床に腰を付いた彼女は、わなわなと震えている。


 「まあ、とりあえず落ち着いて」


 それから話せるようになるまで一時間かかった。


 「……それで、あなたは何者なんですか?」


 「うーん、死神?」


 「なんで疑問形なんですか!っていうか、死神なら私をさっさと殺してください!」


 怒り心頭のご様子。

 何でって言われてもなあ、気分としか言いようがないんだよね。


 「なんか死神の仕事飽きちゃって、死神が人を助けたらどうなるかなぁ~って思って」


 「……私は死にたいんですが」


 「諦めてっ」


 「お茶目に言わないでください!」


 「そんなこと言われてもなぁ~、もう後に引けないしな~」


 「…………」


 「なんで死にたいの?」


 「…………え」


 ここまで彼女を追いつめるのはなんだろうか。それさえわかれば対策のしようもあるよね。


 しばらく沈黙が続いて、ようやく口を開く。


 「……実は、会社の人間関係が難しくて」


 一度話してしまったからか、濁流のように感情が乗った言葉が放たれる。


 「私、この歳で課長という地位に就いたんですが、それに対する嫉妬が強くて、陰口とかも私の耳に届くくらいで……それに、階級的には部下でも、年齢や社内歴の上の人たちも多くてどう接したらいいのか分からないし、仕事は忙しくて休みは取れないし、上司には期待されているから裏切るようなことはできないし……お酒弱いけど飲み会は行かないといけないし」


 えれえこった。


 「苦労してるんだね」


 「はい……」


 返事をする彼女の瞳は、今にも泣きそうだった。


 「そんなに辛いならさ、転職しちゃえば?」


 「……え?」


 神様パワーでこの子のこと色々調べたけど、結構優秀だった。ってか、なんでこんな仕事してるのか分からないくらい。


 「TOEIC九百点、国家資格もいくつか持っている。パソコンの資格もあって有名大学卒業。そんな有能人材、どこに行っても採用してくれると思うけどなー」


 「で、でも転職できるほど社会は甘くないってお父さん言ってたし、今の会社を裏切れないし……」


 なんか、この子損する性格してるな。

 それに、今の一言で親の教育もあまりよろしくなかったように思える。


 「君が何を教えられて、どう育ったのかは知らないけどさ」


 僕は彼女の目を真っすぐに見て言った。


 「君が思うより社会は厳しくないんじゃないかな」


 「……え」


 それが彼女の何かに触れたのだろう。今まで抑え込んできたものが涙としてぼろぼろと溢れてくる。


 「君は自分を過小評価しすぎている。それほどの実績があるなら転職なんて楽々よ」


 「で、でも……」


 「まあ、まだ迷うんだったら誰か信用のおける人に相談しなよ。親友の一人くらいいるでしょ?」


 「……あ」


 思い当たる節があったようだ。


 お!寿命が延びた!


 「もっと柔軟に考えなよ」


 「はい!」


 いい笑顔だ。


 「……あ、体が!」


 「ん?ああ……」


 僕の体が半透明になっている。


 「君の寿命が延びたから、もう僕の姿は見えなくなるんだよ。死神は死の直前の人間にしか見えないからね」

 

 「そうなんですか……」


 あれ、しょんぼりしてる?


 「ふふ。またいつか会えるよ。でも、自殺はダメだよ?」


 「……はい!」


 やはり、良い笑顔だ。


 彼女にはそう言ったが、姿を消すくらいならこんな回りくどいことはしない。

 だからこれは、禁忌を犯した罰だろう。


 ――ああ、僕も消えるのか。


 なんだかんだ言って楽しかったな。


 「じゃあ、またね」


 その一言は彼女に言ったのか、それとも僕自身に言ったのか、自分でもよく分からなかった。


 

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