悪魔は揃って微笑んだ。
はじめアキラ
悪魔は揃って微笑んだ。
「やっぱり、此処にあったわ!」
彼女はそんな僕の苦い気持ちもなんのその、机の引き出しの三段目からノートのようなものを取り出した。ご丁寧に、表紙には“diary”の文字がある。こんなカンタンに秘密の日記って見つかっていいもんかなあ、と僕は少々呆れてしまった。ご丁寧に、せっかくの鍵付きの日記なのに、鍵も外れて垂れ下がったままなのだから全く意味がない。
「何か残ってるんじゃないかなって思うのよ、此処に。見てみましょうよ。おばさんが帰って海外旅行行ってる今が、家探しする大チャンスでしょ?」
「家探しって、本当に家中探し回る気かよ美紀子。此処、周助一人で住んでるわけじゃないんだぞ。いくらなんでもまずいじゃないか」
「合鍵持たされてる元カノに何言ってるのよ。持たせたまま忘れてるあいつがいけないの!」
「ええ……」
事情が事情なのはわかっている。それでも、人の日記を勝手に見るのは気が引けた。僕が赤い日記帳の表紙を見ながらまごついていると、後ろで黙って様子を見ていた
「迷う意味ある?周助の元カノは美紀子だけど、一番の親友だったのはあんたでしょう」
「そうそう。雅人だって知りたがってるんじゃないのか。なんで周助が……
「……」
そう。僕達が今此処にいる理由。
わざわざ元カノの美紀子に合鍵を借りてまで、こっそり周助の家と部屋に忍び込んでいる理由。
全ては周助が起こしたとされる、殺人事件の真相を知るためだった。つい一週間前のことなのである。中学時代の仲良しグループである僕ら六人のうちの一人、健太が惨殺死体として発見されたのは。
傍には、周助が大事にしていたキーホルダーらしきものが落ちていた。ゆえに、どうやら元仲間のみんなは、揃いも揃って周助が健太殺しの犯人だと決め付けているらしい。そして、何故周助が健太を殺したのか、その真相を調査したいと僕を誘ってきたのだ。
「確かに、僕だって……誰が健太を殺したのかは知りたいよ。友達だったんだからさ。でも、周助が殺したと決め付けるのは早計じゃないか?ここまで調べて、無実だったらどうするんだよ」
中学時代は、六人でいっつも遊び歩いていた。
引っ込み思案な僕。
みんなのアイドルだった美紀子。
その美紀子の彼氏で、イケメンのサッカー部員だった周助。
手先が起用で、勉強がとてもよくできた健太。
そして派手好きの英理奈と、その彼氏の壮一。
この様子だと、英理奈と壮一の関係は今でも続いているのかもしれない。美紀子と周助は、卒業式の時に大喧嘩をしてそのまま別れてしまったことで語り草となってしまっていたが。
「無実なら、なんで周助はいなくなったのよ。やましいことがあるからなんじゃないの?」
元カノなのに――いや、元カノだからこそ、だろうか。美紀子は庇う気配もなくストレートに告げる。
「他のトラブルに巻き込まれて失踪した可能性もあるとは思うけど。それならそれで、しっかり調べて無実を証明してやるのが、親友だったあんたの仕事だと思うんだけど?ほら、さっさと見る見る」
「ええ……」
「何よ、真相を知りたい気持ちがゼロなら、なんであんたは此処にいるのって話でしょ。本当は気になってるから来たんじゃない?中学の頃の友達が、今どうしちゃってるのかも含めてさ」
「うう……」
なんだか、うまくやり込められた気がしないでもない。僕は渋々、日記帳を受け取った。ぶらん、と垂れ下がっている南京錠が酷く虚しい。よく見たら、鍵が開いているのではなくカバーが破れて鍵部分が取れかかっているのが原因らしかった。顔はいいのに結構なズボラだった周助を思いだし、溜息をつく僕である。日記なんてプライバシーの塊のようなもの、書くなら書くでちゃんと管理しなくちゃだめじゃないか、と。
六人組だったが、僕が一番一緒にいることが多かったのが周助だった。周助はイケメンで女の子に黄色い声援を浴びせられることが多かったわりに、気取ることもなく面倒見もいいみんなの兄貴分として同性にも人気があったのである。頭も良かったので、よく試験勉強の折には世話になっていた。そんな彼と美紀子が付き合うと聞いた時は心底納得したのである。アイドル的美少女の美紀子とイケメン周助、とてもお似合いのカップルに見えたからだ。
残念ながら彼は高校に入ってすぐ、親の転勤で引越しが決まり。本人が不便さゆえ寮暮らしになってから、それとなく疎遠になってしまっていたのだが。それでも、毎年年賀状のやり取りは欠かしたことがなかったし、ごく希にとはいえ電話もしていた。建築家になる夢ができた、いつか家族のための家を自分が設計してやるんだ――そう明るい声で話してくれたのが、最後の記憶である。
だから、信じられないのだ。何故、健太が死んだのか。その犯人として周助が疑われているのか。そして、肝心の周助は一体どこに消えてしまったというのか――。
――こんな家探し僕達がしたって……もうとっくに警察が調べてそうなもんだってのに……。
苦い気持ちのまま、僕は日記帳を受け取った。そして、あれ?と首を傾げることになるのである。
「なあ、美紀子……これ、おかしくないか?」
「え?何が?」
「ほら、よく見ろって。背表紙の厚みのわりに、ページが少なすぎるじゃんか。よく見たら、ページとページの間がスカスカだし……」
文字が書かれている数ページと、少量の白紙。それを除き、ページの殆どが喪失しているのである。この日記は、ページを丁寧にひっぱると、欲しいページだけ綺麗に破けるようにできているらしかった。
「書きミスして、周助が自分で捨てたんじゃないか?」
壮一は呑気にそう言うが、僕にはそうは思えなかった。なんといっても、消失したページ数が多すぎる。いくら周助がズボラなところがあるといっても、これだけ大量に書き損じなんてするものだろうか。
僕は首を傾げながらも、それ以外のページを見た。数少ない、文字が書かれたページには、このような事が記されている。
『それからの日々は、俺にとって地獄のようなものだった。
今まで見ていた世界ががらりと色を変えてしまった瞬間を知った。
どうすればいいんだ。先生達に言っても、全然信じてもらえない……』
日付からすると、相当昔のものである。自分達がまだ中学生だったころだ。そのせいか、やや紙も劣化して黄ばんでいる印象である。
「それからの日々っていうの、なんなのかしらねー」
英理奈が長い茶髪をくりくりと弄りながら言った。真実を調べに来たはずなのに、さっきから調査の大半を僕らに丸投げしているように見えるのは気のせいだろうか。壮一も壮一で、しれっとそんな英理奈の腰に手を回してつっ立っているだけときている。
「……それから、っていうからには。何かの出来事からの“それから”だと思うんだけど」
まあ、言っている言葉だけは真っ当だ。僕は渋い顔になりつつも告げた。
「地獄っていうからには、よほどの出来事があったんだと思うんだけど。英理奈は、心当たりないの?壮一は?」
「ぜんぜーん」
「さあなあ。むしろ、お前ならわかるんじゃないかと思ったんだけど」
「いやわかんないって。わかんないから訊いてるんだってば」
『このままじゃ、健太があまりにも可哀想だ。
こんな風にいじめられていいような奴じゃない。なんでいじめれた人間が肩身が狭い思いをしなくちゃいけないんだ。なんで泣いて暮らさないといけないんだ。
この落とし前は、必ずつけてやる。でも、どうすればいい。俺一人の力じゃ、復讐なんかできない。あいつは絶対に巻き込めない。どうすれば』
『結局、このまま中学を卒業してしまった。俺は、臆病者だ。結局裁くべきやつらを逃してしまうなんて』
『殺してやる。
絶対に、殺してやる。まさか、中学だけじゃなくて、今の今まで』
「……これ、犯行声明じゃないの?怖くない?」
呆然とする僕の手元を覗き込んでいた美紀子が、やや不安げな顔で告げた。
「しかも、“やつら”ってことは……殺したい奴は一人じゃないってことでしょ。連続殺人?まだ犠牲者が出るってこと?」
「だから、美紀子!なんで当然のように、周助が健太を殺したことになってるんだよ。この書き方だと、周助は健太を心配してただけじゃないか。殺すって言ったら、加害者の奴をってことだろ。……っていうかこの書き方からして、健太はいじめに遭ってたっぽいよな」
それからの日々、というのは。健太がいじめられるようになってからの日々、という意味であったということか。
問題は、一番最後の一枚は、わりとつい最近書かれたものであるらしいということだ。日付が極めて新しい。一ヶ月くらい前が記されている。一体彼は、誰に対して殺してやると息巻いていたのだろう。中学の頃からの知り合いであったことは間違いないが。
「壮一、確か健太と同じ会社に務めてたって言ってなかったっけ。ほんとに何も知らないのか」
「知らねーって。同じ会社といっても、部署が一緒ってわけじゃないし。あいつと再会しても、殆ど話すことなんかなかったしさあ」
「そっか……じゃあ、わかんないか……」
加害者達の名前は、何処にも書かれていない。僕はつい、昔の癖で日記をくるくる回して眺めた。一時期、僕と周助の間ではいわゆる“暗号ゲーム”なるものが流行していたのである。お互いに紙を渡して、そこに暗号を潜ませ、秘密のメッセージを読み解くというものだ。当時流行していた探偵モノのアニメの影響だった。周助はスポーツマンだったが、アニメや漫画にも明るく、多方面で話がわかる気のいい奴だったのである。
そんな僕の所作を見てか、ねえねえ!と美紀子が声を弾ませて来た。
「何か暗号とか、見つかった?日記の中にさ、そういうの隠れてたりしない?だって二人の間で流行してたんでしょ、そういう暗号ゲーム。雅人と周助の二人でしょっちゅう遊んでたもんね。周助だけにわかる暗号とか、そこに隠れてたりしないー?」
「おいおい」
ああ、そういうことか。僕は納得した。執拗に、美紀子が“僕”に日記帳を見て欲しいと願ったわけ。この日記の中に、暗号が隠れているかもしれないと考えたせいなのだろう。僕だけに分かる暗号がどこかに潜んでいたら困るから――。
――え?
その時。僕は唐突に――ある恐ろしい可能性に思い至ってしまった。
日記をくるくると回して見ながら、思う。暗号らしきものは隠れていない。しかし、よくよく考えてみればこの“日記”そのものが、事件の大きなヒントになっているような気がしてならないのだ。そうだ、彼が本当に殺人犯ならば。こんな日記など、そうそう残したままにしておくだろうか。だって自白しているようなものではないか。此処に書いてある“殺してやりたい”相手が別の人間であったとしても。状況的に考えれば、犯行予告を行っているなどと誤解されてもおかしくあるまい。
――いや、違う。そもそもなんで……僕は、“この日記を手にすることができている”んだ……?
ぞわり、と。背筋が寒くなった。
「どうしたの、雅人」
美紀子の声が降ってくる。僕は、青ざめた顔を隠すように、日記を掲げて“なんでもない”と声を振り絞った。
そうだ、どうして気づかなかった。
何故、みんなは周助が健太を殺したと決め付けている?
何故、美紀子は中学で別れたはずの周助の合鍵を持っていた?周助の実家は一度引越しをしているはずなのに?
何故、美紀子はあっさりとこの日記を発見できた?
何故、こんなにも都合よく鍵の部分が破れて、カンタンに中が見えるようになっている?
何故、ページがいくつも破り捨てられている?
何故、残されたページには都合よく“いじめの加害者”の名前が出てこない?
――そして何故、僕は、此処に呼ばれた?そんでもって、健太をいじめていたのは……。
『結局、このまま中学を卒業してしまった。俺は、臆病者だ。結局裁くべきやつらを逃してしまうなんて』
『壮一、確か健太と同じ会社に務めてたって言ってなかったっけ。何か知らないのか』
『殺してやる。
絶対に、殺してやる。まさか、中学だけじゃなくて、今の今まで』
『何か暗号とか、見つかった?日記の中にさ、そういうの隠れてたりしない?だって二人の間で流行してたんでしょ、そういう暗号ゲーム。雅人と周助の二人でしょっちゅう遊んでたもんね。周助だけにわかる暗号とか、そこに隠れてたりしないー?』
決まっている。
この日記や部屋のどこかに、まだ。残された周助の暗号が――健太をいじめた奴らに関する情報が残っていないかを、僕に調べさせるためだ。
それがバレると、困るから。
健太を、恐らくは周助をも殺した本当の犯人が割れてしまう可能性があるから、だとしたら。
「ちょっと、どうしたんだってばー雅人固まっちゃって」
「あは、凄い顔色だけどどうしたの?」
「おいおい、何かわかったか?見つかったか?教えてくれよ、なあ」
振り返ったその先。
悪魔が揃って、微笑んでいた。
悪魔は揃って微笑んだ。 はじめアキラ @last_eden
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