夏の記憶
十四歳の夏休み、川遊びの最中に転び、右足首の内側を擦りむいた。大した傷口ではなかったのに結構な失血量だったことを覚えている。川から上がり、河原と続く草むらで、じっとしていた。川辺はさわやかで、とても暑い日だった。太陽は高く、揺らめく川面はきらきらと眩しい。向こう岸にそびえる山々の緑は深く、静かな影を作っていた。笑い声が響いて、鳥が高く飛んでいた。静かだった。
立ち上がると、わずかなめまいと共に、足首の傷がじんわりと痛んだ。まだ失血が止まっていないようだった。
その日は、一緒に来ていたそう親しくもないクラスメイト等に声をかけて、そのまま帰った。そもそもなぜ遊びに誘われたのかすら不思議だったくらいで、先に帰ることを伝えた時も、彼らの態度は「まだ居たのか」というくらいにそっけないものだった。
足首に巻いたタオルが、体温と血の生温かさを伝える。一漕ぎごとにじわじわと痛い傷口、自転車のペダルは軽くない。帰ったらシャワーを浴びて寝てしまおう。そればかりを思った。
家につく頃にはさすがに血も止まっていた。さっぱりとしてから傷口を消毒し、夕方前の穏やかな明るさの中で、ふらりと横になった。
目覚めると、長い夕焼けの終わりだった。夜の闇と紫、それから太陽を隠す雲の怪しい桃色。夕焼けはいつも美しいが、私のもっとも好きな、青と薄緑、黄色とピンクのグラデーションに、夜の闇は予感のみでまだ姿の無い、その瞬間を見逃してしまったという若干の後悔。それも一瞬。眺めているうちに、空は闇ひと色になっていった。
縁側に続く和室は、日は当たらず風通しが良い。夕日の沈んだ山の稜線から、もう少し視線を落とせば、青く揺れる稲が遠く山の麓まで続くように見えた。
傷口はすっかり乾いていた。母や兄の呼ぶ声、テレビの笑い声、風呂場には祖母の気配。からあげの匂いに促されて、わたしは立ち上がった。
夏休みが終わる頃、傷は跡形もなく消えていた。しかしそれまで気がつかなかった小さなホクロを私はそこに初めてみとめた。触ってみるとすこし膨らんでいたが、黒いかたまりは透明な皮膚の下に潜っているようだった。小石でも埋まってしまったのだろうか。痛くもなく、そう気にするようなものでもないと放っておいた。
そう親しくもないクラスメイトらは、騒がしい。休み中に起こった、珍しくもない多くのことで笑いあい、見下しあっている。私はその残暑の中、机におでこを押し当てていた。
「あいつ、川でこけたんよ」
複数の視線が一斉にこちらを向くのがわかる。だからどうしたの? と、かけてやりたい言葉は発せずじまい。彼らは私を笑うことで安心しているのだ、と自らに言い聞かせ、わたしは安心しようとする。
おでこから伝わった熱に、机も9月らしい温度になっていく。
ーーーーーーーーーー
書き付けたのは 2020/8
実はこれ、夢だったのか現実だったのか、よくわからない。
足首のホクロもいつしか消えてしまったけども、ディティールが細かすぎるので現実だったということにしている。
白昼夢のような夏の記憶。
何気ない記憶の書き付け となえるかもめ(かわな) @toNae107
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