第8話 邪神の巫女(凛兎side)

「邪神の巫女ってなんなの」


私が口を尖らせて目の前にいるアシェルに尋ねると、アシェルは一瞬考えた様子を見せた。


びしょびしょだった私は風呂に入れられて、綺麗な服を着せられて、毎日三食食べさせられて数日が経った。

布団はふかふかで暇潰しに本を与えられて(何故か読める)、3時のおやつもくれる。

そんな中、今日はアシェルが色々教えてくれると言って部屋にやって来たのだ。


「邪神の生まれ変わり」


「だから何それ」


あんまり答えになっていない。そもそも邪神ってなんなのか分からないし、なんで巫女なのかも分からない。

どうしたらいいのか考えていると、アシェルがふっと笑った。


「身近な人間が急に死んだり、不審なことが起きたり、そういうの無かった?」


思わず、身体を強張らせた。私が俯くと、アシェルはじっと私のほうを見ているみたいだった。


「邪神の生まれ変わりは不幸体質だ。邪神の影響が顕著に出る。悪い気を引き寄せるんだ」


じゃあ、やっぱりそんなの、家族が死んだのも全部私のせいってことじゃない。


「邪神は主神が神を創造するときに生まれたバグ。世界を憎み、主神を殺そうとして返り討ちに遭い、魂は散り散りになって色んな世界に飛んだ。…というのも、邪神は時空と破壊の神で世界を超えられたからだ。あんたは散り散りになった邪神の魂の一部ってわけ」


「邪神の、魂の一部………」


よく分からない。分からないけど、そんなんなら生まれてきたく無かったし、死にたかった。

でも魂が邪神なら、生まれ変わっても同じなのかな。


「しかし、主神も深傷を負った。神でいられなくなった彼女は神子として人間に生まれ変わることにした。今も人間として生まれ変わりを繰り返している」


「ミコ…?」


「あんたとは違う。神の子で神子だ。唯一魔王を消滅させられる切り札。それを殺すだけでなく、魂を壊せるのが、邪神の巫女」


アシェルのその言葉にこの人たちが私に何を求めているのか分かった。

魔族だって言ってたし、魔王ってのはきっと王子様であるアシェルのお父さんだ。

そのお父さんを守るために、私に神子を殺して欲しいんだ。しかも2度と生まれ変われないように。


「邪神の破壊の力は絶大だ。すっかり人間に身を落とした主神の魂くらいカケラのあんたでも破壊出来るだろうな」


「…、そう、それで私を召喚したのね」


理由が分かったことで逆にスッキリした。殺すとか魂を破壊とか言われても嫌だけど。


「俺は邪神の生まれ変わりじゃないが、母親がこの世界に産まれた邪神の巫女で魔女だった。そのせいか時空に干渉できるくらいの力はある。だから、お前を喚べた」


「…、そうなの。余計なことしてくれたわね」


ツンとしてそう言うとアシェルは今度はふはっと笑った。何がツボなのか全く分からない。

これが物語なら魔王は悪で神子はきっと勇者の仲間とか、そんなんだろう。


結局私は前の世界でもこの世界でも死神ってわけだ。


「自殺しようとしてた?」


アシェルに言われて思わず彼を睨んだ。私の顔を見て図星だなと呟くなんて失礼にも程がある。


「俺の力は自らが世界を渡るか、存在が希薄になった奴を召喚できるくらいだ。世界から離れるとき、それは死ぬ時。つまり、邪神の生まれ変わりで死のうとしてたお前が条件にピッタリだった」


どうやら自殺したのが裏目に出てこんなトンチキ異世界に来てしまったらしい。

アシェルはにやにやしながら得意げに話すが、いい迷惑だ。


「私も世界を渡るとか出来るってこと?」


「いや、アンタは破壊の面が強いみたいだな。無理だ」


つまり元の世界に帰る手立てもない。


まあ、もう家族も居ないし、戻ってもきっとまた色々失って死ぬだけだ。意味なんてないけど。

でも死ぬならこんな異世界じゃなくて家族、お兄ちゃんのいたもとの世界が良かった。


「アンタの仕事が終わったら帰してやってもいい。ついでにその体質も治せないことはない」


「…、え………」


アシェルはつんと私のおでこをつついた。

周りの人を不幸にしてきた…殺してきた…、そんな私の体質が治る?

アシェルを思わず見上げると相変わらずにやにやしていて胡散臭い。


「…、治してなんになるって言うの?」


そうだ。でも、治ったところでお母さんもお父さんもお兄ちゃんもみんないない。


「元の世界で幸せになればいい」


「…、幸せ?私が両親もお兄ちゃんも殺したのに、幸せですって?」


思わずアシェルを睨んだ。全く動じない彼は相変わらず貼り付けたような笑みで、何を考えているかなんて全く分からなかった。

それにこの人はそのために神子を、人を殺せって私に言っているじゃない。


「邪神のせいだ。アンタの意思でもせいでもない。深く考えすぎだ」


そんなことない。私が居なければみんな死ななかったんじゃない。

思わず俯くと、アシェルはぽんと私の頭に手を乗せた。

彼は無言で私の頭を撫でた。もちろん表情なんか全く見えなかった。


「……、俺がアンタのオニイチャンなら、アンタを恨まないし、幸せになって欲しいと思うけど?」


「っ、あ、アンタに何が分かるって言うのよ!!!」


アシェルの言葉についカッとなる。強く手を振り払い、彼を見上げると、驚くほど無表情だった。

彼の真紅の瞳はしっかり私を見据えていて、背筋が思わずゾッとする。


無表情だった彼は一瞬私が振り払ったせいで宙に浮いた自らの手を横目で見てから、またへらっと胡散臭い笑みを顔に戻した。


「いや、俺にも下のキョーダイが居るからよ」


「…え、アンタも兄なの?」


「あー…兄…、悪魔には性別がないからそう言うかは微妙だけど、まあ、そう。今は男の姿だし、だから王子だし、兄かな」


首を傾げるとアシェルは説明してくれた。悪魔には決まった性別がなく、自分で好きな方の姿をとって暮らしているらしい。

背丈や筋肉量、物理的な力を考えて、男性の姿が人気らしい。


「双子のキョーダイでさ、かわいいんだ」


アシェルが表情を少しだけ崩した。初めてアシェルの本当の笑顔を見たような気がした。


本当に大切な兄弟なんだ。


「だから俺はアイツらの為にも、自分のやるべきことをやらなきゃいけない」


「…、そう」


「俺の言う通りにしてれば、大丈夫」


何の根拠もない。大丈夫だなんて嘘に決まってる。

結局私には選択権はないのだと、今日この瞬間、私は悟った。


なら私は私で、利用してやればいいのよ。


「分かったわ」


私がそう返事をするとアシェルは黙ったまま、ただ、私にまた胡散臭い笑みを向けた。



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女の子が逞しい異世界に転移した俺はどう足掻いてもヒロイン扱いされる 加賀見 美怜 @ribon-lei-0916

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