第11話 アルバと真実の愛

「別に完全に解けなくてもいいんだ。ずっとこのままでも。子供だとアルバとの結婚は難しかったかもしれないけど、こうして大人にもなれるわけだし。問題なんてなんにもない」


 まずいと頭の奥で警鐘を鳴らしていた。

 引き返せなくなるところまできて、困るのはアルバ自身だ。

 平和な人生に影響が出る前に、と問題点をひねり出す。


「いや、家のことだって問題はあるでしょう」


 かたや領地を治める貴族で、かたやその町に住む庶民である。

 さらにいえば雇い主と雇われ治療師。


「え? 呪いを解いてくれたアルバのこと、悪く言う人がいるわけないじゃない。それに僕は姿を見せない領主だからね、アルバがいてくれるなら、このまま屋敷に籠っていたって一向に構わないし」


 リオは一切動じない。

 慌てるのは、アルバの方である。


「いやいやいや、リオ、よく考えて。あなたはただ『真実の愛』の言葉に惑わされてるだけよ。私を愛さなくたって回復魔法で呪いは解けたのよ」


 呪いよりも、リオの思い込みを解かなければいけない。

 ただの町の治療師一人に熱を上げるには、リオの肩書は重いのだ。

 ちらりとカールを見れば、空気のように存在感を消している。口を挟む気はさらさらなさそうだ。


 私がしっかりしなければ、とこぶしに力を入れたアルバをよそに、リオはのんびりとした口調で言う。


「でも僕は、呪いが解けて大人の姿になる前からアルバのこと気に入ってたから。どう言ったら信じてもらえるかな。ああ、ほら、退院する前からついて回ってたでしょ?」


 そう言われれば、安静にしてと何度伝えてもリオは言うことを聞かず、アルバの後をついてきていた。


 そうね、たしかに。退院する前は呪いは解けていなかったはずだし。

 思わず力が抜けたアルバに畳みかけるように、のんびりとした言葉は続く。


「だからね、僕としてはすごく都合が良かったんだ。『真実の愛』が呪いを解いてくれたことも、アルバが『真実の愛』だったことも。好きな女の子が僕の隣に居てくれる理由になるからね」


 うぐ、と言葉に詰まるほどに、リオの目は真面目で、熱を帯び、よく知る子供のリオのように懐っこく。

 リオの青色から目が離せない。

 アルバは、ぱくぱくと無音の声を上げた。


「アルバが僕のこと嫌いだって言うなら考え直すけど…………でも、アルバ、僕のこと好きでしょう?」


 そう言って、アルバが書いた手紙を見せつけてきた。


 思いもよらない話を聞かされ、すっかり忘れていたが、リオの手には青色のトリに乗せて飛ばした手紙がある。

 たしかにそこには「会いたい」「いつも想っている」と書き綴って、見れば見るほどラブレターのよう。


 でもそれは気晴らしをしたいという意味であって、ラブレターとは意味が違うというか。

 だからと言って会えなくなるのは、それも違うというか。


 いつの間にかリオの存在が大きくなっていたことは認めるしかない。アルバは押し黙る。


「アルバ、僕と結婚してほしい」


 そこへ放たれた彼からの真面目な顔の求婚に、アルバは瞬時に顔を背けていた。全力で。

 自分の顔面の影響力を把握したうえでの行動を恨めしくすら思う。


「〜〜〜〜恋人にはなれないって」

「子供じゃなければいいんだよね」

「からかわないでって言った……」

「からかってないよ。僕はいつも本当のことしか言わないんだ」


 子供だからこそ保てていた平常心はもはや機能していない。

 目の前の青年は悪戯っぽく口端を上げる。


「僕と結婚したら楽しいよ。楽しませてあげる。結婚しよう?」

「──いえ、オトモダチからで」


 じゃなければ、心臓が持たない。


「はは、つれないアルバも大好きだ」


 自分の言動に顔を染める珍しいアルバを前に、リオは嬉しそうに笑ったのだった。



 ◇◇◇



 アルバは町での往診を終え、屋敷の私室へ戻ってきた。

 帰宅途中に買ってきたお菓子とお茶を広げて、一息つく。


 ──コンコン


 ドアを叩く音に、アルバは手に持っていたお菓子を置いてドアを開けた。

 そろそろ顔が見たいなと思っていたその人──リオが大きな花束をすっぽりと腕の中に収めて佇んでいる。

 見たことのある光景にアルバは自然と微笑んだ。


「アルバ、僕と結婚してほしい」


 そう言って差し出された花束を、アルバは受け取っていた。

 リオの目と同じ色の、大好きな青色の花束を。

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困ったことに、呪われた美少年が私に愛を囁くんですが 夕山晴 @yuharu0209

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