第2話 古の森

目が覚めると、僕はベッドの上にいた。

 そこには、心配そうに覗き込む母と兄さんたちの姿があった。

「リーン、ああ、よかった」

 母にぎゅっと抱きしめられて、何か心配をかけたらしいことだけは分かった。

「お前の馬だけ戻ってきたって、厩番うまやばんが血相かいて飛び込んできたんだぞ」

 一番上の兄も、青ざめているように見えた。

「ごめんなさい、トレビヌス兄さん。トマスにも心配かけちゃったね。あとで謝っておかなくちゃ」

 すると今度は、2番目の兄のアディエスが顔を近づけて

「リーン、お前、いにしえの森なんてどうして行ったんだ」

 と聞いた。

「ちょっと遠乗りしてみたくなって、気がついたら森の近くまで行ってて…心配かけてごめんなさい」

 僕はそう答えたが、本当のところは少し違っていた。


 今朝は空も青く澄んでいて、僕はずいぶんと気分が良かったので、南の岬へ行ってみようと思い立ち、愛馬と久しぶりの遠乗りに出かけた。

 ところが、村はずれの橋を渡ったところで、誰かが助けを求めるような声が聞こえてきたのだ。

 愛馬の脚を止めて、声のする方向に目星をつけてゆっくりと馬を進ませた。

 声を聞き逃さないよに、ゆっくりと進み、立ち止まってまた耳を澄ます。

 そうして、その声に導かれるまま愛馬を走らせているうちに、僕はいつのまにか古の森の前まできていた。


 その森には、昔から恐ろしい竜が住むと言われており、子どもたちは、決して近寄ってはいけないと教えられて育つ。

 古の森には人の手が入らないため、森の中は地面までは太陽の光が届かない陰樹林で、下草も低い木々も枯れるほど、暗く鬱蒼うっそうとしているため、大人であっても怖がって近寄るものがない。


 そこまで来て、僕は初めてその声が耳に届いていたものでなく、自分の頭の中に直接聴こえていたことに気がついた。

 怖気付いた僕は、引き返そうとして手綱引いた。

 すると突然、ひどい頭痛に見舞われたのだ。

 目も開けていられないほどの頭痛に、このままでは危ないと思った僕は、なんとか馬から降りたところでふっと意識が途絶えた。



 兄たちの話では、あの辺りにすむ騎士が、自分の領土の巡回をしていたときに、倒れていた僕を見つけたらしい。

 病弱なことを理由に、城に上がったことの無い僕とは、直接面識は無かったけれど、馬具に刻まれた紋章でクラウドゥス公爵家の者と知り、屋敷まで送り届けてくれたそうだ。

 僕は、目の前で見た古の森のことを思い出していた。

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竜の森 しいのみ @y2shiinomi

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