理想の人

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理想の人

 待ち合わせ時間までもう少し。

 できるだけ人通りの少ない公園を待ち合わせ場所にしたのだけど……それでも通りすぎる人の視線が気になり、僕は顔を伏せてしまう。


 普段は家から出ない僕だけれど、今日だけは特別。

 あの人が会いたいって言ってくれたからだ。



 オンラインゲームゲーム『リンデンバーム』は、どこにでもあるような普通の作品で、リリース当初から人気は右肩下がり。4年程で閉鎖が決まっていた。


 新しいゲームを探せばいいのだし、それ自体は全くどうでもよかったのだけど……


 あの人に会えなくなるのだけが嫌だった。


 プレイヤーネーム『正宗』


 ゲームを始めてすぐに、適当に参加したギルドにいたその人は、とても男らしくて頼り甲斐があった。


 ……そう。

 僕はあろうことか、男性に恋をしてしまったんだ。



 前にやっていたゲームに飽きて、適当に新しい物を探していた頃、リンデンバームを見つけた。


(どうせ暇潰しだ、飽きれば新しいゲームをすればいい)


 そう考えていた僕は、キャラクターを女性に設定して、自分の好みを詰め込んでいた。


 ここだけの話、ネトゲはモテない男の巣窟なんじゃないかって思ってる。

 可愛い女の子の設定で話しかければ、男性が世話を焼いてくれたし。回復アイテムやお金をもらったり、時には課金アイテムまでプレゼントしてくれるものだから、真面目にプレイするのがバカらしくなる。


 そんな僕のことを、正宗さんはいつも近くで見守ってくれた。


 これといってお金を貢いでくれる訳でもないし、課金アイテムをくれるわけでもない。

 ただ一緒に居てくれて、同じクエストを消化したり、モンスターを倒しにいったり。


 きっと家族よりも一緒に居る時間は長かったと思う。



 落ち目のゲームだったし、当初組んでいたギルドも辞めていく人が続出してた。

 引き留めるのもなんだし、放置してたけど、正宗さんだけは辞めてほしくなかったから、一緒にギルドを作ろうって声をかけたんだ。


 それからは、辞めずに続けているトップランカーなんかに声をかけまくって、ギルドを発足して。

 僕がギルドマスターに、正宗さんをサブマスターに添えてせっせとゲームに励んだ。


 もちろん、コミュ障の僕には、問題が起こったときの対処なんかできないし。

 その辺も正宗さんがカバーしてくれたり。

 本当に頼りになるっていうか。



 こんな人になりたいって憧れがあったんだと思う。


 家族にも言えない自分の弱い部分も、この人だったら受け止めてくれれるかもしれないって思っちゃったんだ。


 僕はいわゆる引きこもり。


 中学生の時にいじめに遇い、高校は受験すらせずに籠った事。

 今では成人を迎えたが、14歳からの6年間はインターネットでしか人と話していない事。


 そういった事実を、正宗さんはちゃんと共感し受け止めてくれた。


 出会ったときに彼は新社会人だった。

 高校を卒業と同時に就職して、彼は彼なりに苦しいこともあっただろうけど、そんな事はおくびにも出さずに僕の話ばかりを聞いてくれる。


 自分ばっかり申し訳ないと、彼に伝えるが。


「愚痴なんか言うより、ルリちゃんが笑ってくれる事の方が、心を癒してくれるんだ」


 なんてキザな事を言うもんだから、モニターの向こう側で顔を真っ赤にしちゃったり。

 甘えさせてくれるのが嬉しかった。



 そのあとはすごい勢いで時間が過ぎたように思う。


 新イベントでドラゴンに挑んだり。

 レアアイテムを探しに2週間も同じ洞窟に潜り続けたり。

 たまに入ってくる新人のお手伝いをしたり。

 辞めていく仲間を涙ながらに見送ったこともあったかな。



 だけど正宗さんとはいつも一緒だった。


「流石に、毎日一緒だと飽きない?」


 そんな風に聞いても。


「ルリは毎日違う顔を見せてくれるから飽きないよ」


 なんて答えてくる。

 仕事から帰ってきて、19時くらいから0時くらいまで毎日入る正宗さん。


「彼女とか作らないの?」


「今はルリが居てくれるから要らないよ」


 こんなに優しい言葉ばかり並べられたら……

 誰だって好きになってしまう。




 家族ですら、僕にはもう何も言わない。

 時折、一階から笑い声がするのを、僕がどういう気持ちで聞いているのかすら、知りもしないだろう。


 そう愚痴ると、正宗さんは静かに僕を嗜めた。


「ルリがつらい気持ちになる事は、きっと解っていると思うよ。だけどご家族にも人生があって、ルリと同じように笑って過ごしたいと思ってるんだ」


「それでも、私の事を家族として愛しているなら、気にしてほしい」


「ルリは家族の事を愛してる?」


 僕はそれに肯定を返せなかった。

 確かに絆はあると思うけれど「こうなってしまった」理由を誰かに擦り付けたかったから。


「きっとご両親も耐えてる、責任は感じてる。ルリがうまく行かないって歯がゆい思いをしてるみたいに、ご両親もきっと同じくらい歯がゆい思いをしてる」


「責任を感じてるなら、笑い声なんて上げずに生きてほしい!」


 その言葉が理不尽なのも分かってた。

 でも、どうしても100%自分のせいでこうなったとは思いたくなかった。


「それは違うよ」


 もちろん他人からみても矛盾点があるのは分かってる。



「ルリは……俺と話しているとき、笑顔じゃないのかい?」



 僕はハッとした。

 文字だからそこに抑揚は無いはずで。

 しかし、確かにその奥に悲しみの色が見えたような気がした。


「そんなことない、いつも楽しいし、正宗さんと話している時だけが、私の唯一の救いだよ」


「ご両親も、そういう時があるんだよ。きっとルリと同じように……」


 その言葉の意味を理解はできても、受け止める覚悟を持つのにはまだ時間がかかりそうだ。

 それよりも目の前で自分のわがままに、本気で向き合ってくれている正宗さんに、悲しい思いをさせたことに後悔が溢れ出す。


 このままわがままばかり言って、前に進まなかったら、いつかこの人も僕の側を離れていってしまうかもしれない。


 そう思うと、自分を世界に繋ぎ止めている、最後の鎖が切れてしまうような感覚に襲われた。


 失望させたくない。

 そう思った僕の口からでたのは。


「少しずつ、この状況を良くしていくね」


 だった。

 庇護されるだけの対象ではなく、正宗さんに悲しみや心配を感じさせない、立派な人間に。


 できるはず、だってお手本は目の前に居るんだから。



 それから、少しずつではあるが、両親との会話の機会も増やしていった。

 彼らは自分勝手で、正宗さんほど人間ができているようには思えなかったが、それでも涙を流して喜んでくれた。


 あの時の正宗さんの悲しそうな文章こえは今でも僕の心に響いている。




 出会いから4年。

 リンデンバームは終了を間近に控えている。


 僕はといえば、コンビニに買い物にいく程度の外出はできるようになったし。

 それをなんとも思わなくなりつつあった。


 きっと、踏ん切りさえつけば、仕事を探すことだって、友達を作ることだってできるだろう。


 でも、このまま正宗さんと別れてしまえば、その悲しさから、あの暗い部屋に逆戻りしてしまいそうな気がしてならない。


 会いたい。

 この思いをぶつけて、受け止めてもらいたい。

 キャラクターのルリイエではなく、一人の人間として。



 だがここで大きな問題にぶつかる。

 僕は男だった。



 一度正宗さんにカマをかけて聞いてみたが。


「男? いや、あんまり興味ないな。俺はルリちゃんみたいな可愛い女の子が好きだよ」


 とノロケ半分言われて嬉しいけれど、絶望もした。「あんまり」って所に賭けるのは流石に歩が悪そうだ……。



 でも、四の五の言ってられない。

 離れていってしまうくらいなら、足掻いて足掻いて、少しでも一緒に居てもらいたい。


 女の子になりたい。


 その願いを叶えるためにやれることは全部やった。



 YouTubeで化粧の仕方を勉強して、自分で何度も試してみる。

 服をネットで注文して。

 ネイルや脱毛まで自分でやってみた。


 元々、男らしくなくて身長も低いことからいじめに遇っていた過去を思い出してしまうが。

「アイツは死んだ」と心に言い聞かせ、新しい自分へ変わっていく。



 付け焼き刃とは言え、仕事にもいかずに部屋でずっと練習をしたのだ。

 それなりの出来映えにはなったと思う。



__それでも、いざ待ち合わせ場所に来ると、人目が気になる。


 平日の人の少ない場所を選んだつもりだ。

 だけどそれなりに人は歩いていて、僕は……いや、《私》は顔を伏せる。


「早く来て……」


 気が気じゃなくて、1時間以上早く到着しておいてなんだけど、もうめげそう。

 でも会いたい気持ちでなんとか踏ん張っている。


 パホッ


 間抜けな音が携帯から発せられた。

 メールの着信音はリンデンバームのSE。


『思ったより早めに待ち合わせ場所に着いたから、ベンチで座って待っているよ、急がなくていいから』


 正宗さんからだ!

 公園って言っても広くはないけど、ベンチはいくつかある。

 ざっと見渡す。

 だけどそれらしい人は見当たらない……


 お互いに顔写真は送ってない。

 もちろん私は欲しかったけど、貰ったら返さなきゃいけないのが怖くて。


 正宗さんはどんな人なのか、見ればきっとオーラかなにかで分かっちゃうだろうと思ったんだけど……



 ベンチには

 30代くらいの外回りの営業マン。

 スマホを触る彼氏待ち風の女性。

 子供を連れた親子。

 おうちに住まれていなさそうな方。


 どれもイメージとは違う。


『実は私も到着してて、いま公園の端に立ってます』


 メールでそう送って、ベンチの様子を見ると、営業マン風の男がチラチラとこっちを見てから立ち上がった。



 なんだろう、イメージと違う。

 まず年齢を偽っていたのか、それとも老けているのか……20代には見えない。

 それに、嬉しそうな顔というより、なんだかにやけていて、気持ちの悪い笑顔をこっちに向けている。


 その人はこちらの表情を伺いながらゆっくりと近づいてくる。


「へぇ、可愛いね」


 そのベットリとした声に、幻想は一気に崩れ去る。


「よかったら喫茶店でも入ってお茶しない?」


「……いやっ」


 つい、手を突っ張って拒絶してしまった。


「おいおい、暇なんだろ? 1時間くらいそこに突っ立ってたんだから」


 見られてた……最低!

 私がどんな気持ちでここに来たのか……この人は!


 歯を食いしばったが、涙が一筋目からこぼれ落ちた。



「この人は君の知り合いか?」


 その時、私の目の前に割り込んできた人影が、私に聞く。

 ほんの少しためらったけど私は頭を横にふった。


 その人はくるりと営業マンの方を向き。

「私の友人にナンパは困るなぁ」

 と、凄んだ。


 男はたじろぎながらも、舌打ちを残して公園を去っていった。



「大丈夫だったかい?」


 まるで正宗さんみたいなかっこ良さだ。


 涙を拭いて顔を上げると、私より頭ひとつ背の高い女性が、私を見て驚いたような顔をしていた。


「あっ、ありがとうございました」


 お礼をいいつつ、大事な人の幻想が崩れたショックに笑顔を作れないでいた私に、その人はこう告げる。


「いいんだよ、ルリ」


 その言葉にハッとする。


「顔を見て君だとわかったよ」


 甘く紡がれる声にようやく状況を理解した私は、回りの目も気にせず抱き付いた。


 もう、ビックリしたんだか、嬉しいんだかわからない感情が、私の目から溢れ出すのを止められなくって……。


 知っている正宗さんがそこにいて。


 私は……いや、僕は本当に救われたんだ。

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