第3話 とけた、よ?


 るるは目を閉じたまま、カケルの手を、ふにふに、とマッサージをしている。


 カケルは、るるの柔らかでもちもちっとした手を離しがたい気持ちとシャーペンを探したい気持ちとで戦っていた。


 すると。


 ぽぽん。


 ルルのスマホが鳴った。

 るるはカケルから手を離し、指でスマホを、すいすい、と操作して少しうなずくと。


 すうっ。


 めがねを外してブレザーの胸ポケットにしまった。


 そして猫手で、くしくしくし、と両目をこすって。

 ぱちり、と目を開けた。


 少しうるんだような、黒目がちの大きな瞳。


 るるを見た生徒達の声で教室内がザワついた。

 驚きや恐れ、さまざまな反応が波を打って教室内に広がっていく。


 その目力めぢからにドギマギしつつ、カケルはるるに話しかけた。

 

 「る、るる?休み時間あと5分しかないよ!僕、シャーペンいそいで探さないと!」


 またあわて始めたカケルを、るるは、ちょいちょい、と呼ぶ。

 なんだろ?と近づいたカケルの腕をとり、るるはカケルの耳元でささやいた。


「とけた、よ?」


 少し甘えたようなささやきと、るるの息がカケルの耳に飛び込んでくる。

 それは、カケルの頭からつま先まで電流のように駆けめぐった。


「ふっわああああ?!」


 カケルは耳を押さえて床をゴロゴロと転げまわった。


 るるはペンケースを手に、すたすたすた、と菜々子の机に近づいていく。


 そして。


「今日はカケルの一回も見てないけど、もう渡しちゃった?ペンケース」


 その声に菜々子は、眠そうな顔を上げてるるを見る。


「……るるちゃん?ペンケースが、ど、どうかしたの?」

「菜々子ちゃん、これを見てほしいの」


 るるは、画像が表示されたスマホをコトリ、と菜々子の机に置いた。

 菜々子が、驚きに目を大きく開ける。


「ほしかった物が手に入ると、うれしくなっちゃうよね。近倉ちかくらさんが、ペンケースを2つ並べて中身を入れ替えてる。まるで今買ってきたみたいに」


 菜々子が顔を青くする。


「そのシャーペンは、カケルが雑誌の応募で当てた限定品なの。菜々子ちゃん、まかせて?」


 るるは今にも泣き出しそうな菜々子をそのままに、歩きはじめた。


(一週間前までは、菜々子ちゃんはカケルのことを見てた。何かで断りきれなくて、かな)


 人が人を見たり見なかったりする理由。

 そこに、何かが見えかくれする時がある。




 ●




 るるは、二つ離れたクラスの扉を、からから、と開けた。

 そのまま、近倉明日美ちかくら あすみの席へと近づいていく。


 そのクラスの生徒達が、るるが入って来たことに驚いている。


 ニヤニヤとカケルのペンケースを見ていた明日美が、ふと目に入ったるるのスカートに怪訝そうに顔を上げた。


「何よ……アンタ、七橋ななはしのオマケじゃないの。何の用?」

「カケルのペンケースを返してほしいの」

「はあ?何言ってんの?これは、パパが買ってきてくれたもの!昨日の夜くれたの!」


 明日美は立ち上がって、るるをニラみつける。


(そう来るんだね……なら)


 るるは切り返した。

 

「昨日買ってきてもらって、出したのにもうシミがついてるの?新品にのシミ、返品しないとだね」

「……!!あ、アンタには関係ないでしょ?!これはさっき、黒のインクがついちゃったの!」


 明日美はガサゴソとペンケースを探り、バンッ!と黒のペンを机にたたきつけた。


(うん。アセって、私の出したかんたんな逃げ道に乗っかっちゃったね。恋心は、平等。おそろいのペンケースを持つくらいで我慢して、ゆっくりと進めばよかったのに)


 るるは明日美に、菜々子にも見せた画像を見せた。


「そのシミ、青いペンケースだからわかりにくいけどのペンのインクだよ。あと、そのシャーペンは、世界に色違いの24色しかない限定品」


 先生が来る前に、大人が出てくる前に終わらせたいと思っている、るる。


(カケルのペンケースを見る。

 私を見る。

 真っ赤な顔。

 たたきつけるか、投げてくる)


「何なのよ!」


 明日美がカケルのペンケースをるるに投げつけようとした。

 るるはその前に、すすす、と動いて明日美が振りかぶった手を押さえる。

 それでもペンケースをるるに押し付けた明日美はさけぶ。


「アンタ、気持ち悪い……!!覚えてなよ!パパ、あの有名な○○商事のエラい人としてこの街に来たんだから!菜々子の父親はクビ!アンタ達はこの街から追い出してやる!」


 るるは、そこで明日美と菜々子の上下関係の理由を知った。

 そして、この街に本社のある○○商事という会社に、首をひねる。

 たしか……。


 るるは、スマホでチャットをした。


 ”お母さん、○○商事って知ってる?”

 ”○○商事?この前来てた靖幸やすゆきオジサンが社長の会社ね。『俺の時代はまだまだこれからだ!』ってナマイキ言ってたから、『じゃあ来年から、るるとコルルのお年玉100万円ね』って言ったら土下座してたアイツよ?どして?”

 ”わかった。コルル、本当に猫に小判になっちゃうし、私もいらないよ”


 チャットを終えて、るるは明日美に言った。


「社長の靖幸さんはうちのお母さんの後輩で、よくうちに来るよ?もし近倉さんがそういう手を使うなら、私も靖幸さんにお願いする」

「なっ!!……ウソよ!そんなの、ウソだ!!」


 そう叫ぶ明日美に、クラスメイトが近づいてコソコソと話しかけた。

 騒がしくなるのが嫌で、るるに協力してくれている女の子だ。

 明日美の顔色が、青に変わっていく。


 そこで、休み時間の終わりを告げる鐘の音が鳴り響いた。


「近倉さん。違うクラスの私がこのままいると、全部先生に言わなきゃいけなくなる。ペンケースの中身を入れ替えたら、何にもなかったで終わろ?……けど、菜々子ちゃんの事も含めて何かしようとするなら、次は私の全部の全力で立ち向かうから」


 明日美は、コクコクと頷いた。


 ●


 るるはカケルにペンケースを手渡した後、『教室の床に落ちていたカケルのペンケースを、菜々子ちゃんが友達のと勘違いして、反対に渡しちゃったみたい』と伝えてみた。


「え?僕のペンケースが、友達のところに行っちゃって、ええと、そしたら……?」


 とカケルが目をグルグルさせていたのを見てホッコリとしたるるは、涙目の菜々子の側に近づいて、小さな声で話しかけた。


「私も、カケルに片思いしてるの」

「……え?」


 自分がしたことを責められるとばかり思っていた菜々子は、目を白黒させる。


「近倉さんは、もう大丈夫。あと、カケルのことは……恋の勝負、負けないから」


 そう言って笑ったるるはメガネをかけた後に、スポーツマンのようにヒジを差しだした。


 そんなるるに菜々子は。

 泣き笑いの顔で、ちょん、と腕を交差させた。


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