第2話 秋ちゃんとの約束



「手のひらはよく使うからマッサージしないと、だよ?」


 ぐいぐい、ぐりぐり、ぺきぽき。


「変な音した?!それにすっごい恥ずかしいよ!手ぇ離してー!」

「いっしょに帰る時、最近手をつないでくれないんだもん」

「小学校の時でしょ?!」


 クラスメイト達からは確かに、二人がイチャイチャしてるようにしか見えない。




 でも、絶対に。

 クラスメイトは、二人をからかったりはしない。




 なぜなら。




 七橋カケルの事で、斎明寺さいみょうじるるを。

 本気にさせるな。

 怒らせるな。




 それは、この中学校の暗黙あんもくのルール。


 

 そして、今。



 るるはカケルの手を、むにむにー、としながら。

 ふわり、と目を閉じた。


 シャーペン、どこかな?



 ★



 えっと。


 一時間目、社会。

 カケルは、『にゃんにゃかにゃー』のシャーペンを見てニコニコしてた。


 あった。


 次。


 二時間目、体育。

 カケルは大事そうに、キュッ!とシャーペンを握ってからペンケースにしまってた。


 カケル、カワイイ。


 あった。 


 次。


 体育が終わって私が着替えて戻ってきた時。

 オジサンのシャーペンがなくって、ペンケースのシミが消えてた。


 こないだ、カケルがペンのフタを取ったままペンケースにしまってついた、小さなシミ。


 ここ。

 もっと。


 二年生になって。

 カケルを一日に何回も見る子は五人。


 他のクラスは一人。

 みんな、女のコ。


 カケルのバカバカ。


 ちょっと強めにオシオキ。

 めきめき、ぐき。


 あ、今の痛そう。

 ごめんね。

 手のひら、少しなでなで。


 席が近い菜々子ちゃんの、別のクラスのお友達が1週間前からよく来るようになった。

 

 今朝。


 菜々子ちゃんのお友達は口をとがらせて菜々子ちゃんに何か言ってた。

 菜々子ちゃんはペコペコしてて。


 あとは。

 えっと、何だっけ。


 昔教わった、こと。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 お父さんお母さんの代わりに、しょっちゅう保育園に迎えにきてくれた近所の秋ちゃん。


 誰かを見て、その人の次の動きを当てたり。

 表情やしぐさを見て、その人がそのときどんな気持ちか当てたり。

 

 私は感動して、もちろん食いついて。


『あきおじちゃん、すっごい!なんでわかったの?!』


『僕まだ21才……るるちゃん、秋兄ちゃんじゃダメ?』


『どーしてわかるの?!るるもカケルくんのことしりたい!るるにもおしえてください!あきおじちゃん!ねえ、あきおじちゃん!』


 私は秋ちゃんをグイグイと引っぱったりペシペシとたたいたりピタン!としがみついたりブラーン!とぶら下がったりしてお願いした。


『るるちゃんがお勉強するにはまだ早いかなぁ、ごめんね?』

 

 そんなお話を何日も何度もくり返し、教えてくれなくて私が大泣きしたある日。


 秋ちゃんは白旗しろはたを上げた。


 秋おじちゃんじゃなくって、秋ちゃんと呼ぶ。

 むつかしく考えない。

 じっと見ないで、ちらりと見て覚えておく。

 見つけた答えは、しまっておく。

 必要のないときは、誰にもいわない。

 人のキモチばっかり考えない。



 ひとつのなにかを覚えるたびにゆびきりで約束して。

 いつも少しだけ、秋ちゃんはさびしそうに笑って。

 私に教えてくれるようになった。


 

 それからは。

 少しずつ問題を出してくれた。


 信号まちの人たち。


 誰がいちばんに歩きだすか。

 急いでいる人。

 急いでいない人。

 そわそわ。

 ぼー。


 駅で待ち合わせをしている人。


 誰を待っているのか。

 大好きな人。

 おともだち。

 家族。

 うれしそう。

 いらいら。


 学校から帰る、お兄さんお姉さんたち。


 元気いっぱい。

 楽しそう。

 つまらなそう。

 

 私は、秋ちゃんとの約束を守りつづけて。

 知らない人たちを少しだけ見たあとは。

 カケルといっぱい遊んだあとは。

 

 勉強の息ぬき。

 おフロの時間。

 ご飯の時間。


 ゆっくりゆっくり考えて。


 そんな毎日。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 でも、ある日。


 私は中学に入るだいぶ前にカケルやだれかの気持ちを見つめるのをやめた。


 その頃、秋ちゃんが私に言ったこと。


『これからは、カケル君と一緒に、全力で学校を、青春を、恋を目いっぱい楽しまないともったいないよ?しばらくお休みして残りは大人になってから勉強しても遅くないかな』


 たまに見えすぎてしまうときもあったから、そんな秋ちゃんの言葉が、私の心にスルッと入りこんできて。


 そのあたりから私は、度が入っていないウソのめがねをかけるようになった。


 秋ちゃんと似たような、オススメの黒ぶちめがね。 


『このめがねをかけている時は、ぽやぽや気分』


 そんな、めがね。


 見てても。

 覚えてても。


 考えない。


 そして。


 カケルの気持ちがわかってもわからなくても、私の大好きは変わらなかった。




 でも。


 カケルや大切な人がつらいのは、困るのは、ダメ。


 だから。


 そんなときだけ、変身をといて。


 全力の私で、立ち向かう。


 

 ★



 このコは私とカケルを今、見たくない。


 何回見た?

 何で見てたの?


 毎日見てて、今日は何で見てないの?


 もう少し、かな?


 私はスマホを指で、ててんてん、すいすい、と操作して、友達に頼みごとをして。


 ペンケース、だね。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る