私は志波のこと……
あれから1ヶ月、私は下校してすぐに病院へ向かった。
しかし、いつも受付で面会を断られる。
調べたところ、病院の面会は家族以外では厳しいようだ。
私はせめて出来ることはないかと、受付に果物カゴを渡した。
数週間ほど経過し、受付の女性が気を利かせてくれ、志波の容体を教えてくれた。
私からでは腹部を刺されたように見えたが、どうやら手の平に穴が空いてしまっているようだ。
想像しただけでも痛いけど、翌日通院に切り替わるらしい。
次の日、私は学校で昼休みが訪れるのを緊張して待った。
志波に何と言っても話しかければいいか、全くわからない。
いや、好意を拒絶されたのだから会わない方が彼のためだ。
でも、せめてお礼を言いたい。
考えに耽っていると、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。
廊下で注意されるも、私は全速力で彼のクラスに走った。
目の前で急停止し、勢い余ってバナナを踏んだように転んだ。
しかし、周りは私に注目することはなかった。
彼のクラスの中は、普段の騒音のボリュームより数段大きい。
「志波ってすごいよな!」
「ほんとそれ、女の子庇って怪我したんだってね!」
「俺もあいつはいい奴だと思ってたんだよな」
「はいはい、私もー!」
志波の話題で教室は満たされていた。
人垣をかき分け、彼の座る席の前に来た。
しかし、座席は空いている。
彼の席の周りに人が集まっていたから、てっきりいるかと思った。
「君、志波の場所知らない?」
隣にいた奴に聞くと、志波は休み時間のたびにどこかへ雲隠れしているらしい。
騒ぎの渦中にいるのが、きっと嫌なのだろう。
でもじゃあ一体どこ……あそこかな?
私は初めて志波と出会った校舎裏に来た。
この角を覗いたら、あいつはいたんだ。
そーっと、壁から頭を出してみた。
するとやはり......いる。
背を丸めて座り込み、地面を見つめている彼の姿がそこにはあった。
ここまで来てあれだが、途端に緊張してきた。
一歩角から飛び出るが、足元の小石が邪魔をする。
「……!?」
転んだ私に気づき、志波は立ち去ろうと動揺しながら動き出した。
今ここで話さなきゃ、彼はもう会えないよう回避してくるだろう。
絶対……引き止めなきゃ!
「志波……っこれ!」
私は彼の腕を掴み、拾い上げたカッターを差し出した。
拳からたらーっと、垂れる何かしらの生物の液体が気持ち悪い!
地面を横目に見ると、ミミズがバラバラになってタコの足のようにウニョウニョしていた。
どうやら志波は、蟻からミミズにストレスの捌け口をチェンジしたらしい。
うへぇ、マジでこれだけは気持ち悪い。
だが、私はもう一度志波とちゃんと話したい!
彼は掴んだ瞬間、引き剥がそうと力強く腕を振った。
しかし私が離す気がないのを知ると、手のひらを差し出してカッターを受け取る。
「ありがとうございます轟さん。腕を、離してください」
物憂げな目で彼は言った。
それでも、私はこんな縁の切れ方は嫌だ。
「ごめん……今まで志波の悪口陰で言っていたし、さっきしてた虫とかに酷いことするのも怖いと思ってる」
私はありのままの全てを、彼にぶつけたい。
「なら……近づかないでよ! 轟さん、田中や俺のことをわかっていないんだ!」
言い終わり前に、志波は何か関が決壊したかのように声を荒げた。
私はただ、彼の言葉を受け止めることに努めた。
「誰にもまともに接してもらえない存在が俺らなんだよ! だから少し優しくされると騙されて、憎んでやってはいけないことに走る。僕は、そういうのをたくさん味わって来たんだ。轟さんは好きだけど……もう関わりたくない。僕はもう一度裏切られたら、轟さんに酷いことしてしまうかもしれないから」
そうか……志波は自分の行動を自覚していたんだ。
自覚しても治しきれない、病のような何かがずっと彼の心に蓄積されている。
それなのに……裏切った私のことをまだ......。
「志波に辛い過去があるのはわかった。でも、志波が一番気にしているのは私が裏切ること……なんだよね?」
そういうと、志波は目を逸らす。
彼に認めてもらうには、私から彼へ気持ちを証明しなきゃいけない。
チョコやコスプレなんか、取り繕った物じゃない。
「私は、志波の変なところ含めて全部好き……なんだ。だからいつも陰で喋っていたのかもしれない。今はこの気持ちに疑いはないから……」
私は彼の腕を引き寄せ、懐に接近した。
近づかれるのに怯えたのか、志波はカッターを振り上げる。
彼の刃が僅かに、唇を掠めた。
「……あっ! もう……関わらないでくれ!」
志波は咄嗟の意図しない自身の行動を振り返り、たじろいだ。
鮮血が少し、顎から垂れる。
でもこんなの……少し乾燥して唇が裂けたようなもんだ。
私は覚悟を決め、もう一度彼に触れた。
震える彼の頬をそっと手を当て、鮮血の混じる唇を重ねた。
ビクッと身体を震わせる彼の反応は、経験のある私にも気恥ずかしさを伝染させる。
お互いに頬を赤らめてはいるが、志波は瞼を閉じたままだ。
「ぷはぁ……これでもまだ、信じてくれない?」
私は少し顔を離し、彼の目を凝視した。
ゆっくりと目を開けた志波は、一瞬こちらに目を合わせたがすぐまた瞼を下ろす。
「こ……こんなエッチなこと。轟さんは簡単に出来るんだから、信じるも何も」
「志波……好きじゃない奴に私はしない。軽い女だと思ってるんだ……ショック!」
「あっいやごめん! でも……」
まだ信じてくれないか……なら今度は。
「じゃあ、今度は志波がして。私、絶対に避けないから」
私は目を閉じ、志波からするのを待った。
軽い女と思われても、私にはこれぐらいしか思いつかない。
本当に好きな相手にしかしないこと。
「えっ!? そんな……僕には」
「唇、切られて痛い」
「……もう!」
志波は私の圧に屈したのか、重ねるというより押し付けるように唇に触れてきた。
「逃げなかったでしょ?」
「そうだけど……僕の方が重傷なんだけど」
若干イチャイチャ雰囲気に突入してしまった私だが、包帯巻き巻きの手を見せられ、反射的に頭を下げる。
「ごめんごめんごめんごめん!」
猛省する私の姿に気が緩んだのか、志波は久しぶりに笑ってくれた。
なんかいい感じに関係修復できた気がするけど、もっとキスしたい。
「……えっ! 轟さん、もう十分伝わったから!」
私は彼の言葉を無視し、再び迫った。
少し後ろに引いた志波は、足をもたらさせて倒れる。
それでも、私は近づいた。
「あっ志波見つけた! 志波、今まで本当に悪かった! 警察呼んでくれなきゃ、今頃私たちどうなっていたか。これ、私ら2人で働いて貯めたか……ね」
唇を重ねた直後、覚えのある声が少し遠くからした。
恐る恐る顔を上げると、舞と香奈が身体を膠着させてこちらを眺めていた。
私もショックのあまり、目を点にして2人を見つめる。
「嘘でしょ……響子が志波のこと襲ってるよ香奈」
「うん……キスしてたよね。もしかして、事後? 不味いところにお邪魔しましたな舞さんや」
「そうですな香奈さん。私らはお金をここに置いて、一旦去りますか」
そういってニヤニヤしながら後ろ歩きで2人は後退し始めた。
「あぁぁぁ! 捕まえた! 志波、こいつらの記憶飛ばすぞ!」
私は猛スピードで2人を捕らえ、志波に合図した。
「こうやってだよ! クソ、今まで距離とってきたくせに!」
私は彼女らの脇腹を弄り、悶絶させた。
しかし、これではまだ甘い。
「ごめんなひゃい響子。許ひてよー」
「あひゃひゃやばいそこ!」
2人の苦悶の表情を見て、志波は躊躇ったのか手を貸してくれない。
「志波、合法的にやり返せるんだよ? やらなきゃもったいないぞ?」
「確かに……一理ある。すいません舞さん、香奈さん」
「ハハっ! やればできるじゃん」
「「もうやめてくへぇ! 変態カップル!」」
こうして私たちの高校生活は、また昼休みに集まる関係に戻った。
1年前とは、変わった形で。
オタクに優しいギャル?金づるになりそうな陰キャオタクに声をかけたギャルは、ビビり散らかすも逃げられない!? たかひろ @niitodayo
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