助け……じゃねーよ!

 彼の悲鳴が残響して耳に残る。

視線を上げると田中が体制を崩し、倒れ込んでいた。


「早くそいつも捕まえろ!」


 田中に駆け寄る仲間は、何があったのか不思議そうにしていた。

しかし彼の命令に従い、車内から降りようとする。

私はというと、ただ騒動を見届けるしか出来ずにいた。


「クソ、気持ち悪い!」


 田中は背中に手を回し、何かをつまみ取る。

あれは……ミミズ?

田中はそれを投げ飛ばし、再び車内から飛び出そうとした。


「大人しく車内にいてください。時期に警察がきますから」


 しかし仲間が外に出るのを躊躇っているため、動けずにいた。


「何してやがるお前ら! 早くそいつも捕まえろ!」


 犯行現場を見られたからか、田中は焦った様子だ。

しかし、仲間は何かに動揺して動こうとしない。

苛立った田中は、彼らを押し出そうとした。

その時、車内に緑色のカゴが投げ込まれる。

空を待っているとただのカゴに見えた。

だが、そのカゴが床に落ちた衝撃で壊れた瞬間のことだ。

ウニョウニョとした茶色の物体、それが表面張力が決壊するように、車内の床に広がっていった。


「うわっ……きめぇ!」


 男たちの身体をよじ登り、そこかしこにミミズは拡散していった。

一匹ならば虫が苦手でなければ問題ないと思う。

だけれど、この量は流石に誰もが意識を取られるのは言うまでもなかった。

誰がやったのかわからないけど、外からした声には聞き覚えがある。

そうあれは……っ!?


「いやぁ! ミミズが太もも来てる!」


 外を見ようと思った矢先、私にもウニョウニョが迫っていた。

太ももにニョキニョキと登り、股を目指して前進してきた。

払いたいと思っても、手足を縛られていては何もできない。

しかもこのウニョウニョの感触、くすぐったくて気持ち悪い!

ミミズがパンツの隙間に数センチと接近した直後、誰かが私の背後にあるバッグドアの窓ガラスを粉砕した。

背後に誰かは、私の縄を解いて腕を掴んだ。


「こっちきて、轟さん!」


 割られた後部ドアから飛び出た私は、恐怖からの解放からか腰が抜けてしまう。

その場に膝をつきそうになると、誰かの胸に抱き寄せられ、身体を支えられた。

あったかいモコモコの外着を被せられ、その上から肩に腕を回されている。

震える私に、誰かの体温と少し高まる鼓動が伝わった。


「志波……だよね?」


 私は確信とは言えないが、覚えのある声や後ろ姿に思わずそう話しかけた。


「う……うん。スマホの通話が繋がっていて、危険なのわかったから……その」


 彼がいい終わるより前、私は被せられた服の下で抱きついた。

死ぬほど心を満たした恐怖と、志波が助けに来てくれた安堵感。

そして自分の情けなさと申し訳ない気持ち。

全部がごちゃ混ぜになって、謝るべきか感謝すべきか言わなきゃいけない言葉が見つからない。

それでも1つ、確かなことがある。


「……好き……だよ」


 咽び泣く中、私はそう呟いた。

こんな危険な目に遭わなきゃ、自分の気持ちに正直ならない。

そんな自分に再び嫌になる。

それでも、今伝えなきゃ自分は素直になれない……そんな気がした。


「ごめん……轟さん」


 しかし、志波の腕は肩からそっと離れていった。

服をどけ、彼の顔を見上げる。

志波は一向に、こちらに視線を合わせなかった。


「もうすぐ警察が来るはずだから。一様、舞さんや香奈さんの所にも」


 志波は淡々と言葉を並べていく。

きっと志波はもう、私とは会いたくなかったんだ。

こんなに嫌いなった相手にも、優しいな。

彼はただ、人として当然の行動をしただけ。

私は何、勘違いしているんだろう。


「……轟さん!」


 自分の心の中で、彼への気持ちに折り合いをつけようと泣き崩れそうになった。

その瞬間、志波が切迫した表情と共に私の身体を腕で庇った。

彼の行動によってようやく我を取り戻した私は、視界の外から迫る強い足音の方へ振り向く。

胸を刺された鈍い音と同じものが、再びした。

何が起きたかわからなかったが、志波の足元に赤い液体が垂れる。


「クソ……何でそんな女庇うんだよ!」


 警察に取り押さえられる田中は、肩で息をしながらそう言い放った。

その後放心する私の目の前で、志波が救急車に運ばれていった。

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