過ち......じゃねーよ!

 仰向けに倒れる私の目には、黒い柄の先から僅かに刃が映る。

ぼやけることなく視界が正常なのは、深く刺さっていないからだろうか。

死んだと錯覚した後だからなのか、何が起きているのか冴えた目で見える。


「あぁ!」


 田中も咄嗟にしてしまった自身の行動に、思わず声を漏らしていた。

私は彼らの意識が若干こちらからなくなった隙を見て、胸に手を伸ばす。

ナイフの柄に触れ、がっちりと掴んだ。

少し胸にちくりと痛みが走るが、それ以上の何かはない。


「何してやがるお前!」


 大柄の彼は、私が企んでいると勘違いしたのか再びこちらに怒号を浴びせてきた。

手を引っ込めるが、太い彼の腕が胸に近づく。


「なんだこれ......チョコ?」


 田中は不思議そうに言葉を漏らし、ナイフを抜いた。

刃先から茶色のかけらがこぼれ、私は気づいた。

そっか、胸にしまっていたチョコが防いでくれたんだ。

せっかく頑張って作ったのに......渡せなかった。


 一線を越えていなかったことを確認し、彼は再び私への復讐を開始する。

頬を叩き、痛がる私を見下ろす。

咄嗟に狂暴になる彼の一面を見たからか、ただのビンタでも震えが先ほどより増えた。

見下ろす彼の姿、背後でゲスい笑いをする男たち。

その全てが異様でドス黒い感情のオーラを纏っているように見えた。

振り上げた腕がナイフを刺された瞬間と重なったせいなのか、緊張が限界を超える。


「ハハハ......今度はお漏らしかよ。こんな泣き虫女にいじめられたと思うと、心底イラつくな......あぁ?」


 髪を引っ張り上げられ、浮いた身体を彼は蹴飛ばした。

車内の奥へ追いやられた私に対し、田中はスマホを構える。


「隠すなよ......大事な証拠写真なんだからな」


 私は彼の言動1つ1つが、どういう意図があるのか理解してしまう。

その度に、逃げきれない凄惨な未来が待っている事が怖くなる。

睨み返すという最後の抵抗もする気が起きず、私はつい赦しを乞う言葉を吐く。


「田中......ごめんなさい。今まであなたから奪ってきたお金は全て、ちょっとずつだけど返済する。だから、許してください」


 自業自得でこうなってしまっているのは、私もわかっている。

許されないことをしてしまった。

志波と長く付き合って、そのことに気づかなければずっとしていたかもしれない。

だから、私は彼らに謝った。

恐怖を抱きつつも、それしか今の私にできることはないからだ。

数秒ほど車内は静まり返り、呼吸だけが聞こえた。


「いいこと思いついた。ただ犯すのもどうかと考えていたんだ。チョコがあるってことは、好きな相手がいるんだろ?」


 田中は歪に口角を上げ、スマホを出すよう要求してきた。

私が外に落としてしまったことを話すと、冗談いうなと再びナイフを肌に当てる。

何を言っても理解しない相手に、どうすればいいのかわからない。

首を横に振りじっと目を瞑って怯えていると、脇腹に冷たい物体が触れる。

軽く撫でるように動くと、皮膚がゆっくりと裂けたことが伝わってきた。

かすり傷のような小さい痛みだが、私にショックを与えるには十分だ。


「布張っているところないし、本当に落としたんじゃないか?」


 後ろで誰かがそう言うと、田中はため息を吐く。


「仕方ないな......脱げ」


「は......え?」


 消え入りそうな声で、微かに返した。

しかし返答を待つ時間すら気を高まらせると察し、私はやむを得ず裸となった。

手で大事な部分を隠すも、彼らは欲をむき出しにして全身を眺めてきた。

その時私は気づいた。

裸にしたのは、逃げられないようにするためなんだと。


「今からこの扉を開けるが、下手な真似するんじゃねえぞ?」


 田中はナイフを顔近くに突き出し、私を警告した。


「ハハハ......男がどんな返信するか楽しみだ」


 ......送られたくない。

今度こそ私は......志波に顔を合わせられない。

迷惑かけてばっかで、こんな恥ずかしい姿までバラされるなんて。

それでも......嫌われたくない!


「あぁ? ......誰だおま!?」


 俯いたその瞬間、ドアを開けた田中が何かを叫ぶ。

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