男たるもの

小柳日向

男たるもの

 朝日が一条カーテンの隙間から射している。億劫な心持でベッドから起き上がると、すぐさま枕にしがみ付き、まじまじと凝視する。抜け毛が一本、二本、三本……数え切れない……。男は枕を手離し、枕元に置いておいたコロコロで枕を掃除する。今日も嫌な日課である。

 洗面所に顔を洗いに行くと、びしょびしょに濡れた老け顔と、禿げ散らかった頭がピカリと光を反射させる。もうバーコードでは隠し切れない……。男は様々な育毛剤が並んだ棚を一瞥し、舌打ちする。

 今日は休日だ。しかし、出掛けよう。男は顔をタオルで拭くと、ジェル状のワックスを数少ない髪の毛にベタベタと塗りたくり、セットをしていく。バーコードの隙間から頭皮が幽かに見え隠れしている。やはり限界か……。男はベタベタした手を入念に洗い、洗面所から出ると、普段着に着替える。身嗜みは完璧である。

 愛車のアクアに乗ると、男は鼻歌を唄い乍ら小道を抜け、大通りに出る。十五分も運転すればショッピングモールである。今日は特別な買い物の日にするのである。灰色のジャケットからクリーム色のピースの箱を取り出し、一本口に咥えて火を付ける。実に優雅だ。

 ショッピングモールに着く手前の信号で煙草の火を灰皿で揉み消すと、缶コーヒーでも買うかと気がさし、車を駐車させ、自動販売機に百二十円を突っ込み、ブラックを選ぶ。咽喉が渇いていたので、一気に呑み干すと、店内放送で騒然としている店内を闊歩する。大股でゆっくりと踏み締め歩く。目的地へ一直線に。

「いらっしゃいませー!お久しぶりです!今日も見ていかれる感じですか?」

店員とは顔見知りである。何故なら男は幾度もこの店に来ては店内を見て回り買い物もせずに帰っている。店員には冷やかしだと思われているだろう。

「いや、今日は買い物を……ね」

そう云うと、店員はパッと明るい表情になり、遂にこの日が来たのだと二人は暗黙に頷いた。

「兎に角自然なものを……」

男がオーダーをすると、店員は待ってましたと云わんばかりに、

「実は前々からお薦めしたいと思ってお客様に似合いそうなものを見繕ってあるんですよ!」

店員は店頭に並ぶ商品を差し置いて、店の奥へ向かった。店員は戻ってくるなり、そっとそれを男に手渡し、男は固唾を呑んで受け取る。目を見合わせるとどちらともなく首肯する。

 店内にある椅子に坐り、鏡の前でそれを着けると男は目を見張った。ああ、廿歳も若返ったようだ……。男はそれの手入れの仕方を店員に教わり、必要そうな代物を全て購入した。

 ショッピングモールは老若男女様々な人種が騒めいており、店内放送は陽気な音楽とアナウンスを流している。

 颯爽と人の間を縫うように抜けていくと、また外で先程買った缶コーヒーと同じ物を購入し、駐車場に停めてあるアクアに向かって得意気に腕を組んでみせた。一通り気が晴れると、アクアに乗り込みエンジンを掛け、サイドブレーキを下ろし、ギアをドライブに入れるとアクセルを踏み込む。缶コーヒーのプルタブを開け、一口呑むと、また煙草を取り出し火を付ける。窓を開けると風が吹き込み、男の髪を靡かせた。男は前髪が目に掛かり、曲がり角に差し掛かった時、駐車場の柱で車の左の扉を擦った。

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男たるもの 小柳日向 @hinata00c5

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