代理出席

岩田へいきち

代理出席

 この頃は便利になったもんだ。家に居ながらにして結婚式に出れるんだもんなあ。遂に親戚の結婚式にまでこれを使ってしまった。まあ、苦手な進次郎おじさんにも会わなくて済むし、いいか、許せ、あつし。


 真宏(まひろ)は、今年で、27歳、仕事は、普段から忙しく、けっこう給料ももらっているが土日ぐらいはゆっくり休みたいといつも思っていた。ところが、この年代、友達の結婚式ラッシュである。おまけに従兄弟たちも同年代とあって、夏以外は次から次へと結婚式の招待状がやって来る。

 真宏は、気持ちの優しいやつだが、一度この代理出席ロボットを利用してからは、もうついつい使ってしまうようになっていた。


 代理出席ロボットとは、結婚式やいろんな会合などにロボットが代わりに出席してくれるというシステムで、ここ二、三年ジワジワと広がり始め、ある程度格のある結婚式場などではそのシステムを利用出来るようになっていた。そのシステムとは、こんな風である。


 代理出席ロボットに結婚式に出て欲しいと思ったら、先ず結婚式場にネットでアクセスして予約。ご祝儀もネット振込すればちゃんと祝儀袋に入れて当日受付に渡してくれる。引出物はその日のうちに宅配で発送される。問題の式への出席であるが、式場では、ロボットレンタル会社と契約していて、あらかじめ代理出席を委託された分のロボットを用意している。ちゃんと結婚式用のスーツを着ているが、イスに座っているだけで、歩き回ったりは出来ない。頭は、パソコンの四角い液晶ディスプレイをつけたような形だ。予約した時に自分の顔の画像を送っておけば、その顔ディスプレイに依頼者の顔が表示され、誰の代理のロボットかが分かるようになっている。顔ディスプレイには、カメラも内蔵されているため会場の様子をリアルタイムで、依頼者のパソコンやスマホへ送ることが出来る。

 当初、孫の結婚式に身体が動かなくて出席出来ないおじいちゃんやおばあちゃんのために開発されたものだが、ジワジワと広がり発展して一般の人々も徐々に利用するようになったのである。最近では一割くらい四角い顔の出席者という結婚式も珍しくなくなっている。


 真宏は、友達に悪いなあと思いながらもここ一、二年これを利用している。なにしろ、家でゆっくりしながら結婚式も見られるし、退屈なら寝ててもいいのだ。わざわざ、スーツに着替える必要もないからクリーニング代もいらない。現地へ行く必要もないから交通費もそこまで行く時間もいらない。テーブルの料理も代理ロボットの分は、料理模型を並べるだけだから料理代がかからず、後でキャッシュバックされる。

そのお金で、代理出席ロボットの代金を払ってもだいたいお釣りがくるぐらいである。もう使わない手はないとどうしても思ってしまって遂に仲良しの従兄弟のあつしの結婚式までも使ってしまったのだ。


 そんな薄情者の真宏だが、彼女の真理とのデートには、代理を使うことはなく、忙しい時間の合間を縫ってせっせと交際を重ね、遂に自身も結婚へとこぎつけた。彼女の真理は、やや潔癖性で、いつも完璧を目指す女性だった。結婚式場もここら辺では超一流のホテルロイヤルブランデルブルーを選んだ。そしてウェデングドレスも一流デザイナーのものを選び、「結婚式までに体型もバッチリ合わせるわ」とはりきった。


 結婚式の当日、真理のウェディングドレス姿は完璧だった。白が眩しく輝いて見えた。やはり結婚式ともなると女性は、綺麗になるものだなと真宏は思った。化粧もスタイルもバッチリだ。さすがは潔癖性の真理だとも思った。


 さて、いよいよ、結婚式が始まる。新郎新婦の二人は、腕を組んで入場口の前に立った。真宏も背が高く、グレーのタキシードがよく似合う。真理の眩しい白と重なって二人は、とてもかっこよく見えた。本当に人もうらやむカップルの誕生である。


「ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン…」


暗いホールの入場口にスポットライトが当てられ、スタイルの良いカップルが現れた。二人は、案内役に導かれ通路をステージへと向かって歩き出した。会場は、割れんばかりの拍手に包まれた。スポットライトが、二人をゆっくり追いかける。ステージに着き、照明が少し明るくなった。会場の席も徐々に見えてくる。


「なんてことだ」


真宏が思わず声をあげた。その会場に出席している人々の半分くらいが四角い顔をしていたのである。真宏は後悔していた。たぶん、自分が代理出席ロボットを使った友達の顔が四角になっているに違いなかった。


「あなた、何? こんなに今まで代理ロボット使ってたの」


真理が、やや、怒ったように、半ば呆れた様に真宏に向かって言った。


「あっ、いや、忙しくて、いや、ごめん」 


真宏には、ある程度予想出来ていたことであったが、ここまで明確にしっぺ返しされるとは、想定外だった。


「本当にごめん、真理」


真宏は、重ねて真理に謝った。


「しようがないわ、披露宴はちゃんと完璧にやりましょう」


「そうだね」


真宏は、ホッとして同意した。


それからは、真理も真宏も披露宴に集中し、みんなや親戚から祝福されながらまばゆいばかりに幸せに輝いて披露宴は無事終了した。


招待客を全て見送って、ひと息ついた二人は、お互い向かい合い、見つめあった。


「お疲れ様、一時はどうなるかと思ったけど無事済んでよかったね。君も綺麗だったし、完璧だった」


真宏は、自分の失態を思い出されないように褒めながら真理をねぎらった。


「そうだった? 良かった。真宏もありがとうね。これからもずっとよろしくね」


真理も優しく返してきた。


「そろそろ、部屋へ行って休もうか?」


真宏がここホテルロイヤルブランデルブルーの最上階スイートルームで早く休もうと提案した。


「ごめん、真宏、あと10分しかないの。一人で行って休んでてくれる?」


「あと10分って?」


真宏が尋ねた。


「この代理出席新婦の契約は、4時までで終了なの。早くこの身体返さなきゃ、超過料金取られちゃうわ。でもあなたも良かったでしょ、代理新婦で。スマートで綺麗な奥さんであなたも誇らしかったでしょ? 本物の私は最初から部屋の中よ。今の私の身体じゃ、とてもあのウェディングドレスは着れなかったわ」


潔癖性の真理は、ダイエットに失敗して、最近、ここホテルロイヤルブランデルブルーが採用していた3Dスキャンデータを修正して使えるリアルモバイル代理出席ロボットを利用していたのであった。


 そして、真宏が今日の会場に本物の人間は、お互いの両親とホテルの従業員しかいなかったということに気づくまであと数日もかからなかった。


【終わり】


2015,10,13


まさかこんなリモート当たり前の世界になるとは、この頃、全然思っていなかった(笑)。


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