山がなければ谷もない。
おれ
筆遊び 続くかも知れないし、続かないかも知れない。
心地よいというには少し熱を帯びた風が、アスファルトに映る木漏れ日を揺らしている。
私は、昼過ぎのちょっと間の抜けた雰囲気漂う教室を抜け出して、道路一本挟んだ向かいにある部室棟に向かっていた。
平日の昼間でも意外と人は外を歩いているんだなと、すれ違うサラリーマンや主婦たちを視界の隅で観察しながら考えていると、箱の側面に階段がついただけの欠片の面白味もない灰色の建物が見えてくる。
階段を登り、一番奥の部屋の引き戸をスライドすると、鍵は掛かっておらず、カラカラと音を鳴らしながらすんなりと開いた。
部室の電気はついていなかった。
昨日、鍵を任せていた後輩の女の子がうっかり鍵をかけないまま帰ってしまったのかな、なんて思いながら中に入ると、薄暗い部屋の中からパラパラと紙の音がした。風は今、吹いていない。
案外、後輩が既に部室に来ていたのかとも考えたが、以前に後輩は就寝時にすら常夜灯をつけていないと寝付けないほど暗闇が苦手と言っていたはずだ。
すわ、不審者か。と身構えたものの、その正体は部室の電灯をつけようとするよりすぐに知れた。
「……先輩、来ていたんですね」
部室には、窓際に座り込んで日光を頼りに本を読んでいる男がいた。
その男こそがこの部活動の長である先輩であった。
しかし先輩は声をかけた私の方をチラリと見ることもなく、ただ黙々と読書を続けている。
聞こえていなかったのだろうか、もう一度きちんと挨拶した方がいいのだろうかと思案しているうちに、先輩はパタンとハードカバーの本を閉じて顔を上げた。
「やあ、ひさしぶりだね」
よかった、ちゃんと聞こえていたようだ。
「大体1ヶ月ぶりくらいですね。新入生、女の子が一人入部しましたよ」
「まじか、変わった子だね」
「まあ、はい」
変な子だったが、正直先輩の方が変わっている。
「新歓まともにやってなかったからなぁ」
「先輩が全然顔を出してくれないので」
「それは悪かったね、次からは気をつけるよ」
先輩は苦笑いをしながら言っているが、あと数日も経てば完全に忘れているに違いない。
「そうだ、お土産を机に置いてあるから電気をつけて食べるといい」
ありがとうございますと言いながら、先輩に声をかけられてずっと棒立ちだった私は壁のスイッチを押す。部屋に明かりが灯ると、中央の机に先輩のお土産らしき箱が置いてあった。先輩は床に座っているし、自分だけ椅子に座るのはどうなんだろうと少し考えたが、先輩も本を自分のリュックに片付けた後に向かい側の椅子に座った。
「今度はどこに行ってたんですか、先輩」
「ちょっと海外にね」
確かに机の上の箱は私の知らない言語で書かれたパッケージがされている。
「思いつきで行くには結構ハードル高いですね」
包装紙の隙間に爪を立てて接着を剥がしながら、会話を続ける。
「新学期で部屋の整理してたら期限切れ間近のパスポートが出てきたから、もったいないと思って」
そんな理由で新学期早々に休学して旅行するのは頭おかしいですよ、なんてこと先輩には流石に言えないので適当に笑っておく。処世術というやつだ。
「よく1ヶ月も海外で生活できますね。言葉とか話せたんですか」
「いや、全くわからなかったよ。でも地元の警察に話しかけられた時に、唸りながら困り顔をしてたらゆっくり英語で話しかけてくれた」
「ああ、なるほど」
英語なら先輩も習っているから会話ができたのか。
「まあそれも何言ってるのかわからなかったけども」
なんだこいつ。
「なら、結局どうしたんですか」
「たまたま近くを通りかかった日本人が助けてくれた」
「意外といるものなんですね」
お土産の箱を開くと、どうやら中身はクッキーだったようだ。
「うん、本当に運が良かったよ」
先輩がお土産のクッキーに手を伸ばす。
私も続いて手に取って袋を開ける。
2人ともクッキーを頬張り、必然的に沈黙が訪れる。
ナッツが入っていて少し硬めだったが、サクサクしていて割とおいしかった。
山がなければ谷もない。 おれ @never_recollect
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