第20話 人殺し
結局、あれから地道に聞き込んでみたが何の成果も得られないまま、夜がやってきてしまった。
成果が得られなかったことは苦しいが、代わりに予め路地の地形は覚えてある。
仮に逃げられても追いつけるように準備は万端だ。
「あとは見つけるだけなんだけど……」
ソフィアの言っていた通り、南区に来ているが。
この地区が想像以上に広く、東区と西区ほど栄えてはいないにしろ、住居が多いせいか路地が複雑に入り組んでいるため特定の人を見つけるのは困難を極めていた。
「やっぱり無理があるよな」
特に当てがある訳ではないが、いたずらに時間が過ぎ去るよりはいいと思い、適当に見つけた路地裏へと足を踏み入れる。
「……」
暗闇の中、路地裏を歩きながら考える。
犯行時刻も正確な場所も不明。
街の発展と共に住居や露店が増え続け、幾つもの路地が複雑に入り組んだ人口の迷宮で果たして標的を見つけることはできるのだろうか。
「このままじゃ、埒が明かない」
そもそも顔も分からないのだ。すれ違った所で気づくことすらないだろう。
いっそのこと犯行現場に居合わせたら早いのだが。
そんなことを考えながら路地を曲がると、目の前の光景に思わず驚きの声を漏らす。
「……居たわ」
視線の先でナイフを持った男が女性の口を抑えながら、壁際に詰め寄っていた。
状況的にお楽しみ中という訳ではないはずだ。男からすればお楽しみ中なのかもしれないが。
そんなどうでもいいことを思っていると、男が傍観者に気が付いた。
「あ゛ぁん? 何見てんだ」
何見せてんだ。と言いたくなるのを堪え、あくまで冷静に答える。
「その人を放せ」
その一言で男の視線は鋭くなり、苛立つように口を開いた。
「お前は何様だ?」
静かな路地に反響する男の声。
その一言には敵意と明確な殺意が含まれていた。
生まれて初めて向けられる明確な殺意に、心が逃げ出したくなる。
そんな心を抑えつけ、虚勢を張って男に対抗する。
「身分を聞けば満足するのか?」
「あ゛ぁ? ……決めた。お前から殺す」
間違えたのかもしれない。
火に油を注いでしまったような感触に血の気が引いていく。
男の殺意の方向が女性から僕へと完全に切り替わった。
「最悪だ」
女性が無事なことを考えると、むしろ最高というべきか。
いや、やはり殺されそうになっているこの状況は最悪といえる。
弱気になりそうな心を軽口で覆い隠して、目の前の現実に対峙する。
「……」
男は殴って気絶させた女性を放置して、暗い路地を少しずつこちらへと近付いて来る。
恐らく一瞬。
男の踏み込みをどう捌くかで勝負は決まる。
男の足音だけが響く、静かな暗闇。
路地が月明かりに照らされていき、暗闇が晴れる時。
男の影が大きく揺らいだ。
「
地面から石柱が生え、踏み込んでくる男を迎撃する。
が、男は身体を捻ることで石柱を紙一重で躱し、僕の胸をナイフで一突き――
「――ッ!!」
金属音が鳴り響く。
男のナイフは弾かれ、僕の右手には短剣が握られていた。
咄嗟の行動。石柱を躱され瞬間に、条件反射で腰に付けていた短剣を抜いていたのが功を奏した。
「
短剣での深追いはせず、魔術で堅実に攻めていく。
が、これも躱され距離を取られる。
「ふぅ……」
短剣を抜くのが一瞬でも遅れていたら死んでいた。
本当なら最初の石柱で勝負はついていたはずだった。
覚悟は既に決めていたつもりだった。
だがいざ、人を殺すとなると、迷いが生まれてしまう。
男はまだ更生が可能なのではないか、本当に男を殺すべきなのだろうか。
考えてしまう。迷ってしまう。いや、自分に嘘を吐くのはやめよう。
堪らなく怖いのだ。命を奪う責任が、人を殺す感触が。
これから続けていく中で人を殺すことに慣れてしまうことが、堪らなく怖いのだ。
誰かに糾弾されることが、
それでも護れない方が、救えない方が辛いから、覚悟を決めて進むしかない。
ここで逃げれば、路地で気絶している女性は殺され、ミアは生き返らない。
やるしかない。
「来いよ。殺人鬼」
短剣を構え、男を挑発する。
「……」
挑発に乗ると思っていたが、男は動くことなく立ち尽くしていた。
何をしている? 何かを待っている?
様々な推測をしていると、男はこちらに背を向け歩き出した。
「? ……まさか!?」
気づいた瞬間。走り出していた。
男は気絶している女性を先に殺す気だ。
「
咄嗟に詠唱して女性と男との間に壁を作った。
瞬間、銀閃が鼻の先を掠めた。
「ッ!?」
誘われた。
男がナイフで切り付けてきたのだと理解するのに、時間は掛からなかった。
「
牽制の意味も込めて唱える。
拳大の石が複数個生成され、左から右側の通路へと寄せるように男へと放たれた。
石弾が男に着弾することはなかったが、誘導は完了した。
「
地面から男の正面に目掛けて石柱を伸ばす。
それを最小限の動きで躱した瞬間。
「どこを狙って……がッ――!」
月明かりに照らされた閑静な路地裏に、頭蓋を割るような音が響き渡った。
横の壁から伸びた二本目の柱に頭を打ち付けられ、男は撃沈した。
「悪いな。一本だけじゃないんだ」
一度の魔術で複数の効果を生み出すのは、師匠の教えの賜物だ。
「さて……死んでないよな?」
路地に流れる血の量に少し不安になる。
動くことのなくなった男に手首に手を当て、異能で魂を引きはがす。
「……うっ……相変わらず、最悪な気分だ」
何か生暖かいようなものを手繰り寄せる感覚は何度やっても慣れない。
慣れたいとは思わないが。
「キツイな……」
殺人鬼とは言え初めて人を殺した。
その事実は自分に大きく圧し掛かる。
だが、既に覚悟は決めている。
例え屍を積み重ねようとも、もう止まることはできないのだから。
復讐者は司る 玻璃跡 紗真 @hariatosyama
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