第19話 初仕事
ソフィアと別れて聖龍山脈を越えるように南へ進むこと二週間が経った。
道中現れた魔獣を狩って、換金できそうな素材を剥ぎ取りつつ目的地を目指していると、
「見えてきた」
聖龍山脈を乗り越え、視界に映るのはハンデル王国の首都アトラスだ。
四方を川で囲まれ天然の要塞となっている所が特徴的な街である。
周りの川に沿うように城壁が築かれているが、ヴァルカン王国と比較すると小さく感じる。
「……凄いな」
人や馬車がが忙しなく出入りを繰り返し、遠目からでも分かる交通量に圧倒される。
見えている馬車の殆どが商人なのだろうか。
そんなことを考えながら、丘を下る。
そうして馬車の通る街道に合流し、流れに身を任せるように他の人たちに混ざって門を目指す。
「緊張してきた……」
対岸の都市へと繋がる橋を渡り、門番の人と軽く話して中へと踏み入れる。
「着いた!」
関所で軽く尋問されるかもと思っていたが、そんなことにはならず普通に入ることが出来た。
正直、少し拍子抜けだ。
少ない荷物に、一人でやってきた少年。客観的に考えても怪しいと思うのだが。
「こんなものか」
考えすぎなだけで、これが一般的なのかもしれない。
そう結論付けて考えるのをやめる。
「とにかく今は準備だな」
--- ---
「凄い……」
少し歩いただけで完全に圧倒された。
流石に商業の国と言われているだけあり、品揃えは完璧だ。
店の種類も豊富で売ってない物なんてないのでは、ないだろうか。
街も活気に満ち溢れており、通り魔殺人が起こっているなんて嘘のように感じる。
「これください」
何気なく立ち寄った服飾の店で黒色のローブに決める。
夜に活動することが多いことを考えると黒色が妥当だろう。
そうして店主に会計を任せていると、驚きの一言が飛んできた。
「銀貨六枚」
「は?」
流石に高すぎる。
高くても銀貨二、三枚が適正価格だろう。
「いや、だから銀貨六枚だって」
「いやいや、銀貨二枚が適正でしょう?」
何を言っているのだろうか。ぼったくりにも程がある。
「銀貨二枚だ? 何ふざけたこと言ってやがる」
「どっちが、ふざけてるんですか」
今後のことも考えると銀貨六枚はここで使えない。
一歩も引くことなく意見をぶつけると、店主は意外な反応を見せた。
「……分かった。なら銀貨五枚でどうだ」
「銀貨二枚です」
「駄目だ。銀貨五枚だ」
「銀貨三枚です」
「……」
「……」
お互い探り合うような沈黙が続く。
「…………はぁ。分かった。お互いの中間をとって銀貨四枚でいこう」
「分かりました。銀貨四枚で」
貨幣の入った布袋から銀貨四枚を手渡し、商品を受けとる。
「まいどあり」
そうして商品を持って、店を離れた。
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「疲れたー」
そう口にして宿で借りた部屋でベッドに寝転がる。
「流石は商いの国……」
半分以上の店が値切りを前提とした価格設定になっていた。
「こんなのお金がいくらあっても足りないよな……」
まさか宿ですら値切ることになるとは思わなかった。
値切られる方も大変だと思うのだが。
「早く次の国に行かないとまずいな」
長引けば長引くほどお金をむしり取られていく。
そう思いながら、今日のことを改めて振り返ってみると気づいた。
「……そういうことだったのか」
当初、関所の検問が緩く驚いていたが、理由はなんとなく分かった気がする。
これはある意味、
「世界で最も平等な国か……」
どんな種族だろうと、どんな経歴を持とうと、この国では全てがお客になる。
検問が厳しすぎれば商いは衰える。
「皮肉な話だよな……」
その緩さが原因で通り魔殺人を許してしまっている。
「行くか」
もうすぐ夜だ。
昼間に情報を集めた限り、犯行は夜間。
今からは気を引き締めていかないと。
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「……」
黒のローブを身に纏い、短剣を腰に差して街を練り歩く。
夜が更けていくのと共に街の人通りは減っていく。
感覚を研ぎ澄まし、僅かな悲鳴も聞き逃さないように警戒しながら歩いていくが、聞こえるのは風の音と自分の足音だけという虚しい状況が続く。
「南区だったよな……?」
ソフィアから聞いた情報を元に範囲を絞っていく。
昼間はあれほど人で賑わっていたのに、夜が更けた今、人通りは殆どなくなり人の生活音すらも聞こえない。
「これでは埒が明かないな」
持っている情報が少なく、この広い王都で起きるかも分からない犯行を待っているのは無理があった。
「
そう唱えて、建物の屋根へと跳躍する。
上から路地を見下ろすようにして、屋根の上を駆けて探していく。
どれぐらい探したのか。
気が付くと夜空が白んできているのが見えた。
「一日では見つからないか……」
本格的な情報収集が必要とい課題が明確になっただけでも十分だろう。
夜が明けていくのと共に宿へと戻り睡眠をとることにした。
--- ---
次の日、情報収集をするまでもなく情報は入ってきた。
「嘘だろ……」
昨日、あれだけ駆け回ったというのに事件は起きていた。
「被害者は路地の壁に磔にされて息絶えていたそうだ。
王国の衛兵総出で犯人を追っているそうだが、手がかりすらも見つかる気配がないらしい」
昨日の店主が起きたことを説明してくれる。
「悲鳴なんて聞こえなかったですけど……」
昨日、あれだけ細心の注意を払って練り歩いたというのに。
「なんでも被害者は喉を掻っ切られていたそうだ」
店主が疑問に答える。
「なっ……」
通り魔と聞いて、突発的な殺人だと思っていたが、これではまるで。
「殺人鬼じゃないですか……」
「あぁ、まったくだ。これじゃあ、商売にも響いてきやがる」
「辞める気はないんですね……」
「あったり前だ」
「頑張ってください。それじゃあ、ありがとうございました」
話してくれた店主にお礼を言って、その場を離れる。
「まじか……」
いずれは、やらないとはいけないとは言え殺人鬼が最初なのは酷い。
相手は殺しに手馴れている。今の自分で相手になるかどうか。
「……やるしかない」
相手が殺しに手馴れていようが、自分のやることは変わらない。
こんな所で躓いているようじゃ
そう思い直し、行動を開始した。
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