第18話 幕開け

 無茶苦茶な訓練が始まり二日が経った。


 鬼鼠に手を嚙み千切られる恐怖と戦いながら、異能ちからの把握を行っていくとなんとなく感覚を掴むことができるようになってきた。


「やっぱり面白いね、その異能ちから


 意識が途切れ、ぐったりと転がっている鬼鼠を観察しながらソフィアは呟く。


「そうか?」


 やってる本人としては疲れるだけで面白くはないのだが。


「うん。なかみは抜けているのに、器は生きているってことがまず面白い」


 ソフィアは衰弱した鬼鼠をつつきながら、そう答える。


「確かに」


 それだけは自然現象では起こり得ないことだ。


「僕は、やればやる程異能ちからの限界を感じて辛いけどな」


 この数日間、様々な手法を用いて異能について検証してきた。

 結果。


「君の異能ちからは有り体に言えば生死を操ってる」


 生と死を操る。その一言を聞くと凄そうに聞こえるが。


「でも、実際は死んだ生き物を生き返らせることはできないし、殺しきることもできなかったよな」

「そう。色々と実験して分かったけど、生死を操るように見えて実際は魂の移動をしているに過ぎない。器が死ぬのも魂の移動による副次的な要因だったしね」


 魂が抜ければ肉体は衰弱していく。故の器の死。


「それに死に近づいた生物のみと限定的。正に死神だ」

「死神って……」


 言い得て妙だが、酷い話だ。

 別に直接殺してる訳ではないのに。


「なんで死に近づいた生物のみなんだ?」


 疑問に思っていたことを問いかけてみる。

 他にも対象はないのだろうか。


「あくまで仮説だけど、死に近づいた生物であれば肉体と魂の結びつきが弱くなるから、強引に引き剥がせるんだと思うよ」

「なるほどな」


 その仮説であれば災厄に効果がなかった理由に説明がつく。


「そういえばなんで、紅熊ルフス・ベアには効果があったんだ?」


 先日、追いかけられた時のことを思い出す。

 お互い致命傷のようなものはなかったはずだが。


「病だよ。長くてもあと五日ほどの命だった」

「……そうか」


 あの紅熊はもう死んだのかも知れないと考えると、少し切ない気持ちになる。

 そんなことを思っていると、


「魔獣を偲ぶ暇があるなら、自分の心配をした方がいい」


 ソフィアから厳しめの言葉が飛んでくる。


「想像以上に異能ちからの条件は厳しいんだ。炎王や雷帝みたく敵を殲滅できる訳じゃ無い。いつ死んでもおかしくはないよ」

「……」


 ソフィアの言う通りだ。


 相手を圧倒できるほどの異能ちからを持っている訳じゃない。

 気を引き締めなければ死ぬのは自分の方なんだと改めて突きつけられる。


 蓋を開けてみればなんとも地味な異能ちからだと思う。

 賢者の助けがなかったら、ミアを生き返らせることもできなかっただろう。


「だけど悲観することもない。君の目的には最適の異能ちからだし、私という手段も整った」

「だな」


 あとは自分の働き次第。


「最初と比べて異能の扱い方も及第点まできた。もう心配は要らないはずだ」

「そうか」


 ようやく鬼鼠から逃げられる。

 食いちぎられる恐怖心から解放されることに安堵していると、ソフィアは本題へと切り替える。


「じゃあ早速、今回のターゲットの話をしようか」

「……そうだったな」


 これからは鬼鼠よりも厄介な悪人を相手にしなければならない。

 失敗は死に直結するのだ。気を引き締めなければ。


「まず、場所だけど。場所はハンデル王国とアデル公国」

「二人?」


 それとも場所が特定できないのか。


「厳密には違う。ハンデル王国では通り魔殺人。これは王都の南区に行くといい。次にアデル公国首都パラスでは人攫い。主に子供が攫われているらしい。こちらは二人だ」


 子供が攫われている。

 ヴァレリアに助けて貰った時のような事が起きている。


「分かった。すぐに行こう」


 そうこうしている間に被害者が増えるかもしれない。

 椅子から立ち上がり、出発の準備を始める。


「なら距離が比較的近いハンデル王国から行くといい。商業国家と言われるほど流通が栄えている。そこでローブなどの素性を隠すものを揃えられるはずだ」


 確かにソフィアの言う通り素性は隠すべきだろう。

 捕まる訳にはいかない。


「分かった」


 ソフィアの話を聞きながら短剣を腰に差し、少ない荷物を背負う。


「じゃあ、これでお別れだな」


 そう言って振り返って彼女を見る。


「最後に一つ、忠告だ。何があっても動じるな。助けるべき相手を見誤るな」


 いつになく真剣な眼差しで、そう告げてくる。


「二つじゃないかよ。分かった、肝に銘じとく。

 この数日間助かったよ。ありがとう」

「あぁ。彼女の器は進めておくから、安心して行くといい」


 ソフィアの言葉を背中で受けながら、扉を開けて踏み出した。

 そうして罪人狩りの幕が開ける。


--- ---


「……」


 テオが出発し、静まり返った部屋の中でソフィアは一人虚空を見上げる。

 

 最悪の未来は回避した。だが最良の未来には程遠い。

 していることは滅亡の先延ばしに過ぎないが、今はこれでいい。


 回り出した運命の歯車が止まることはない。

 暴走した運命は全てを巻き込んでいくだろう。

 やがて無関係な者はいなくなり、どちらかが消えるまで終わることはない。


「……復讐者は司る、か」


 ソフィアはそう呟くと立ち上がり、約束のからだ作りに取り掛かり始めた。

 

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