【短編】Finding Bluebird. ‐ファインディング・ブルーバード‐

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Finding Bluebird. ‐ファインディング・ブルーバード‐





「…………」


 聖なる夜よりも先に、街には戦争の足音が近づいていました。新型のボルトアクションライフルを肩に構えた兵隊たちが、まるでロボットのように無表情のまま、隊列をなして大通りを行進していきます。


「お兄ちゃん……お父さんも、もうすぐあの人たちみたいになるのかな?」

「…………。分からないけど、このまま戦争が長引けば、多分……」


 出兵式を一目みようと道路脇に集まった人ごみの中に、リステルとルチルという二人の兄妹がいました。兄がリステルで、妹がルチルです。どちらも継ぎ接ぎだらけのおんぼろな服を着ていて、穴ぼこだらけのおんぼろな靴を履いていました。

 戦争の経緯は難しいので、二人にはよく分かりません。けれど、ちょび髭をした悪魔が攻めてくるとだけ、いつもお父さんから聞かされていました。


 彼はまるで悪魔のように周りの国々を蹂躙する、と。


 戦争の話を聞く度に、二人はいつも恐怖していました。人間が悪魔に勝てるわけがないからです。悪魔に勝ち目はないけれど、戦わずして国を無残に捨てるわけにはいきません。今も悪魔祓いでも何でもない普通の人間たちが戦場に送られ、そして無駄死にしていました。


「……もう行こうか、ルチル」

「うん。お兄ちゃん」


 リステルとルチルはきっとこの人たちも戦場で悪魔に食べられるんだろうな、と思って、逃げ帰るように家に戻りました。




   ― ― ― ―




「ただいま!」


 二人が暮らしているのは、サンタクロースも素通りしてしまうような森の小さな木こり小屋でした。お父さんが木こりの仕事をしているので、そこで一緒に暮らしているのです。お母さんはもう何年も前に病気で死んでしまったのでいません。

 部屋の中では暖炉が焚かれ暖かかったのですが、外から冷たいすきま風がビュービューと容赦なく吹き込んできます。二人は思わず身震いして、暖炉で新聞を読んでいたお父さんに抱きつきました。


「おかえり、リステル、ルチル。外は寒かっただろう」


 お父さんは二人の頭を優しく撫でてから、再び新聞に視線を戻しました。記事には『前線より!』と大きく見出しがあって、戦場の凄惨な現状が写真付きで紹介されていました。

 ルチルは無言で新聞を覗き込んで、不安そうにお父さんの顔を見ました。


「お父さんも……戦争、行くの?」

「どうだろうね。まだ召集令は下りてないから、多分クリスマスまでは一緒にいられるよ。来年は……分からないな」

「行かないで!」


 リステルがお父さんの服をギュッと掴んで言いました。


「戦争に行ったら、悪魔に食べられちゃう!」

「そうならないように、教会で聖水を貰っておこう」


 お父さんは笑って、その頭を撫でました。




   ― ― ― ―




 その翌日のことでした。リステルとルチルが目を覚まして小屋の外に出ると、お父さんと兵服を着た警察隊らしき数人の男たちが何やら話していました。


「二人とも、家の中に入ってなさい」


 お父さんは二人を見ると、小さく首を振って言いました。

 二人は言いつけに従って小屋の中に戻ると、何故だか急に悲しくなって涙が出てきました。警察隊の人に聞かれるとお父さんが困ると思ったので、ベッドの毛布を口に当てて、声を殺して泣きました。


「戦場は新聞に書いてあるよりもっと酷い状態らしい……。前線が街に近づいてきたから、予定より前倒しで召集令が出されることになった。すぐに戦場に送られることはないだろうが……それでも、しばらくの間は留守にするよ」

「やっぱり、行っちゃうの?」


 朝食の時間、ルチルがパンをかじりながら心配そうに訊きました。お父さんはその頭をいつもの通りに優しく撫でて、リステルに言いました。


「ああ。明後日には出発だ。……留守の間、ルチルを頼んだぞ、リステル」

「…………」


 リステルは無言で頷いて、朝食のスープを飲みました。

 簡素な食事を終えた後、二人は森に遊びに行くことにしました。けれど、お父さんが戦争に行くと聞いた二人は、何だか気が乗りません。リステルとルチルは無言のまま、森の広場でぼんやりと灰色の空を眺めていました。


「これからどうしようか、ルチル……」

「…………。……行って欲しくない。戦争になんか、行って欲しくないよ! お兄ちゃん!」

「それは僕もだよ、ルチル……。でも、このままだと……」


 リステルはそこまで言って、俯いてしまいました。それから少し考えるように黙って、突然何かをひらめいたように立ち上がりました。


「そうだ! 〈青い鳥〉を探そう、ルチル!」

「〈青い鳥〉……?」

「うん。……昔、戦争が始まる前に学校で聞いたことがあるんだ! 幸せの〈青い鳥〉……その鳥を見つけて捕まえれば、何でも願いが叶うって!」

「本当? その鳥を捕まえたら、お父さんは戦争に行かなくて済むの……?」

「うん、そうだ。きっとそうだよ!」


 こうして、二人は〈青い鳥〉を探すことにしました。

 街の中を駆け回り、怖がりながらも森の奥まで進み、危ないから近づくなと言われた沼にまで行って、〈青い鳥〉を探しました。

 けれども、〈青い鳥〉は見つかりませんでした。それどころか、普通の動物の姿すら見当たりません。皆、来る冬に備えて、巣穴の奥に潜ってしまったのでした。


「いないね、お兄ちゃん……」

「うん……何も、いない」


 森はしんと静かで、まるで全ての生き物が死んでしまっているようでした。その内、灰色の空からはちらちらと雪が降り始めました。


「帰ろうか、ルチル」

「うん」


 リステルとルチルはもう疲れたので家に帰ることにしました。結局、〈青い鳥〉を捕まえることはできなかったのです。

 二人が諦めて家に入ろうとしたその時、



「チュンチュン……」



 鮮やかな青色をした一羽の美しい鳥が、こちらに向かって飛んでくるのが見えました。





   ― ― ― ―





 二人がびっくりして後を追うと、ちょうど〈青い鳥〉が庭の枯れ木の上に降り立つ所でした。


「いた、〈青い鳥〉だ!」

「早く捕まえて、お兄ちゃん!」

「分かった!」


 リステルが傍に立て掛けてあった虫あみを持って、じりじりと〈青い鳥〉に近づきます。

 〈青い鳥〉はそんな二人の兄妹を見て、不思議そうに首を傾げました。


「そんなことをしなくても、私は逃げないよ」

「「!?」」


 なんと、〈青い鳥〉が言葉を話したのです。二人は酷く驚いて、リステルは持っていた虫あみを思わず落としてしまいました。


「私はパロマ星人の外宇宙有人惑星探査計画の一環で作られた、文明実験用のプログラム『Bluebird-Program:Code-Coro‐20160806 』。個体としての名前は特にないけど、こちらでは幸せの〈青い鳥〉と、そう呼ばれているみたいだね。……まぁ、別にそれはいいか。よろしくね、リステルくんとルチルちゃん」


 〈青い鳥〉はそう言うと、二人に礼儀正しくお辞儀しました。呆気に取られて、リステルとルチルは口を開いたまま頭を下げます。


「……え~っと、ブルー、バード?」

「実験?」


 そして、何やら難しい単語に、二人は首を傾げました。言っている意味が全く分かりません。


「そう、〈青い鳥プログラム〉……『現地人の願い通りの世界』を構築する、私はそういうシステムだ。ここは太陽系第三番惑星・通称『地球』。この銀河で唯一知的生命体が存在する環境が整っているのと同時に、パロマ星の指定文明実験惑星の一つだ。パロマ星人は君たちの地球文明を管理していて、また人類種が持つ様々な可能性を検証・実験しているんだよ」

「……パロマ、星人?」

「?」

「君たち人類が『神』と呼ぶ、絶対的な存在のことさ。人類の創造主であり、審判者であり、監視者であり、管理者であり、そして何より超越者だ。……まぁ、幼い君たちにはまだ難しいだろうから、ここでは簡単に、『宇宙人』とだけ言っておくね」


 〈青い鳥〉は羽ばたいて、二人の目の前の枝に飛び移りました。再び首を傾げて、リステルに問います。


「それで? ……私は君たちの呼びかけに応じて現れた。何か、この〈青い鳥〉にお願いしたいことがあるんじゃないかな? 私こと、Bluebird-Program:Code-Coro‐20160806 は、君たちの願いを何でも実現できる。龍の玉を七つ集めろとか、これは流石に不可能だとか、そんな面倒な制約もない。例え億万長者でも、死んだ人を生き返らせたいでも、タイムスリップしたいでも、超能力が欲しいでも、文字通り何でも叶えてあげるよ。……さあ、君の願いは? 君が願う世界のありかたは?」

「…………」


 リステルは考えるように黙ってしまいました。実の所、リステルには〈青い鳥〉が言っていることの半分も理解できませんでしたが、『願い事を叶えてもらえる』ということだけは何となく分かったのです。


「お兄ちゃん……」


 黙り込むリステルを見て、ルチルは心配そうにその裾を掴みました。


「僕の、願いは……」


 リステルは顔を上げて、正面の〈青い鳥〉を見ました。

 一息ついて、願います。




「この世界から争いを無くして欲しい……っ!」




「それは、どうして?」


 〈青い鳥〉の冷静な問いに、リステルは拳をギュッと握りました。


「悪魔が……いるから、皆揃って戦争なんてしてるから……お父さんは、戦場に行かないといけないんだ……っ! だから、人が争わなければ、戦争は起きない! この世界から、全ての争いが無くなれば……きっと平和で、楽しい世の中になる!」

「……理解した。この世から完全に『争い』を無くす……君の願いは、それでいいかい?」

「「うん!」」


 〈青い鳥〉の問いに、リステルとルチルは大きく頷きました。全ての争いが無くなって世界が平和になれば、これ以上良いことはないと思ったのです。


「了解した。君たちの望む通りに、世界を改変しよう」


 〈青い鳥プログラム〉は大きく翼を広げて、プログラムを起動しました。



「Bluebird-Program:Code-Coro‐20160806 ……文明実験NO.63222――研究母船の情報集積回路樹ネットワークツリーに接続。接続完了、これより記録を開始。19391218――現時点での時間軸より、世界線の改変を開始。リステル=リンク、ルチル=リンクの願う世界……『全ての争いが消えた世界』の可能性を検証。観測を開始します……」



 途端に、その翼が淡い輝きを放ちました。〈青い鳥〉の周りに様々な幾何学模様が浮かび上がり、空間を青く染めていきます。二人はポカンと口を開けて、まるで魔法のように次々と投影されていく美しい青を眺めました。


「きれい……」


 ルチルが幻想的な光景に見とれて思わず手を伸ばした途端、パッと全ての模様が一気に空中に霧散していきました。〈青い鳥〉を含めて、その姿が消えてしまったのです。


「多分、すぐに戦争は終わると思うよ。永遠に……」


 全てが消えてしまった空間から、〈青い鳥プログラム〉の音声が聞こえました。





   ― ― ― ―





 その頃、国境付近の最前線では大事件が起きていました。戦場となった穴ぼこだらけの荒野の中心に、巨大な怪鳥が出現したのです。それは体長が二十メートル程の大きな青い鳥で、種類は鳩のように見えましたが、鳩はこんなに大きくありません。

 巨大な青い怪鳥は両陣営に対して、大声で戦闘の即時停止と両軍の撤退を呼びかけていました。

 もし続けるのならば強制停止させるぞ、と。


「た、隊長、どうします……?」

「ええい。構わん。撃て! 撃て!」

「おい、あいつを焼き鳥にしてやれ!」


 最初は戸惑っていた両軍でしたが、その内に敵軍そっちのけで、不安要素である青い怪鳥の排除に取り掛かりました。荒野の両端に戦車や榴弾砲、迫撃砲や機関砲など数々の大砲が並べられ、それに対応する様々な銃弾や砲弾が装填されました。


「目標、中央の怪鳥。狙え!」

「狙いよし、装填完了!」

「撃て!」


 ドーンッ!ドドンッ!バンッ!バラララッ!ポンッ!ダダダダ――ッ!バボーンッ!


 司令官の号令と共に、盛大な砲撃が開始されました。

 数多の砲弾は怪鳥が立っている荒野中央に命中して、派手な爆発を巻き起こしました。爆煙と土煙がもくもくと立ち上がり、着弾地点周辺を覆い隠します。荒野の中央の地形を一気に変えてしまうような、激しい攻撃でした。いくら巨大な怪鳥とはいえ、これだけの破壊力を前にしたらひとたまりもありません。

 ……そう、本来ならば、そのはずでした。


「次弾、装填!」


 段々と、視界が晴れてきました。観測手に任命された兵士は、砲撃の効果報告をしようと意気揚々と三脚を覗き込みます。そして、すぐに驚愕の表情を浮かべました。


「んな……目標、無傷っ! 無傷です!」

「なにっ!」

「馬鹿な……」


 あれだけの爆発を受けても、青い怪鳥は平然と立っていました。すぐに第二波の砲撃が開始されますが、怪鳥の周りを覆うエネルギーシールドに全て弾かれ、効果は全くありませんでした。

 そう、青い怪鳥の正体は、パロマ星人のオーバーテクノロジーにより生み出された、〈青い鳥プログラム〉の一部だったのです。


『対象の攻撃意思を確認。強制停止措置を実行します』


 青い怪鳥の両翼が輝き出して、そこから高密度の荷電粒子砲……もとい、未知物質による粒子分解レーザーが発射されました。並べられた大砲をなぞるように放たれ、対象消滅により砂のような細かい粒子に分解されていきます。人間に当たっても効果がなく、非生物だけを分解するパロマ星の非殺傷兵器は、効率的に両軍の武器を破壊しました。


「ひっ、た、たたっ、退却! 全軍撤退!」


 もうこうなっては、兵士たちもたまったものではありません。手にしていたライフルやら拳銃やらを放り出して、あるいは怪鳥のレーザーにより目の前で分解されて、命からがら逃げ出していきました。

 怪鳥は戦場に残された武器を全て分解して、修復プログラムにより破壊された環境を元に戻すと、身を翻してどこかに飛んで行きました。




   ― ― ― ―



 終戦の知らせがリステルとルチルの元に届いたのは、お父さんが軍部に召集されてから三日後のことでした。何でも青い怪鳥が各国の戦場に現れて、武器や兵器だけを破壊して回ったそうです。最初は怪鳥の排除に乗り出した軍隊ですが、何度かの戦闘や作戦の後に、こちらの攻撃が全く効かないということを理解すると、早々に終戦の運びとなりました。

 国は怪鳥の指示通りに武力を放棄、または分解され、遂に世界戦争は終わりました。

 〈青い鳥プログラム〉による、世界平和が実現したのです。


「戦争が終わったんだ……」

「〈青い鳥〉のおかげだね、お兄ちゃん!」


 唯一事情を知っている二人の兄妹は、両手を上げて喜びました。


「お~い! リステル! ルチル!」

「「あっ、お父さんだ!」」


 名前を呼ぶ声が聞こえて、二人は家から飛び出しました。街の方から、一台のトラックが向かってきました。兵隊などを運ぶための軍用の汎用トラックで、その上には懐かしいお父さんの姿がありました。


「二人とも、元気にしてたか?」


 トラックが家の前に止まって、お父さんが降りてきました。


「お父さん!」

「おかえり!」


 二人はもう涙を流して、お父さんに駆け寄りました。お父さんは笑って、その頭を優しく撫でます。

 リステルとルチルはお父さんに抱きつきながら、〈青い鳥〉にお願いしてよかった、と心の中でそう思いました。




   ― ― ― ―




 それから、世界から『争い』は完全になくなりました。

 〈青い鳥プログラム〉による青い怪鳥が世界中の全ての国に出現して、そこから武力を消し去ったのです。もちろん、武器や弾薬を作る工場も全て同じように分解されてしまいました。

 これに一番怒ったのは、新大陸で興った大国でした。彼らは世界戦争を再び始めた悪魔を倒すために新しく開発した『核』という新兵器を使って、青い怪鳥を消し去ろうと目論みましたが、これも失敗に終わりました。

 どこから出現するかも不明、攻撃を与えることも不可能な怪鳥に対して、人類は為す術がありません。人類は仕方がなく持っている全ての武力を放棄して、国際紛争を解決する手段としての戦争を永久に放棄しました。これを喜んだのは大多数の国民で、これを悲しんだのは軍隊や武器を作る人たちでした。しかし、反対派がどう言おうと、圧倒的な世論は常に〈青い鳥プログラム〉の味方だったので、国の偉い人も青い怪鳥の言うことに従うしかありませんでした。

 テロや内戦を含む、国家間・国内間の全ての争いを強制的に排除した〈青い鳥プログラム〉は、次に人間同士による『争い』を排除しました。それは個人同士の競争や論争、闘争抗争政争争議争覇――に至る、『争うという行為』全ての禁止でした。

 これには「流石にやりすぎだ!」と人々は反対しましたが、〈青い鳥プログラム〉には慈悲がありません。人間一人一人に監視用の小さな怪鳥が取り付き、その人が『争い』をしないように四六時中見張ることになりました。

 最初は問題だらけでしたが、数年もすると人類は完全に慣れて、『争う』ことを止めました。スポーツ競技は全て消え去り、ゲームセンターからはアーケード型の対戦ゲームがなくなりました。学校などの教育機関からは席次やテストという受験戦争に繋がるような要素は全て排除され、職場での醜い出世競争もなくなりました。

 この世の全ての『競争』が無くなったことで、これまで国際競争により力を伸ばしていた資本主義という社会形態も崩壊しました。国の利益を国民で平等に分け合うという社会主義が台頭し、裕福な者と貧困に喘ぐ者の経済格差のない、理想の楽園が築かれました。本来の歴史ならば、世界戦争の後に大国間のイデオロギー対立による冷戦が起こって社会主義の方が衰退するのですが、これはパロマ星の文明実験なのであまり関係ありません。

 その内に、人類は早くも種族としての衰退期を迎えました。遺伝子に刻まれた闘争本能を消すことに成功した人類ですが、その所為で子供が生まれなくなったのです。本来ならば子宮中で何億個もの精子が我こそはと争って生命が誕生するのですが、精子までも争うことを拒絶し始めたのでした。

 子供が生まれなくなったので、人類は仕方なく出産を機械に頼ることになりました。男女の精子と卵子を国の機械に一括登録して、ランダムで適当に組み合わせて子供を作るのです。セックスは、もはやただ快楽を生むだけの手段に成り下がりました。

 全ての争いが無くなることで、平和なユートピアが生まれましたが、そこに人はいませんでした。以前は競争によって明日への活力を生み出していた人類ですが、技術が発達してやることが無くなった頃には、自分が生きている意味さえよく分からなくなっていました。しばらくすると、人は考えることを止めて、ただ飯を食べて日々を生きていく、家畜のような生き物になりました。

 機械により一定の人数は誕生しますが、それを上回る家畜たちの『自殺』によって、その数は徐々に減っていきました。

 数百年の月日かけて人類は緩やかに衰退し、そして絶滅しました。

 〈青い鳥プログラム〉は、リステルとルチルに会った日から、ずっと記録を続けていました。この実験が正しいのか間違っているのかは、プログラムには分かりません。ただ、争うことの無くなった文明の可能性を観察していました。

 そして最後の一人が息絶えて、世界が静かになった時、〈青い鳥プログラム〉の記録が止まりました。

 長い長い実験が、今終わったのです。







『興味深い実験結果だな……』


 支配者がいなくなった青い惑星の上に、大きな円盤のようなパロマ星の研究母船が止まっていました。その中で、赤色と青色のパロマ星人が話をしています。


『もし、我々の干渉がなければ、争いは世界から無くならない……これは、実は「無くならない」のではなくて、種を保存する上で「必要だった」ってことでしょうか』

『そうなるな。これまでの文明実験で、人類は戦争の度に技術を発達させてきたことが分かっている。戦争→復興→技術の発展→更に大きな戦争……というように。戦争というマイナス要素が、逆に作用してきたのだから全く不思議な種族だ。……まぁ、争いすら超越してしまった私たちには、もう関係のないことだけどな』


 赤色のパロマ星人は何かの機械に触れると、青色のパロマ星人に向かって言いました。


『よし、もう帰るぞ。Bluebird-Program:Code-Coro‐20160806 ……文明実験NO.63222の情報集積回路樹ネットワークツリーへの記憶完了。地球文明の初期化。及び、生命の誕生に合わせて時間軸の改変を開始。本来の歴史に戻せ』

『了解。時間、巻き戻します』


 母船によって銀河系全体の時間が生命誕生時に巻き戻されました。その頃の地球はまだ出来たばかりで、混沌としています。パロマ星の研究母船は混沌の惑星に再び初期化した〈青い鳥プログラム〉をセットすると、多次元宇宙の彼方へと消えていきました。

 実験が再び始まるまで、〈青い鳥プログラム〉は何十億年もその時を待ちます。

 別の誰かが〈青い鳥〉を探しに来る、その時まで。






――Fin.

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