勇者に大切な人達を寝取られた結果、邪神が目覚めて人類が滅亡しました。

レオナールD

第1話

 姉と妹、そして幼なじみが勇者の従者として選ばれた。

 正直、その時から嫌な予感はしていたのだ。



 僕が生まれたのはとある小さな国の片隅。人口百人ほどの名前もない村だった。

 僕には3つ年上の姉、3つ年下の妹がそれぞれいる。

 両親は僕が6歳の頃に流行病で命を落としたため、親しくしていた隣家のオジサンとオバサンに面倒を見てもらった。

 隣家には同い年の娘さんがいたため、実質4人姉弟のように育ったのだ。


「リュー君、お使いに行ってきてくれない?」


「うん、わかったよ。アリアンナ姉さん」


 姉――アリアンナは両親が亡くなってすぐにオバサンの手伝いを始めて、家事を学ぶようになった。

 当時、姉はまだ9歳。遊びたい盛りの年齢だったというのに、僕や妹の親代わりになるために『大人』として振る舞うようになったのだ。


 朝は早く起きて朝食の準備を始め、夜は遅くまで内職の裁縫をする……僕は姉の背中を見て育ったようなものである。

 姉にはどれだけ感謝しても足りない。

 姉を楽にするためにも、僕も早く大人にならないと……そんなふうにずっと思ってきた。


「リュー兄、怖い夢を見ちゃったの……」


「大丈夫だよ、イーナ。お兄ちゃんと一緒に寝よ?」


 早くに両親を亡くした妹――イーナは甘えん坊で、いつも僕の後ろをついてきた。

 姉が家事で忙しくしていたこともあり、妹の面倒をみるのが僕の仕事だった。


 朝は同時に目覚めて食事をとる。昼間はずっと僕の後ろを追いかけてきた。そして、夜になったら僕のベッドに潜り込んできて一緒に眠るのだ。


 一緒に過ごした時間は誰よりも長い。

 姉や両親よりも長く濃密な時間を共に過ごしてきた気がする。


「リュー! 畑仕事を手伝ってくれない? お父さんが人手が足りないって言ってるのよ!」


「ああ、わかったよ。ウェンディ、オジサンにすぐに行くって伝えておいてくれ」


 そして、幼なじみ――ウェンディの明るさにはいつも励まされた。

 姉妹と違って血は繋がっていなかったが、僕達の境遇について誰よりも案じてくれたのがウェンディである。

 姉や妹はもちろん、僕だってどれだけ彼女に支えてもらったかわからない。

 天真爛漫な幼なじみは、いつだって僕の暗い感情を吹き飛ばしてくれた。悲しんでいるときも、落ち込んでいるときも、いつも隣で笑っていてくれたのだ。


 僕にとっては命よりも大切な存在――姉と妹と幼なじみ。


 いつまでも一緒にいるのだと思っていた3人であったが……唐突に別れの時がやってきた。


 彼女達が……僕の大切な人達が勇者の従者として選ばれたのだ。

 教会に神託が降り、復活した魔王を倒すための旅に出ることになってしまった。


「どうして、3人なんだ? 他の誰かだっていいじゃないか。どうして僕が家族を奪われなくちゃいけないんだよ!」


 それは僕15歳の時に起こった。

 王宮から迎えの使者が来て3人が旅立つことが一方的に決まってしまい、僕はかつてない理不尽を味わうことになったのだ。


 魔王が復活したことは噂に聞いていたが……田舎の村人である僕にとっては他人事だった。こんな田舎の寒村、魔王軍だって無視するだろう。

 それなのに……この村から3人の勇者の仲間が選ばれた。

 しかも、3人ともが僕の大切な人。こんなことってないじゃないか。


「大丈夫ですよ、お姉ちゃんはちゃんと帰ってきますから。心配しないでね?」


「リュー兄、イーナのことを待っててね? リュー兄のために魔王を倒してくるから」


「リュー、悲しまないで! 私はいつだって無敵だから、魔王になんて絶対に負けないわ!」


 姉と妹、幼なじみは悲しむ僕に励ましの声をかけた。

 魔王と戦うのは3人なのに。怖いのは、恐ろしいのは3人なのに、彼女達は最後まで僕のことを案じていたのだ。


 できることなら、行かないで欲しい。

 家族をまた失うだなんて、堪えることができない。


 だけど……僕だってわかっている。

 断れるわけがないんだ。断れば、犯罪者として捕まってしまう。

 勇者への協力、魔王討伐は人類にとって最重要事項。神託によって選ばれた従者が参加を断るだなんて、絶対に許されない。人類全てを敵に回してしまう。


 3人もそれがわかっていた。

 わかっていたから……笑顔で旅立っていった。


「すぐに帰ってきます。風邪など引かないように気をつけてくださいね?」


「手紙を書くから、元気でね……リュー兄」


「帰ったら結婚してあげるね! だから、格好良くて立派な男になってなさい!」


 姉と妹、幼なじみはそんなふうに笑いながら、村から出て行ったのである。


 正直、この時点で嫌な予感はしていた。

 大切な何かを永遠に失ってしまう……そんな予感が胸の奥で叫んでいたのだ。


 だけど、僕にできることはない。

 今の僕には何の力もない。3人の無事を祈ることしかできなかった。

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