第3話


「決闘は死んだ方が負け。降参はなしだ。もちろん構わないよな!」


「……本当に、どうしてこんなことになったのだろうね」


 勇者の殺害宣告に僕は肩を落とし、やけくそになって剣を握りしめた。

 周囲を村人と、勇者が連れてきた騎士に囲まれている。無理やりに決闘を挑まれて、逃げることができる状況ではなくなっていた。


「勇者様、どうか頑張ってくださいませー!」


 そんなふうに応援の声を上げたのは、僕の姉であるアリアンナだった。

 村に住んでいた頃は簡素な服を着ていた姉は、綺麗なドレスに身を包んで椅子で優雅に脚を組んでいる。

 すっかり大人の女性に成長した姉は化粧までしており、別人のように色気のある美女になっていた。


「勇者さまー、頑張ってー!」


 その隣で、妹であるイーナもまた手を振っている。

 いつも僕の後をついて歩いていた妹は、首や腕、指、足首、全身のあらゆる場所に豪奢な宝石の付いたアクセサリーを身に着けていた。

 甘えん坊の少女だったイーナは媚びるような笑顔を勇者に向けており、大きな瞳には誘うように淫靡な色が浮かんでいる。


「…………」


 3人の中で唯一、無言でいるのは幼なじみのウェンディである。

 ウェンディ3人の中では比較的面影を残しているものの、やはり5年の歳月は大きい。身体つきは以前よりも丸みを帯びて女性らしくなっており、花のつぼみのような少女は大輪の花として咲き誇っていた。


「…………!」


 僕と目が合うと気まずそうに視線を逸らしている。

 その表情には強い罪悪感が浮かんでいたが……決闘を止めようとする様子はない。

 これから僕は勇者に殺されようとしているのに、その未来を消極的ながら受けて入れていた。


「ゆ、勇者様、頑張れー!」


「英雄様、バンザーイ!」


「魔王を倒した技を見れるなんてラッキーだなあ!」


 3人の女性はもちろん、20年間を一緒に過ごした村人までもが勇者を応援していた。

 彼らもウェンディと同じように罪悪感を抱いた表情をしているが……彼らが昨日、勇者が連れてきた騎士から金を受け取ったことを僕は知っている。

 ウェンディの両親――僕にとっては子供の頃から世話になったオジサンとオバサンも、目もくらむような財宝を受け取ってホクホク顔になっていた。


 この場所に僕の味方はいない。

 自分が生まれ育った故郷だというのに……完全にアウェーと化していた。


「それじゃあ……決闘開始だ! いくぞ!」


「わっ!?」


 一方的に宣言して、勇者が斬りかかってきた。

 僕は横薙ぎに振るわれる一撃を手に持った剣で受け止める。


「へえ、やるじゃねえか! 面白くなってきやがった!」


 しかし、抵抗できたのは最初の一撃だけ。

 次から次へと放たれる斬撃に僕は全身を切り刻まれ、血塗れになって地面に倒れた。


「ぐ……あ……」


 半死半生で地べたを舐めながら、僕はうめき声を漏らす。

 魔王を倒した勇者がその気になれば、僕を一瞬で殺すことができただろう。

 けれど、僕は生きている。勇者に斬られた場所はいずれも急所を外れており、致命傷にはならない深さの傷だった。

 もちろん、これは勇者の攻撃をうまく避けたというわけではない。

 わざと急所を外して切り刻み、なぶり殺しにしようという勇者の悪意の結果である。


「よっしゃー! 俺の勝ちだー!」


「ぐっ……!?」


 勇者が僕の胴体を踏みつけて勝利宣言をする。


 僕はまだ生きているのだが……トドメを刺して楽にしてあげようという発想は勇者にはないようだ。

 だからといって、手当てをしたりもしない。時間をかけて、出血しするのをヘラヘラと笑いながら見下ろしている。


「流石は勇者様ですわ。素晴らしい戦いぶりでございました!」


「勇者さま、すっごーい! イーナは尊敬しちゃいますう!」


 僕のことを踏みつける勇者に、姉と妹が駆け寄って左右の腕に抱き着いた。

 胸元が開いたドレスを着た姉が、下着が見えそうなほど短いスカートの妹が、『メス』の顔になって勇者に甘えている。

 僕のことなど見向きもしていない。僕を見ているのは……幼なじみのウェンディだけだった。


「…………」


「どうかしたのか、ウェンディ?」


「ううん、何でもないわ。勇者様……おめでとう」


 しばし憐れむように僕を見つめていたウェンディだったが、勇者に声をかけられるとあっさりと視線を背けた。

 その瞳が僕に向けられることはない。ウェンディにとって……3人にとって、僕の存在はいらない過去のものになっていたのである。

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