待ちぼうけ

高黄森哉

切り株の前のベンチ

 少年はベンチに座って、切り株を眺めていた。春風が目の前を通り過ぎていく。遠くから草刈り機の唸りが風に乗せられてくる。切り株を眺める。その切り株は、特に変わったところのない、普通の切り株である。平らな頂上は変化がなく、そこだけ時間が止まってしまったかのように感じる。退屈だけが募っていく。それでも、切り株を眺めるのを止めない。切り株を眺める。


 青年はベンチに座って、切り株を眺めていた。さきほどから相変わらず、夏の日差しは降り注いでいる。無音、つまり静寂となる。青年は、このまま、永遠にここに座っていられる気がした。しかし、勘違い。永久に居座れる居場所は、この世の中のどこにもないのである。切り株。それは掛け値なく、ただの切り株。だから、ここにウサギが頭をぶつけて死ぬなんてことはないのだろう。青年が、そういう場面を見たということもない。その切り株を、ただ眺める青年が、ただベンチに座っている。


 大人はベンチに座って、切り株を眺めている。秋だから虫が鳴いている。ススキだらけの公園の隅で、缶ビールを片手、切り株を肴にしている。土の中からゼンマイを巻くような鳴き声が聞こえる。オケラだろうか。切り株。切り株は彼が少年時代から変わらず、そのままの形を保っている。彼は、未だにウサギが当たって死ぬところを見たことがない。そもそも、ぶつかっただけで死ねるのか。いつ見ても切り株は、切り株でしかなかった。今後もそのような事件は、期待できそうにない。


 中年はベンチに座っている。そして当然、切り株も眺めている。冬という冬が満ちている。馬鹿らしいな。中年は、とても馬鹿らしくいる。本当は、女の子を待ってたんだ。公園で休んでいたら、女の子に突き当たる、そんな夢を見ていた。故事を笑えないな。あの男には正当性があったよな。それに比べ、狂気だ。一度もそんなことはあったことない、にもかかわらず、どのような事件が起きるんじゃないかと期待して、待ちぼうけだ。男はベンチから立ち上がると、切り株で死ねないか探り始める。切り株は近くで見ると、縁が鋭くとんがっていて、長い間、そばにいた奴の鋭い一面を発見した気分に踊る。


 その様子を、逃げ出したアルビノのウサギが眺めている。目は赤い。目が赤いのは、メラニンがなく毛細血管が透けているからかもしれないし、赤い景色が反射しているためかもしれない。とにかく、ウサギはベンチの傍で切り株を眺めている。ウサギは、切り株で死ねるのだろうか。切り株を眺める。


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待ちぼうけ 高黄森哉 @kamikawa2001

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